表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/61

4-E 残業

 影郎たちは、新木場駅までひた走った。

 そこから電車に乗って、結果報告のため帝室庁を目指した。

 ホームや車内で、晴日とらんの着物を見て、「あら可愛らしい」とか、「風流だなあ」などと言う人はいた。しかし、誰一人彼らを怪しみはしなかった。


 3人が典儀課に到着したとき、時刻は午後8時前だった。

 オフィスでは桜井辰午(さくらいしんご)が、コンピュータでテレビを観ていた。


 テレビでは、特別報道番組が流れていた。「お台場近くで謎の爆発か!?」とのテロップが踊る。


 画面の中央には、スマートフォンで撮影されたと見える、縦長の画像が映されている。


 ビルとビルの間で真っ白な光が膨れ上がり、2、3回明滅して止んだ。

 今度は炎が上がり、夜空を赤く照らし出す。煙がもくもくと立ち上る。

 そのうち火炎が、ごく狭い地点とその上空に集まってゆき、渦を巻いているみたいになった。

 それは1分かそこら荒れ狂ったのち、消えてしまった。

 火や光の大部分が、ビルの陰に隠れている。このことから映像は、現場からかなり離れた場所で撮られたものだと分かる。


「すげー! こんなの初めて見た」、「これってヤバいんじゃね?」、「テロでもあったのかな」などといった声も、収録されている。どうやら、撮影者が吹きこんだものらしい。


「ずい分と、ハデにやってくれたね……」


 辰午が晴日たちのほうを向いた。

 怒っているふうではない。が、「ややこしいことが起こった」、といった表情をしている。


「ごめんなあ。晴日が前回のうっぷん晴らしも兼ねて、景気よくぶっ放し過ぎてん」


 らんが右手を、合掌するときのように立てた。


「わ、私のせいにするのっ!?」


 晴日が、肩をびくつかせてらんを見る。


「あの……」影郎が辰午に尋ねた。「何が問題なんでしょう? 特に何か壊したわけではないのに」


「ああ、いやね。爆発は一応、『帝室庁の職務を遂行する過程で』起こったことに、変わりはないでしょ? だから、マスメディアが原因を追及していくうちに、帝室庁の存在にぶつからないとも限らないからね。――まあ大丈夫だとは思うけど」


 辰午は、見たところそこまで深刻そうな態度ではない。


「帝室庁のことを一般人に知られるのがイヤなら、いっそ報道管制とか敷いたらいいんじゃないですか?」


 影郎が重ねて問うた。


「おいおい。どうやって規制するつもりやねん? テレビ局に頭下げて、『帝室庁のことは国民に知らせんといてくれます?』とでもゆうん?」


 らんは、何かを期待でもしているかのように、にやついている。


「うーん……。例えば、報道した記者を逮捕する、とか?」


 具体的な方策として、影郎にはこれくらいしか浮かばなかった。


「あんた正気か? ここ日本やで。いくらお上でも、そんなことできるワケないやん!」


「え? え?」


 影郎はまだ、らんが何を言いたいのか、飲みこめない。


「報道の内容を理由に、記者を逮捕するなんて、ゲシュタポと一緒やん。ただでさえ日本、『花見の風習は特攻隊の象徴や』とか、『ランドセルや修学旅行は軍国主義教育の象徴や』とか、難クセつけられとるんやで。この上やることの中身が、ナチスとおんなじとかゆうたらどうなる? 形だけ戦前のマネするんとは、比べモンにならんくらい、ヤバいで」


「えっ、そうなの? そりゃ困るな」


 影郎は己の不明を恥じた。


「過激なことゆうやっちゃなあ、ホンマ」


 らんがなおも追撃する。

 その目はさも、せっかく見つけたからかうネタを、みすみす逃してなるものか、とでも言いたげだ。


「危険だわ。これからはちょっと離れて歩きましょう」


 晴日までが悪乗りをする。


「まあ、外国からの誹謗がどうとか、ナチスがやったからダメとかいうのよりも、問題の所在は、もっと地味で身近なものなんだよね」


 辰午が言った。


「え、そうなん?」


 らんも知らなかったようすだ。


 辰午が語り始めた。


「選挙をする意味がなくなっちゃうんだよ。これは架空の例だけど、もしも与党は原発を稼働させたいと思ってて、野党は停止させたいと思ってたとするよ。それで仮に、新聞やテレビなんかで、『原発はなくしたほうがいい』とか言うのを、国が禁止できたとしたら、選挙じゃ野党が圧倒的に不利だよね。せっかく高い費用を出して選挙してるのに、実質的に一党独裁と変わらない、とかいったら泣けてくるでしょ? だからふつうの国なら、誰でも好きなように言いたいことを言える状態は、確保してるんだ」


