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第11話「宇宙海賊と成層圏の亡霊:前編」【Hパート 宇宙の芋】

 【5】


 シャッ、という音とともに床に敷いた古新聞の上に薄い黄土色の物体が落ちる。

 裕太は手に持った黄色いゴツゴツとした手のひらサイズのジャガイモに皮むき器を当て、慎重にその刃を滑らせた。


「……何で俺たちジャガイモの皮むきしてるんだ」


 薄暗い厨房の中で、裕太はむき終わったジャガイモを水で満たしたボウルに入れながらぼやく。

 あははと乾いた笑いを浮かべながらレーナが「この前の戦闘でコックさんもやられちゃってさー」と、せっせとジャガイモの皮をむきながら目をそらした。


「実は芋の皮むきをさせるために、あたしたちを招き入れたんじゃないでしょうねぇ?」

「あっはは、まっさか~?」


 集団で芋の皮むきをしている傍ら、暇そうにしていた進次郎が手伝おうと手を伸ばすが、レーナが「進次郎さまの分はわたしがやるの」と言って聞かず、進次郎は暇そうに椅子に座ってで足をぶらつかせていた。

 一方、サツキはシャシャシャっとものすごい勢いで皮を剥いていき、みるみるうちにボウルを黄色く綺麗に輝くジャガイモでいっぱいにしている。


「す、すごい気迫ねぇ金海さん」

「そうですか? これくらい普通ですよ、ふふふふふ…………」


 いつもより若干トーンの低いサツキの声にプレッシャーのようなものを感じる裕太たち。

 サツキの横では、慣れない手つきでジュンナが、段ボール箱から取り出したジャガイモを手に取り、皮むき器で真っ二つに両断していた。


「む……これはなかなか難しいですね」

「ち、力を入れすぎてるんじゃないか……? そういえばレーナってナニガンさんの娘って言ってたけど、ということはヘルヴァニア人?」

「ううん、わたし拾われっ子だからそこんとこよくわからないの。災害で荒廃したコロニーに一人いたわたしを、パパが見つけて拾ったんだって」


 突然飛び出たレーナの重い過去に、いたたまれなくなって言葉を失う裕太。

 そんな裕太の姿を見て、レーナは大げさにわざとらしく笑った。


「別にいいよ41点、あたし気にしてないし! 血がつながって無くてもパパはパパだもん」

「だから点数で呼ぶなっての」

「でもね、だからパパの生まれたヘルヴァニアって国について色々知りたいなーとか思ってるんだけど、パパったらちっとも教えてくれなくって」

「そういや俺もヘルヴァニアについてはサッパリだ。半年戦争とかの単語は知ってるけど……」


 裕太がチラチラっとエリィの方を見ながらニヤついてそう言うと、エリィはハア、とわざとらしい大きなため息をつく。


「ちょっと笠元くん。あたしがいながらそういうのはどうかと思うわよぉ」

「そうだぞ裕太、ヘルヴァニアの歴史は近代宇宙史でいずれ学ぶんだから。まったく、そんなんだから貴様はいつも赤点ギリギリの点数を取る羽目になる」

「うるせーな進次郎。じゃあお前はわかるのかよヘルヴァニアのこと」


 裕太が挑発とも取れる態度をとると、進次郎は鼻でフッと笑った。


「無論だ。僕は天才だからな」

「じゃあ言ってみろよ」

「わかりきった事だが、まあいい教えてやろう。半年戦争とは今から20年前に勃発した木星軍とヘルヴァニア軍との間に起こった戦争のことだ。開戦から終結までの期間が半年間だったことからな半年戦争と呼ばれる」


 ドヤ顔で語られる概要を聞き、裕太はその内容に違和感を抱いた。

 地球とヘルヴァニアによる星間戦争ではなかったかと進次郎に尋ねると、呆れたようなバカにされたような表情を返された。


「あのなあ裕太。たしかに人種でいえば地球人対ヘルヴァニア人だが、ヘルヴァニアと太陽系侵攻は木星で食い止められて、その後の反抗も木星圏のコロニー防衛を担う軍が主導だったんだぞ」

