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第9話「コロニーに鳴く虫の音:後編」【Aパート コロニーの目覚め】

 【1】


「ン……朝か……」


 裕太はまぶた越しに窓から差し込む陽の光を感じ、目をこすりながら重たい頭をゆっくりと枕から持ち上げた。

 大きすぎるベッドに綺麗な調度品が並ぶ風景の中、ファスナーの口が開けっ放しの大きな旅行カバンからは昨日抜いで乱雑に詰め込んだ服の裾がこぼれるように垂れている。


 ふわぁ、と大きなあくびをして壁にかかっているやや小ぶりな時計を目を細めて見ると、時刻はちょうど7時を指していた。

 ふと横を見て、隣のベッドでエリィが静かに寝息を立てているのが目に入り、今が修学旅行2日目ということを思い出す。


 ベッドから降りてカーテンを開き、磨りガラスの窓を横にスライドさせて外を眺めると、スペースコロニー特有の天井にも街がぶら下がっている円形の景色が裕太の眠気半分な意識を徐々に覚醒させた。


『起きたのか、裕太!』


 裕太の背中に、コンセントから伸びる充電ケーブルに刺さったままの携帯電話から、ジェイカイザーが怒り混じりの声をぶつける。

 バイブレーションも併用した訴えから彼がどれほど腹に据えかねているかが手に取るようにわかる。


「おはよう、ジェイカイザー」

『何がおはようだ! 昨日の夜、よくも私を一人部屋に置いて行ってくれたな!!』


 挨拶に対して声を荒げるジェイカイザーにそう言われ、裕太は夕食に行くときからずっと部屋に携帯電話を置きっぱなしにしていたのを思い出した。

 ホバーボードに乗ってのエリィとの散歩から帰ってきたときにはジェイカイザーは寝入っていたので、充電ケーブルだけ刺してそのままベッドに入ったのだった。


「悪かったよ。でもほら、エリィがまだ寝てるんだからあまり大声出すなよ」

『ええい、この埋め合わせは今日してもらうからな』

「わかったよ。できる範囲でなら何か──」

「ああんっ♥ ダメよ笠本くん……お尻はあたしたちにはまだ早いわよぉ……♥ むにゃむにゃ」

「…………」


 エリィが発したとんでもない寝言を聞いて、裕太は慌ててエリィのベッドのもとへと向かい無言で掛け布団ぶとんをひっぺがす。

 布団ふとんを奪われたエリィは寒さに身を捩らせ、やがて半目を開けながらゆっくりと起き上がった。


「あ、おはよぅ笠本くーん」

「銀川お前、寝言でなんてこと言うんだよ!」

「寝言ぉ? うーん覚えてないわぁ。……でも、夢の中で笠本くんにとっても気持ちのいいことされちゃったかなぁ♥」

『なんだと! 裕太、不純異性交遊はもっと年齢を重ねてからと……』

「夢の中の話だろ! 俺は何もやってねえ、無実だからな!!」


 絶叫で否定をした裕太は息を切らせながら、自分のカバンに手を入れ今日着る分の衣服を取り出した。

 そのまま立ち上がりトイレに向かう裕太を、エリィが呼び止める。


「笠本くん、着替え持ってどこに行くのぉ?」

「トイレの中で着替えるんだよ。お前もすぐにパジャマ脱ぐだろ」

「あら、笠本くんにだったらあたしは全然見られてもいいんだけどぉ♥ 清らかなな乙女の生着替えよぉ、うふふっ!」

『裕太! 今こそエリィ殿とフラグを立てるときだ!』

「お前も焚き付けるなよ! ったく……馬鹿なこと言ってないでさっさと着替えるぞ」

「はぁい」


 エリィの生返事を聞き流しながら、裕太はトイレの鍵をかけてせっせとパジャマを脱ぎ始めた。



 ※ ※ ※



「よし、と。おーい銀川、着替え終わったか?」

「もうちょっとよぉー」

「早くしろよー終わるまで俺トイレから出られないんだから」

「女の子は準備に時間がかかるのよぉ」

「口より手を動かせ手を」


 浴室と隣接したやや広めのトイレの中で、裕太はため息を吐きながら蓋を閉じたままの便座に座り、携帯電話の中に入っている修学旅行の電子しおりを読み返した。


 ──修学旅行というのは通常ならば先生を先導に従って集団で行動し、やれ歴史的な遺産だのやれ観光名所だのを巡って長々とした説明を聞く、といった流れで進むものである。

 しかし軽部先生の意向で、今回の修学旅行は移動を除くと自由行動の時間が大半を占めており、生徒たちは好きなグループで行動することが許された。

 今日の行動予定スケジュールは、このコロニーに滞在する夕方いっぱいまで自由時間である。

 その後は月行きのシャトルに乗らなきゃいけないので、このコロニーで見学したいところがある場合は急がなければならない。

 エリィが行きたがっていたキャリーフレーム博物館を見た後、時間に余裕があればその近くで行われるという祭りで屋台でも覗こうか……と考えていると、唐突にジェイカイザーが声を張り上げ叫びだす。


『今だ、裕太! 扉を開けて外に出るのだ!』

「おいジェイカイザー、まだエリィが着替え途中だろうが」

『甘いな裕太。ここでラッキースケベめいた展開を行うことによって、エリィ殿と急接近だ!!』

「アホか、このエロゲ脳め。適当ぶっこいてんじゃねえよ、現実でそれやったら犯罪で即刻豚箱行きだ」

『アニメとかだとよくある事象なのだが……』


 残念そうに声のトーンを下げるジェイカイザーのアイコンに裕太が白い目線を送っていると、トイレの扉を外からコンコンと叩く音が聞こえた。


「入ってるぞー」

「違うでしょ、着替え終わったの! ボケてないで出てきなさいよぉ!」


 エリィに促され、裕太が扉の鍵を開けてトイレから出ると、そこにはロングスカートのおしゃれなワンピースに身を包んだエリィの姿があった。

 その上に来た薄手のコートの袖の先を指で握るように抑えながら、彼女はその場でくるりと横に一回転し、「似合ってる?」と裕太に機嫌の良さそうな明るい声で尋ねた。


「似合ってる似合ってる。綺麗だと思うよ」

「むー……、なによぉそのテンプレな誉め言葉……。なんか、もっとこう、あたしが喜ぶようなロマンチックなこと言えないのぉ?」

「そういうのは進次郎にでも求めてくれ。……そうだ、進次郎大丈夫かな」


 裕太は昨日起こった出来事を思い返した。

 サツキが持っていた白いボールから人の頭くらいの大きさの虫が生まれ、ツクダニと名付けられた。

 ツクダニはサツキに非常に懐き、おとなしかったのだがエリィがツクダニと一緒の部屋で寝るのを断固拒否したがために、エリィと進次郎が泊まる部屋を入れ替え、その結果今朝に至ったわけである。

 あの虫に進次郎がパニック映画めいたことをされてる可能性もゼロではないが、サツキが一緒だし大丈夫と思いつつ、裕太はエリィと共に階段を降り、進次郎達の泊まっている部屋の前まで来て呼び鈴を鳴らした。

 すると返事はなく、無言で鍵が開く音だけがドアから聞こえてきた。

 裕太とエリィは顔を見合わせ頷いてから、扉を開いて中へと足を踏み入れた。



    ───Bパートへ続く

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