第7話「奈落の大気圏」【Aパート 天空へと続く塔】
【1】
はるか昔、人々は天にも昇らんばかりの巨大な塔を作り、神々の世界を目指したという。
後に「バベルの塔」と呼ばれたその塔は、人間の行為に怒った神々の手によって建造は阻止され、以後永きに渡って人類が神々の住まう天界を目指すことはなかった。
──しかし、人類は天への情熱を失ってはいなかった。
ロシアとアメリカという二大大国による宇宙開発競争の末、人類は軌道エレベーターという名のバベルの塔を完成させたのだ。
全長約9万キロメートルを遥かに超える巨大なケーブル状のレールで作られた塔。
それは、人類にとっては手に届かなかった宇宙への道を広く拓いた。
地球の直径の8倍にも及ぶこの巨大構造物によって、人々は隣国へと旅行に行く感覚で宇宙へと旅立ち、また飛行機や新幹線に乗る気分で地球へ還ることが可能となったのだ。
『見ろ、祐太! 細いレールが空高くまで伸びているぞ!』
「ああ。あれが宇宙に行くための線路か……!」
軌道エレベーターの地上駅であるアースポートの前で、祐太は軽部先生が点呼を取る声を聞き流しながらジェイカイザーと共に感嘆の声を放つ。
体育座りの体勢のまま首が痛くなるほど上を向いても、その天辺どころかレールの一部分だけしか見えず、そこから先は雲を突き抜けていてここからでは目視することができなかった。
なにせこの軌道エレベーターのレール、地球の直径よりも何倍も長いのだ。
軌道エレベーターのそびえ立つ地球は、宇宙から見れば糸に吊り下がった振り子にも見えるという。
そんな想像を絶する建造物を目の前にして、裕太の心は言葉にできない感動で溢れていた。
上を向き続けて首が痛くなった裕太が顔を正面に戻すと、ちょうど点呼を終えたエリィが戻ってきており、痛みから首に手を当てる裕太の様子を見てか、面白いものを見たようにクスクスと笑った。
「笠元くんったら、やぁねぇ。軌道エレベーターを見上げて喜ぶなんて、まるで子供みたいよぉ」
「あのな銀川。木星圏の実家に帰るたびに宇宙に昇ってるお前と違って、俺は地球生まれの地球育ちなんだぞ」
「うふふ。ってことはあなたってこの修学旅行で宇宙デビューなんだぁ」
小声で囁くように言いつつにこやかに微笑むエリィの態度が、自分を小馬鹿にしているような気がしたので、祐太は日用品の詰まったリュックを抱きかかえたまま少し拗ねるような表情をした。
今、裕太たちが立っている場所は日本で唯一の軌道エレベーター「飛天」を有する輝竹島。
地上で育った少女が最後に故郷の月へと還る、かぐや姫の物語からその名を取ったこの島は、世界有数の巨大人口浮島である。
輝竹島は島とはいっても広大な面積を有しており、軌道エレベーター職員の居住区やその家族が利用するショッピング街。
更には幼稚園から大学までのすべての教育機関、果ては港・空港まで揃った巨大都市でもある。
「よーし、全員よく聞けよ!」
クラスメイト全員の点呼を終えたらしい軽部先生が拡声器を使って呼びかけた。
その声を聞いて、裕太たちは他の生徒と同様に姿勢をただし先生のいる方向に視線を向ける。
「これからアースポートに入るぞ! 入ったら班ごとにゲートを抜け、その後は更衣室で宇宙服に着替えるんだ! わかったな!」
「「「はーい!」」」
裕太たちは先生の合図で一斉に立ち上がり、正面に見える軌道エレベーターの駅であるアースポートに列のまま入っていった。
【2】
「銀川たち、遅いなぁ」
「女子というものはえてして着替えに時間がかかるものだぞ、裕太」
「うるせー、それくらいわかってるよ進次郎」
アースポートの更衣室で宇宙服に袖を通した裕太は、進次郎と共に軌道エレベーターの客車が見える展望室で、同じ班のエリィとサツキを待っていた。
祐太は窓の外にそびえ立つ巨大な車両を見上げて、軽部先生が授業で言っていたことを思い出す。
軌道エレベーターは、名前こそエレベーターであるが、実際は縦に移動する列車のようなものだという。
幾つかの階層に分けられた縦に長い六角柱の車両が上下に連結することによって、この巨塔を繋ぐ揺りかごを形成しているとのこと。
祐太はそんなことを考えながら、首の後ろにぶら下がっているヘルメットの重量で喉にかかる圧迫感を指で軽減させていると、隣にいた進次郎が祐太の顔を見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
「フ、裕太は初めての宇宙に緊張しているとみたが、どうだ?」
「んだよ進次郎。俺は宇宙服のゴワゴワ感に慣れてないだけだよ」
進次郎に本心を見透かされた祐太は、あながち嘘でもないような言い訳でごまかした。
かつては着ぐるみのように分厚く不便であった宇宙服。
今となっては技術の進歩により改良が進み、漫画やアニメに出てくるパイロットスーツのような、薄手の宇宙服が実現可能となった。
それに伴い色やデザインなんかも自由に選べるようになり、ファッションの一つとして注目されるようにもなったらしい。
裕太たちが着ている宇宙服は学校が提供したカタログから買ったものであるが、オシャレ好きな女の子とかはファッション雑誌を参考にして可愛らしいものを買うのだとか。
以前裕太がエリィから聞いた話だと、なんと宇宙ガチ勢はヘルメットを個人の頭の形状に合わせてオーダーメイドするという。
しかし便利になったとはいえ着心地は慣れが必要な感じである。
厚手のセーターを複数枚重ね着したような感覚に、人生で初めて着用した裕太にとっては動きづらくてかなわなかった。
「何カッコつけてんだか……おっ、サツキちゃん!」
「進次郎さ~ん、どうですか似合ってますか?」
手を振りながらパタパタと進次郎に駆け寄る宇宙服姿のサツキ。
彼女の小柄な体格にピッタリと合った宇宙服がよくあったもんだなと祐太は思ったが、すぐにサツキの性質を思い出し、あの宇宙服も彼女の体の一部なんだと察して苦笑いを浮かべた。
進次郎の手を握りピョンピョンと跳ねるサツキの後を追うように、微笑んだ表情のエリィも宇宙服姿で展望室にやって来る。
「銀川、お前…髪束ねたのか?」
長い銀色の髪を後ろでまとめ、見慣れない髪型をしているエリィに裕太がそう聞くと、自分の手でまとめた髪をポンポンと叩きながら不満そうな表情を返した。
「しょうがないじゃない。ヘルメットかぶる時に邪魔になっちゃうしぃ。……もしかして、この髪型嫌い?」
「いや、いや似合ってるよ」
慌てて取り繕う裕太の適当な褒め言葉に、ニッコリと笑みを浮かべて「ありがとう」と言うエリィ。
隣で「バカップルが」と呟く進次郎に、お前も人のこと言えないだろうと言い返したかった裕太だが、軽部先生の号令が聞こえたのでその機会を失った。
───Bパートへ続く




