3-E 鬼道の話
それから間もなくして、諸葛は帝室庁庁舎を、飛ぶように去った。
「あんたの適性、〈巫術〉で間違いないと思う」
らんが影郎に言った。
「巫術?」
影郎は聞き返す。
「『異界に赴き、自己に神もしくは霊を憑依させ、またはその他の方法によって、超自然的な存在に働きかけ、もって呪詛、予言、治療、天候の制御その他の行為を行う魔法』とでもいったところかな。日本にも、昔はあったみたいなんだ。中国の文献に、〈鬼道〉と書かれているのがそれじゃないか、って言われているよ」
辰午が説明した。
「昔はあった、てことは――」
「〈鬼道〉に関して言えば、魔道としては断絶してるわ。おばーちゃんでさえ、色々な文献をとり寄せて読んだって言ってたけど、最後まで使えるようには、ならなかったみたいなの」
今の晴日の話から、「おばーちゃん」とやらが、すでに故人であるらしいことが、影郎にも呑みこめた。
そのことも加味して考えると、「おばーちゃん」が、さっき諸葛の言っていた「菊池さん」と同一人物らしいということも、推察できた。
「実をゆうたら、〈陰陽道〉と〈宿曜道〉は、日本やと、人に憑依した霊を追い払う技術として、浸透した歴史があんねん。――まあ、ウチも晴日も、エクソシストみたいなことはようせんけどな。せやから、〈鬼道〉はそれに押されて衰退した面もあるみたいなんや。ははっ」
らんが己の後頭部に手を当てた。
「笑えないぞ」
影郎は呆れる。
「ちゅうことで、たいへん申し上げにくいんやけど、ウチらからはどの魔法についても共通して言えるような、基礎体力みたいなことしか、よう教えんわ。〈鬼道〉は独学になると思う」
「ま、まあしかたないな」
影郎は、少なからず落胆した。とはいえ、手立てがない以上、食い下がる気は起こらない。
「で、早速ねんけど、どの魔法にも当てはまることを、1つだけ言わせてや」
「ああ」
「魔法使いが自分の感情に飲みこまれたら、本人も意図してへん形で、魔法が発動することがあるねん。望まんときに、あるいは望んでへん対象に向かって、魔法が放たれたり、な。特に、怒りがほかの感情を完全に排除してもうたときに、そうゆうことが起こりやすいらしいわ。やから、魔法使いは自分の感情を、いつもコントロールせんとあかんのやで」
「自分の感情をコントロール、か……」
「難しい考えんでもええよ。人として、最低限のことができれば大丈夫や。まあゆうたら、ニュースでよう聞く、『ついかっとなって』がなければええねん」
らんが言い足した。
この日の勤務はここまでとなった。
後日、影郎たちは辰午を介して、諸葛から事件がその後、どう展開したかを聞いた。
渡橋千鶴の遺体は、帯那山の中腹で発見された。遺体のそばには、現金やカードの抜かれた財布があった。
警察は、遺体に付着していた体液から採取されたDNAを元に、2人の男を強盗強姦致死罪の容疑で逮捕した、とのことだ。
この件は、テレビのニュースでは、全くといっていいほど報道されなかった。
影郎は後日、日本ではなくイギリスの新聞でこれがとり上げられているのを、インターネットで偶然目にした。




