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4-A 晴日の過去

 入学式の日から数えて3日目には、授業が始まった。序盤からペースをかっ飛ばすことはせず、影郎(かげろう)が新生活に体を慣らしていくのには、十分なゆとりがあった。

 一方SSS(エスエスエス)の仕事は、1日おきか2日おきで、学業に支障をきたすことのない分量だ。

 しばらくは式神と戦うこともなく、平穏な日々が続いた。


 入学式の翌週にあたるある日、晴日(はるか)が学校を欠席した。

 鳥尾先生によれば、けさ本人から電話があって、カゼで休むと言ってきた、とのことだ。


 放課後になるとすぐ、らんが影郎の席の近くに来た。


「今から晴日の見舞いに行かへん?」


 らんが影郎を誘う。


「ああ。行く行く」


 影郎もちょうど、晴日のことが気にかかっていた。


「ふふっ。ええ返事や。ほな、とっとと行こか。晴日にはもう、メールで伝えてあるし」


 2人は、連れ立って校舎を出た。

 そして校門も抜け、上野公園に突入した。上野駅までの近道になるのだ。


 遊歩道脇の芝生には、ジャグリングの練習をする大学生、小さな子供を遊ばせる母親、太極拳を楽しむ老人などがいる。


「なあ、影郎」


 らんが突然声をかけた。


「ん?」


 影郎が前方から、らんに目線を移す。


「晴日のこと、無口やと思う?」


「思う」影郎は即答した。「休み時間も、誰かから質問されるまで、黙りっ放しのことが多いし。昨日とか一昨日も、ほとんどお前ばっかり喋ってたじゃん」


「そっか。あんたも、そう感じるんか……」


 らんが目を落とした。


「何かあったのか?」


「うん? いや。ウチは別に、あの子のこと無口やとは思わへんねんけど、周りの子ぉからよう言われるさかいな。『私のこと嫌いなのかなあ』とか、『何か気に障ること、言ったのかしら』とか。ウチには晴日がむくれとるように見えたことら、1回もないからさあ、『もしかして、ウチだけ鈍うて気づいてへんだけなんかなあ』思うてん」


「らんはいつも、ひっきりなしに喋ってるから、ほかの人よりもいっそう、晴日がだんまりなのが、目につく気がするんだけどなあ」


「悪かったな、お喋りで。っちゅうかウチには、晴日よりもあんたのほうが、よっぽど寡黙に見えるわ」


 らんがやり返した。


「うーん。寡黙って自覚はないんだが、確かに、人と話すのはあまり好きじゃないな」


「そうなん?」


「仲のいい友達でもいれば、いくらでも話したくなるんだろうけど、小学生のときから友達なんて全然いなかったからな」


「あ。それちょっと、晴日と似とるかも」


「そうなのか?」


「あの子も、『昔は友達がなかなかできなかった』ゆうとったわ」


 そう言うとらんは、晴日の幼少期のようすを、影郎に聞かせた。以前に本人から聞いた、とのことだ。

 それを時系列順に整理すると、おおむね次のようになる。


――晴日は東京都日野市で生まれた。

 父は大学の教授、母はその元教え子にして助手だ。2人は大学で、高山植物の分布を研究していた。

 だが晴日が5才のとき、2人は研究のために南米へ行き、帰りの飛行機が墜落して死亡した。


 晴日には両親のほかに、縁者がなかった。そのため、「日野こどもの園聖バルナバ敬愛館」という児童養護施設に入所した。

 しかし、彼女よりも前から施設に入っていた子供たちが、それぞれ形成していたグループに、入ってゆくことは叶わなかった。


 8才のとき、施設内で大ゲンカが起こった。

 入所児童の1人のお金が紛失し、その児童が別の入所者に、「お前が盗んだのだろう」と詰め寄ったのが、発端だ。


 素手での殴り合いは、時を移さずものの投げ合いに発展し、他の児童を巻き添えにした。


 元々やんちゃだった者は、誰かの投げたものが自分に当たりそうになった、などのちょっとしたきっかけでカッとなって、ケンカに加わった。

 仲のいい子供が渦中に引きこまれた者は、友達に加勢した。

 日ごろ暴力を好まない、比較的大人しい者も、「弱みを見せたら攻撃される」などと思い、先手を打って身を投じた。

 一種の集団ヒステリーだ。


 中学生や高校生が本気で暴れれば、大人の職員でも手がつけられない。

 最終的に、1人がつかみ合いの末に、失明するほどの惨事となった。事件の直後は、大きく社会の耳目を集めた。


 晴日は隠れる場所を探して廊下を、うろついていた。だが運悪く、10余名の児童が、2派に分かれて抗争する、真ん中に行き当たった。

 晴日の前後の子供たちは、手に手にカッターや、木の棒や、小石を握り締めていた。全員が、腕や顔のどこかしらから、出血していた。


 彼らは、少しずつ間合いを詰めた。当然、晴日との距離も縮まる。

 この10数人が、晴日を害する意図だったのか否かは、今となっては分からない。ただ、彼女自身は、自分がやられると思った。

 怖さで足がすくむ。来た道を戻るという選択肢があることに、思い至るのが先だったらならば、そうならずにすんだだろうに。


 2つのグループが、ある程度まで互いに接近すると、そのメンバーはめいめい、得物を持った手を、ふり上げた。

 晴日はとっさに、両腕で我と我が身をかばった。目もぎゅっとつむる。


 そうやって縮こまっていると、いつの間にか、周囲の温度が異様に高くなっているのが分かった。自分の間近くに、非常に明るい光が生じていることが、閉じたまぶたごしに感じられた。