「『原発をなくしたほうがいい』みたいな社説とかを禁止したらマズい、というのは分かりました。でも、『今夜お台場で爆発がありました』みたいな、単なる事件の報道を制限するだけなら、そういう心配はないんじゃないですか?」


「うーん。誰にも指摘されずに、自分でその点に気づくなんて、すごいじゃないか。現に大学の講義とかでも、教えられてることなんだよ、コレ」


 そのあと辰午は、架空の例をいま1つ引き合いに出して、説明した。

 それは次のようなものだ。


――ある日、どこかで大地震が起こって、あちこちの建物が倒壊したが、自衛隊が迅速に出動して救助に当たり、多くの人命が救われたとする。

 しかし同日、別の地域で、護衛艦が漁船と衝突して漁船が沈み、乗っていた人が死んでしまったとする。


 もしもこのとき、地震のニュースを大々的に報じる一方で、漁船のニュースには少し触れる程度ですませば、それによって間接的に、「自衛隊は人の命を救うのが任務だから、存続させたほうがいい」、というメッセージを送ることができる。

 逆に、漁船の件を大きくとり上げて、地震の件を軽く流せば、「自衛隊は人殺しのような集団だから、解散させるべき」、と言うのと等しい効果が出る。


 また、仮に漁船の事件が、「進行方向に照らせば、護衛艦が優先であって、漁船が停まらなくてはならないケースだった」、という事情があったとする。同じように漁船のニュースを報じるのでも、この点を強調するか黙殺するかによっても、異なるメッセージを発信できる――


「まあそういうワケで、事実を淡々と報道するのに関しても、社説と同等の自由を保障しなくちゃいけないんだ」


「けどそれやと、報道される内容に、偏りが出るんとちゃう?」


 今度は影郎ではなく、らんが指摘した。


「というと?」


「テレビ局が自分らの主義主張を後押しするようなニュースばっか流して、ホンマに視聴者が知りたい情報は、ことの重大さに関わらず提供せえへん、みたいな。国にとって都合の悪い報道をさせへんのはあかんとしても、中立の立場から番組つくるくらいは、義務づけてもええんとちゃうん?」


「そういう意見ももちろんあるよ。現に電波法にも、努力義務だけど、そういう趣旨の規定はあるし。でも個人的には、番組は偏っているのが当然、というか中立であることは原理的に不可能だと思う。放送時間には限りがあるんだから、とり上げる事件を取捨選択する過程で、どうしても作為が入るしね。それに、中途半端に中立だと信頼するから、視聴者はニュースをう呑みにするのであって、『局にもそれぞれの立場がある』っていう認識が広がれば、みんな『どこの局が本当のことをいっているのだろう』って、考えながらテレビを観るようになるでしょ?」


「へえ」


「まあ、大学で専門的に研究しているような人たちの間でも、争いのあるところだから、僕の個人的な見解だってことは、改めて強調しておくけど」


 らんと辰午が話している間も、テレビの番組は、爆発の報道で持ち切りだった。辰午が自衛隊のたとえ話を終えたときは、どこかの大学の教授がスタジオに呼ばれ、「小規模な火炎旋風が発生した可能性がある」などと言っていた。


『森林火災などで、一帯の酸素が短時間で消費されると、周囲から風が吹きこんできて、上昇気流が発生します。その上昇気流に乗って炎自体も舞い上がり、あたかも炎の竜巻のような状態になることがあります』


 教授が大マジメに解説する。


(さすがに、これじゃないだろう。でも、これと間違えられるようなものを発生させた晴日って一体……)


