第8話「コロニーに鳴く虫の音:前編」【Dパート チェック・イン】
【4】
「それじゃ、僕は行くよ。自由だぁぁぁぁぁ!」
奇声を発しながら2脚バイクで彼方へと走り去るヨハンを見送り、裕太たち一行は宿泊するホテルの自動ドアをくぐる。
そしてフロントに向かい、代表して受付の女性に学校名を告げてチェックインを行う裕太。
「──で、カードキーを2枚渡されたわけだが」
エリィ達が待っていたロビー脇の休憩スペースに戻った裕太は、テーブルの上にカードキーを置いて腕組みをする。
椅子に座っている進次郎が熱心に修学旅行のしおりをペラペラとめくっている横で、サツキが元気よく手を上げた。
「わかりました! ひとつは私と進次郎さんのお部屋で、もう一つは裕太さんとエリィさんと内宮さんのお部屋ですね!」
「ちょ待てや! なんでうちがこのふたりと一緒せなあかんねん!」
「じゃあ私達といっしょですね! よろしくお願いします!」
「ボケが! うちの部屋は既に相方が入っとるからええんやっちゅうねん!」
サツキの天然ボケにツッコミの忙しい内宮が頭を抱えながらうなだれていると、進次郎がしおりをテーブルに広げ、一角を指差した。
「見ろ裕太。男子が3階の部屋で、女子が4階の部屋だ。つまりこっちの鍵が僕と裕太で、こっちが銀川さんとサツキちゃんの部屋だということだ」
「ああ、そりゃあそうよねぇ。学校行事で若い男と女が一緒の部屋に入るのはダメよねぇ。うふふ、笠本くん、残念だったわね!」
ニコニコした顔でエリィがそう言うので、裕太は顔を赤くして必死に首を横に振った。
「ち、違うからな! んなことぜんっぜん思ってねえからな!」
「あらぁ、笠本くん。そんなに否定しなくてもいいじゃない? あたし、傷ついちゃうわよぉ?」
「だからだな銀川、そういうことじゃなくって……あーもうっ! ほら進次郎、さっさと俺たちの部屋行くぞ!」
「わっかりやすい奴だなぁお前。っておい! 待てよ裕太!」
エリィたちを置いたまま自分の荷物を抱えてドカドカと足音を立てながら階段を駆け上がる裕太と、それを追う進次郎。
そのまま廊下を進み、鍵についたプレートに刻まれた番号の書いてある扉の前で立ち止まり、カードキーで扉を開けて部屋へとなだれ込むように飛び込んだ。
体格に見合わない広いベッドの上に荷物を投げ捨て、枕に顔を埋める裕太。
「そんなに恥ずかしいか、お・の・ぼ・り・さ・ん!」
「おのぼりおのぼり言うんじゃねぇ進次郎! ちくしょーー!」
枕に叫び声をぶつけながら靴を脱いだ足をジタバタさせる裕太。
コロニーに入った時の行動と先程の勘違いが覆いかぶさって、まるで子供の頃の妄想ノートを見られたかのような気恥ずかしさに包まれ悶ていた。
『進次郎どの! 例のリストが完成したぞ!』
「よしよし、この天才の僕が確認してやろう。裕太、携帯借りるぞ」
進次郎はそう言って、いつの間にかポケットの中からベッドの上に出ていた裕太の携帯電話を引っ掴み、部屋の隅のテーブルでジェイカイザーとなにやら算段を始めた。
祐太はこれ以上みっともない格好をして、恥の上塗りをするのも嫌になり、ベッドから飛び起きて荷物から着替えを出す。
今の今まで忘れていたが、シャトルを降りてからこのホテルに来るまでの間、一度も着替えは挟んでいない。
つまり、進次郎やエリィ達も含め、未だに宇宙服姿であるのだが、コロニーの中で宇宙服姿なのは別に不自然なことではない。
とはいえ、着慣れない宇宙服のままでいる理由も特に無いので、裕太はベッドに座ったまま手際よく私服に着替えていく。
着替えを終えた裕太は、進次郎とジェイカイザーを置いて廊下に出て真正面の窓から顔を出し、外の空気を大きく吸って深呼吸をした。
夕暮れの時間ということなのだろうか、辺りは夕日のようなオレンジ色の光に照らされ、徐々に薄暗くなりつつあった。
(こっから見える地面の裏側が、すぐ宇宙なんだよな……)
視線を下げ、定規で線を引いたように四角く区切られた緑地を見下ろしながら、鳥の鳴き声を聞きつつ頬杖をついて授業で聞いたコロニーの構造を思い出す。
スペースコロニー、それは人類が宇宙空間で生活するために作られた超巨大建造物である。
裕太たちがいるスペースコロニー『アトラント』は、回転による遠心力と人呼応重力によって擬似重力を生み出す、標準的な円筒形状のコロニーである。
他にも球状のスペースコロニーや、惑星表面に埋め込むドーム状のコロニーなど、スペースコロニーには様々な形態がある。
しかし、その全てに共通しているのは内部に地球の環境を忠実に再現していることだ。
すなわち、地球と同じ空気・重力・水・植物・動物を内部に詰め込み、循環させることで人間の住む生活空間を宇宙空間に用意しているらしい。
過去には戦争や事故などでコロニーが崩壊する不幸な事件も多発したようだが、数々の失敗を乗り越えた現在はそのようなことは絶対に起こらなくなったと、軽部先生が授業中に力説していたなと裕太は思い出していた。
「笠本くん、大変! 大変よぉ!」
「わーっとっとっと!?」
ぼーっとしていた裕太は、突然廊下の向こうから聞こえてきたエリィの声に驚き、頬杖がずり落ちた反動で一瞬窓の外に落ちそうになった。
慌てて体重を後ろに下げ、そのまま尻もちを着いて呼吸を整える裕太の顔を、エリィが覗き込むようにかがんで叫ぶ。
「何やってるの!? じゃなくて、金海さんが大変なのよ!」
「お、落ち着け銀川! 何が起こったんだ?」
「えっとえっと! とにかく金海さんが大変なのよぉ!」
「何! サツキちゃんが一大事だと!? うぉぉぉ今行くぞぉぉ!」
サツキの一大事を察したのか話が聞こえたのか定かではないが、進次郎が部屋の中から血相を変えて飛び出して、そのまま階段の方へと走り去っていった。
裕太もエリィの手を借りて立ち上がり、すぐさま進次郎の後を追った。
───Eパートへ続く




