第2話「教習! クロドーベル!」【Bパート 携帯電話に住むAI】
【2】
その日の朝、裕太は学校の廊下をボサボサの髪のまま全力疾走していた。
いつもの裕太であれば、携帯電話のアラームを目覚ましにして、余裕たっぷりに登校するのであるが。
「お前勝手にアラームを止めたせいで遅刻するところだったじゃねーか!」
『安眠を妨げる怪音波を止めただけだ!』
携帯電話に住み着いたジェイカイザーは、ある程度その携帯電話を操作することができるようだ。
……そのせいで裕太は汗だくで走る羽目になったのだが。
裕太は自分の教室である2年2組の前に滑り込み、扉を開き、教室の中を見渡した。
賑やかに話し込むクラスメイトの姿を見て、まだホームルームが始まっていないことにホッと胸をなでおろす。
誰から見ても遅刻ギリギリで必死に走ったとわかる裕太の格好を見てか、クラスメイトはハハハと友好的な笑い声で裕太を迎えた。
笑うなよ、と心の中で舌打ちをし、ばつの悪い顔をしながら自分の席へと向かう裕太。
呼吸を整え、髪が変に跳ねていないか手で押さえながら歩いていると、裕太の席の机の上に、エリィが腰掛けていることに気がついた。
エリィは机の上でピンク色の装飾が施された箱を大事そうに抱きかかえ、その箱をなんとか取り返そうと、クラスメイトの岸辺進次郎がかけているメガネがズレるのもいとわず頑張っている。
腕の隙間からわずかに見える絵柄を見るに、あれは恐らく成人向けのPCゲームの箱だろう。
「銀川さん! この天才の僕から、買いたてのゲームを取り上げるとはけしからんぞ!」
「ダーメっ! こんな不健全なもの、学校に持ってくるのが悪いんだからぁ!」
「仕方がないだろう! 発売当日の朝に買わないと限定版が買えないのだよ!」
「言い訳無用よぉ。このゲームはクラス委員権限で没収しておくわぁ」
「そう言って、後で自分で遊びたいだけだろ。銀川は」
「いたっ」
裕太がそう言いながらエリィの頭を軽くペシッとはたくと、エリィは裕太の机の上から降りてわざとらしい笑顔を向けた。
「やぁねえ! べ、別にこんなエッチなゲームなんかにぃ、興味ないんだからぁ!」
「なあ裕太、お前も手伝ってはくれないか。男の意地がかかっているのだ!」
『あの箱と男の意地と、どういう繋がりがあるのだ?』
「わっ、バカ喋るな!」
突然、携帯電話から響いた声に、進次郎が目を丸くする。
裕太はとっさにあたりを見回し、ジェイカイザーの声を他のクラスメイトに聞かれなかったかを確認した。
別に、ジェイカイザーのことを秘密にしないといけないわけでも、秘密にしたいわけでもない。
しかし、見知らぬロボットのAIに携帯電話が乗っ取られたという状況をいちいち説明したくないだけだ。
裕太は進次郎に小声で「おはよう」と言った後、自分の机の上に携帯電話を置き、不思議そうな顔をする進次郎に昨晩起こった出来事を説明した。
「へぇ、この顔みたいなのがそのAIなのか」
「なあ進次郎。お前だったらこいつ、なんとか追い出せないか?」
「よし、この天才の僕に任せるがいいさ! ハッハッハ!」
そう言って自信満々に進次郎は携帯電話を持ち上げ、画面を指で突き始めた。
数分して、進次郎は携帯電話を元の位置に戻す。
「……天才というものは、常に自己の限界というものをわきまえねばならないものだ」
「ただの敗北宣言じゃねーか! 一瞬期待した俺がバカだったよ!」
自称天才の不甲斐なさにがっかりしながら、裕太は机の上の携帯電話を拾い上げた。
『わ……ワッハハハ! そ、そう簡単に私はお、追い出されんぞ!』
「声震えているぞお前」
気持ち顔がひきつっているようにも見えるジェイカイザーのアイコンを指でツンツンつついていると、エリィが裕太の肩をポンと叩いた。
「いいじゃない、特に害があるわけじゃないんだしぃ」
「いや、今朝まさに害を受けたばっかりなんだが」
そう言っている内にもジェイカイザーは勝手にインターネットブラウザを開き、掲示板サイトを見始めている。
「……あんまり変なサイト見るなよ。ウィルスにかかるかもしれないんだから」
『了解だ! 裕太!』
そのやり取りを見てか、エリィがクスクスと笑う。
「なんだかんだ、あなたたちふたり馴染んでるわねぇ」
「それ、割とショックなんだけど」
裕太が落ち込んでいると、教室の扉が音を立てて勢い良く開き、担任の先生が入ってきた。
「くぉら! てめぇら! いつまでもイチャついているんじゃないぞ!」
「軽部先生! 別にイチャついてなんかいません!」
裕太は必死に反論するが、ベッタリとエリィがくっついているこの状況では、何の説得力も持っていない。
「仲がいいのは結構な事だが、相手がいない奴らのことも考えてやれ!」
「そうだそうだー!」
「学校イチの美少女を侍らせやがってー!」
「天才の僕にも良い思いを分けろー!」
「おい、進次郎! せめてお前だけは俺を擁護しろよ!」
男子生徒たちのブーイングに交じる真横からの裏切り行為に、裕太は思わず反論した。
その様子を、他の女子生徒は白い目で見ている。
「軽部先生だって相手がいないんだからなー!」
「俺のことは良いだろう俺のことは! 一時間目は俺の『近代宇宙史』だ! さっさと準備しろい!」
半ばやけくそ気味にホームルームをすっ飛ばし、教科書を取り出して授業を始める軽部先生。
周りの動きに合わせて、裕太もカバンから教科書を取り出してページをパラパラとめくる。
「前回は、第一軌道エレベーターの完成が人類の宇宙開発の夜明けとなった。というとこまでやったよな? じゃあ次のページの……」
先生の言うことを半分聞き流しつつ、裕太は携帯電話の中のジェイカイザーに目をやった。
何のサイトを見ているかわからないが、予め言いつけたとおり授業中は静かにしててくれているようだ。
裕太はひと安心し、黒板にかかれていることをノートに書き写し始めた。
───Cパートへ続く