 影郎の全身を、悪寒が走った。


 このあと番組は、関東大震災のときに実際に発生したという火炎旋風を、CGで再現したものの映像を流した。


「ほんじゃ、記録つけるかな」


 らんは別のコンピュータを立ち上げ、表計算ソフトウェアのファイルを開いた。

 出てきたウィンドウのいちばん上には、年月日、式神、数、決まり技、備考、といった項目名が、網かけで書かれている。


 らんは素早く、画面を下から上に送った。

 セルが埋まっているいちばん下の行には、入学式の日付のほか、夜刀神(やとのかみ)、1、〈帰神(きしん)法〉、などと打ちこまれている。


 らんはその1つ下の行に、今日の日付、トウテツ、10から20、〈スルヤストラ〉と打った。


「晴日、いちおう確認して」


 らんは机から少し離れ、画面を見るよう晴日に促した。


「うん、大丈夫。合ってる」


 画面を一瞥して、晴日はうなずく。


「業務日報みたいなのも、つけてたんだ」


 影郎も、画面を注視した。


「そりゃそうや。それから――」


 らんはオフィスの壁際に寄せられた、アルミニウムのラックから、ぶ厚いファイルをとり出し、机の上に置いた。

 ファイルはA4サイズの用紙をとじられるものだ。

 電話帳よりも厚みがある。いくつかのページに、ふせんが貼られている。


 らんは、ふせんのついたページの1つを開く。

 そのページには、夕方戦ったのとよく似た人面の羊の図や、それについての解説がのっていた。いちばん上に、ひときわ大きな字で、「饕餮」と見出しがそえられている。

 らんがそのページをめくると、次のページは(ひょう)になっていた。年月日と、魔法の技と思しき名前が、びっしりと手書きされている。最後の部分には、今年の2月24日と、〈ケン〉という文字がある。

 らんはその下の欄にボールペンで、今日の日付と、〈スルヤストラ〉との文字を書き加えた。


「これな、おばーちゃんがまとめたんやで。5年くらいかけて」


 らんはファイルの別のページを開いた。

 そこには、入学式の日に見たような、角のある蛇の絵がのっている。見出しには、「夜刀神」とある。


「これと同じファイルが、全部で6つあるのよ。世界中の伝承に出てくる怪物とか精霊とかの、図と情報がのってるの。初めて戦う相手でも、対策が立てやすいようにって。今までこれに、何度たすけられたか知れないわ」


 晴日が言った。


 影郎は、表計算ソフトウェアのファイルや、いま目にしているファイルの表に、戦ったとき使用した魔法の名称も書き記してあった理由を、理解した。

 相手の弱点を記録するためだ。


「あと、もう1つ訊いていい?」


「何や?」


 らんがファイルを閉じる。


「ヤトの神とかいうのと戦ったときも、けっこう炎が上がってたよな。けど、あれは別にニュースにならなかった。それは何で?」


「ああ、それ? 〈十絶陣〉のおかげや。ほら。戦う前、ウチ『周りから〈気〉ぃ集める』とか、ゆうとったやんか。〈十絶陣〉はその辺一帯の気ぃを中にかき集めて、種類ごとに9つの区画に配置するんや。やからあれの中やと、同じ性質の気ぃの濃度が、ほかの場所よりもめっちゃ高なるねん。逆に〈十絶陣〉の周囲は、異常に気ぃの濃度が低い、と」


 らんはさっき使ったコンピュータを、シャットダウンする作業に入る。


 電源を切る間、晴日が続きを話した。


「でも自然の状態だと、気の濃度はあそこまで、極端に上がったり下がったりしないわ。それで、この多すぎるか少なすぎる気が、人にはものすごく不快に感じるの。〈十絶陣〉に近づいたり、ましてや中に入ったりすることは、あり得ないわ。敷く前からいた人は『ここにいると、何となく気分が悪い』って感じて、離れていくのよ」


「仙骨のあるモンは、『何かがいつもと違う』っちゅう程度しか、感じへんねんけどな。多分、こうゆうことに対して、耐性みたいなモンがつくんとちゃうかな?」


 らんは、コンピュータの電源が完全に落ちたことを、確認する。


「で、今日は爆発の規模があまりにも大きすぎて、仙骨がない人間でもいられるくらい遠くからでも、見えてしまった、と」


 言いながら影郎は、あることを思い出していた。

 それは、晴日たちがヤトの神と戦ったあと、影郎を辰午に会わせたときに、彼が魔法使いだと思われる理由の1つとして、彼が〈十絶陣〉の中に入れた点を挙げていた、ということだ。これも、今2人がした話と、整合する。


「そゆこと」


 らんが答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