「うわっ! 何だこれ!? 火なのか?」


 出し抜けに、1人の男の子が叫んだ。


「やばいよ。どんどん大きくなってる」


「逃げようってば! 火事だよ」


 他の者も、口々に騒ぐ。


 複数の人が廊下をかける音がし、ほどなく小さくなった。

 その間も、晴日は目を閉ざして、体を丸めていた。火災からも、これで身を守ろうと思うぐらい、冷静さを欠いていた。


 静かになったので、薄目を開けてみると、そこには光も炎もなかった。

 しかし、廊下の床や壁や天井のあちこちが、焼けこげて黒ずんでいる。ついさっきまで、確かにそこに、光と高熱の発生源が存在したのだ。

 当時はまだ、火災報知器は設置されていなかった。


 晴日が引き起こした「何か」が決め手になって、パニックをきたしていた子供たちは我に返り、乱闘は止んだ。


 その代償として、以後、他の入所児童から、晴日を見る目が厳しくなった。

 直接的ないやがらせを受けることはなかった。だが、誰もが彼女を、おびえるような目つきで見た。

 晴日が、とんでもない超常現象を引き起こした。そういう噂が、職員の耳にも届いた。さすがに、間に受ける大人はいなかったが。


 針のむしろに起居するかのごとき生活は、3日間で終わりを告げた。

 4日目に芽実(めぐみ)が、「日野こどもの園聖バルナバ敬愛館」を訪れた。施設の長からの報告が、巡り巡って帝室庁まで届いたのだ。

 らんと同様に晴日もまた、芽実を最初に見たときは、怖そうな印象を受けた。そしてその日のうちに、それが誤りだと理解した。


 その後、晴日は芽実の養子になった。そして千葉県市川市にある、彼女の家に引きとられた。

 以来、晴日は芽実から、宿曜道を教わったのだ――


 らんの話に影郎は始終、耳を傾けた。


「もし晴日が、ホンマに無口なんやったら、やっぱ物心がつく前に、親御さんに亡くなられたんが、大きいんとちゃうかな。まあ、全員がそうなるっちゅうワケやのうて、晴日が元から持っとった性格に起因する部分も、あるんやろけど」


 最後に、らんが所見を述べる。


「前から言ってた『おばーちゃん』って、晴日の本当のお婆さんじゃなかったんだな」


「そうや。そう言えば、あんたにおばーちゃんのこと話したん、今日が初めてやったな」


「先週、諸葛さんが『おととし亡くなった』って言ってたけど――」


「そうねん。朝いつまで経っても起きて来ぉへんから、晴日が部屋に入ったら、ベッドの中で冷たなっとったんやと。まあ102才やったから、大往生とちゃうか? っちゅうワケで今、晴日は一人暮らしやわ」


 話しこんでいるうちに、影郎とらんは、公園を抜けて、上野駅に着いた。

 晴日の最寄り駅は、市川だ。上野からだと、山手線かそれと並走する路線で東京駅に行き、そこで総武線快速に乗り換えるのが、最短ルートだ。


 影郎とらんは、改札をとおって、ホームに出た。

 1分もしないうちに、電車が入線した。2人はそれに乗りこむ。

 座席は全て、埋まっていた。が、ぎゅうぎゅうというほどには、混雑していない。


「それにしても、晴日が最初に魔法を使った経緯って、壮絶だな」


「おばーちゃん、ゆうとったわ。仙骨が発現するんは、興奮したり、恐怖を感じたりしたときが多いって。あんたかって、目の前に蛇の化け物が迫っとる状況やってんから、似たようなモンちゃう?」


「らんはどういう状況だったんだ?」


「中1の春、新宿の近くで、変な人に連れていかれそうになったとき」


「晴日に負けず劣らずだなあ」


「そや」らんが指をはじいた。「式神で思い出した。次の日曜、与党の有力議員さんに、式神が襲いにくる暗示があるんや。ウチら、新木場(しんきば)らへんでそれを止める予定ねんけど、あんたも来る? まあ、安全はよう保障せんけど」


「一緒に行ってもいいのか? 今の俺の状態だと、ぜんぜん役に立たないと思うぞ」


「それは別にええ。前みたいに、あんたの魔法が発動するんか知りたいっちゅう目的もあんねん」


「じゃあ行く」


 2人がこのような会話をしても、注意を向ける者は、誰もいない。

 皆、手帳でスケジュールを確認したり、スマートフォンでテレビゲームをしたりと、自分のことに集中していた。

 もし誰かが聞いたとしても、夢見がちな中高生の誇大妄想だとしか、思われないだろう。――だから逆に、知人がいる所では、この手の話ははばかられるのだが。

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