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第13話「旅の終わりに」【Bパート 地球の素麺】

 【2】


 会議を終えた訓馬は不機嫌な表情で地下へとつながるエレベーターに乗っていた。

 キャリーフレーム課は社内では窓際の扱いを受けており、そのオフィスも地下の古びた格納庫近くに位置している。

 切れかけたまま放置された蛍光灯がチカチカと点滅する薄暗い廊下を通り、表面の煤けて色あせた立て付けの悪い扉を、訓馬は体全体で力を入れて押し開けた。


「おや、専務。お疲れ様です」

「訓馬はん、遊びきとるでー」


 オフィスに戻った訓馬へと送られるふたつの声。

 小会議用の長テーブルを挟むようにして、課長であるキーザとバイトの内宮が椅子に座って食事を取っていた。

 その周りでは機体整備の要員が一様に小皿に盛られたロールケーキを食べつつ、素麺そうめんをすすっていた。


「まったく。人に重役会議に出させておいて、ケーキと素麺そうめんに舌鼓を打つとは度し難いなキーザくん」

「そうは言いますがね、私が重役の連中にヘルヴァニア人だという理由で嫌われているのは専務も知っているでしょう。特にあの三輪社長が」

「それはそうだが……そういえば、このケーキは?」


 きれいな円柱型に巻かれ、片方の端からは長い長方形のビスケットが斜めに伸びているロールケーキを指差し、尋ねる。

 すると、得意げな顔で内宮が自らの顔を指差した。


「うちがうてきたお土産みやげのコロニーロールや。コロニー産の材料だけで作られたケーキやいうて、人気商品なんやと」

「そういえば、君は修学旅行に行っていたんだったな。ひとつ頂こう」


 食べやすいサイズに輪切りにされたロールケーキの1片を片手で掴み、口に運ぶ訓馬、

 掴んだだけで指が沈み込むほどのフカフカなスポンジに、くど過ぎない素朴な甘さのクリームが口の中で混ぜ合わさり、思わず「ほう」と感嘆の声が漏れるほどの旨味が味覚神経を包み込んだ。


「どや、ごっつ美味かろ?」

「フ……これほど美味しいものがあるのならば、もっと早く会議も終わらせるべきだったな」

「訓馬はんは大げさやなぁ。キーザはんがお中元でもろうてきたこの素麺そうめんもなかなかのもんやで」


 内宮が指でコンと弾いた白い器には、透き通った水の中で泳ぐように浮かぶ真っ白な素麺そうめんが入っていた。

 その近くにおいてある、麺つゆの入った小皿のひとつに刻みネギと麺の切れ端が浮いている。

 しかし、キーザの前に置いてある小皿は麺どころかネギすら浮いておらず、未使用感が漂っていた。


「……おや? キーザくん、君は素麺そうめんは嫌いかね?」

「あ、いや……。こんな味気ない麺はどうも私の口には……」

「まったく、そうやっていい歳で好き嫌いをしているから40になっても女性との出逢いに恵まれんのだ。私の孫娘でも紹介してやってもよいのだが」

「余計なお世話です専務。……って専務、お孫さんいたんですか?」

「ああ、跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘がな。今は大学生だったか」


 少し目を輝かせていたキーザが、その発言を聞いて肩を落とす。

 どうやら冗談のつもりだったのを本気にしていたらしい。

 彼はそのまま立ち上がり、ロールケーキの最後の一片をわしっと掴み、「外の空気吸ってきます」と気落ちした声で言いながらオフィスから出ていった。


「へぇー、訓馬はんの孫娘か……。一度会うてみたいなぁ」

「近々この代田よた市に引っ越しをするそうだから、会えなくもないかもしれんな」

「ほんまか! 楽しみやなぁ!」


 嬉しそうに沸き立つ内宮を見ながら、訓馬は未使用の麺つゆに素麺そうめんを入れた。



    ───Cパートへ続く

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