「そ、そうだったのか……」

「当時の新型キャリーフレーム〈エルフィス〉を運用する独立部隊『カウンター・バンガード』だって木星軍の部隊だしな」

「さあっすが進次郎さま! さすがは天才様ですねっ!」


 目にハートマークを浮かべる勢いで進次郎を褒め称えるレーナに、進次郎は高笑いを浮かべて明らかに調子に乗り始めた。

 そして裕太の隣で皮むきをしているサツキの作業スピードがまるで早回しの映像のように倍速になり、エリィが少しビビり気味の顔をしている。


「そ、それにしてもよく木星軍だけで勝てたよな。ヘルヴァニアって銀河帝国を名乗るくらい規模が大きかったんだろ?」

「ま、まあねぇ。キャリーフレーム及びビーム兵器がヘルヴァニアの重機動ロボと相性の良い兵器だったし、そもそもヘルヴァニア帝国だって一枚岩じゃなかったからねぇ」

「というと?」

「えっとねぇ……」


 説明をしようとエリィがむきかけのジャガイモをトンと置くと、すかさずサツキの腕が伸びてそれを掴み、一瞬にしてツルツルにされて水入りボウルに投下された。


「あ、ありがと……。それでね、当時のヘルヴァニアは摂政のグロゥマ・グーを中心とした侵略推進派とあたしのお母様である女帝シルヴィア・レクス・ヘルヴァニアを中心とした穏健派に別れていたの。お母様は国民からとても慕われていたんだけど、権力はグロゥマの方が強くて戦争は止められなかった。けれど、地球人がヘルヴァニアの攻撃を退けているという報が来て、各地の反ヘルヴァニアのレジスタンスの人たちが蜂起して、軍が混乱し始めたの」

「無茶な侵略やってたせいで、反感を買いまくってたってわけか。それで、どういう経緯でヘルヴァニアの母星がふっとんだんだ?」

「ウッソー!? ヘルヴァニアの星って無くなっちゃったの?」


 信じられないといった表情で驚くレーナ。

 そのことについては裕太も知ってはいるが、どういう経緯でそうなったかまでは知らなかった。


「ショックー。パパの故郷、いつか行けたらいいなーって思ってたから」

「仕方ないわよぉ。敗北を恐れた摂政グロゥマがヘルヴァニアの最終兵器である惑星破壊兵器を使おうとしたんだけど、戦闘の混乱の中で暴発しちゃって、結果的に母星であるグリアスに向けて放たれちゃったの」

「それで、他のヘルヴァニアの人たちは大丈夫だったのか?」

「ええ。激しい戦闘の前に一般市民はみんな宇宙艇で脱出して近隣の惑星に疎開していたからね。結果的に巻き込まれたのは摂政についていた過激派の侵略肯定派とその取り巻きだけだったわ」

「なるほどなぁ、そういう経緯があったのか」


 説明を聞き終えた裕太がうんうんと頷いていると、いきなり目の前の空間に数個のジャガイモが浮かび、その刹那サツキの目にも留まらぬ早業が炸裂。

 サツキの腕がピタッと止まると同時にジャガイモの皮が霧散し、その下に置かれていた各々の水入りボウルにポチャポチャと水音を立てて入っていった。

 いきなり披露された曲芸かと思うほどの皮むきテクニックに、裕太たちは思わず拍手をしてしまう。

 サツキは満足したのか、フフンと鼻を鳴らして平坦な胸を張った。


「も、もうこれくらいジャガイモあればいいかなっと。ねえ進次郎さま、次はわたしの部屋にでも……」


 そうレーナが言いかけて、サツキがムスッとした表情になると同時に、厨房内のスピーカーから低いサイレンのような音が鳴り響き始めた。

 何だ何だと裕太たちがざわついていると、レーナが冷静に「艦橋ブリッジに!」と厨房を飛び出し、進次郎とサツキもその後に続いた。



─────────────────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.11

【エルフィスMk-Ⅱ(マークツー)


全高:8.0メートル

重量:6.9トン


 2年前にクレッセント社が開発した、エルフィスの正式後継機。

 エルフィスのもつハイスペックさを現代に再現するというコンセプトのもと設計されたため、基本武装はエルフィスと同等である。

 白を基調とした装甲が特徴。この色は迷彩としての効果はないが「高性能なエルフィスタイプが居る」と敵に知らせ畏怖させる狙いがある。

 試作量産されたものをテスト運用の名目で無数の宇宙海賊に無償提供されており、ガエテルネン海賊団は2機受領し、そのうち1機をレーナ専用の「ブランクエルフィス」へと改修した。

 【次回予告】


 突如ネメシスを襲う謎のキャリーフレーム。

 艦を守るべく出撃する裕太たちは、異質な敵に悪戦苦闘する。

 その相手の正体にサツキが勘付いた時、進次郎は決断を強いられた。


 次回、ロボもの世界の人々第12話「宇宙海賊と成層圏の亡霊:後編」


『緊張しているのか、裕太』

「冗談! 戦艦からの出撃って一度やってみたかったんだよ!」

「レーナ・ガエテルネン、〈ブランクエルフィス〉、出るわよ!!」

「よーし! 笠本裕太、ジェイカイザー、行きぶぇッ!?」

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