第6話「死闘! 海中決戦」【Hパート 湯けむりロケットサミング】
【8】
「ほげぇー……生き返るぅー」
海面を照らすように浮かぶ月の光を受けながら、お湯に顎まで浸かった進次郎が間延びした情けない声を出した。
一連の騒ぎの後、裕太たちはジェイカイザーの片付けを明日に回して海水浴場近くの旅館にチェックインをした。
市内でも指折りの温泉旅館に来たからにはと、部屋に荷物を置いてほぼ貸し切り状態と化している温泉へとやって来たのだった。
「情けない声出すなよ進次郎」
頭に畳んだタオルを乗せながら、石造りの浴槽に裕太が腰を下ろしつつ呆れ声を出す。
進次郎は裕太の言葉に眉をムッとさせながら、スイーッと裕太の前に移動した。
「そうは言ってもだな、僕は危うく死にかけたのだぞ? やっとこさ砂浜まで戻ってきたと思ったらいきなり目の前で爆発が起こるし」
「ま、まあ無事だったから良かったじゃないか」
「そうは言うがな……」
そう言いながら口までお湯に沈みブクブクと泡を吐く進次郎を苦笑いしながら眺める裕太の耳に、聞き慣れたしゃがれ声が聞こえてきた。
「おう、おめえらも入ってたのか」
腰にタオルを撒いた格好の大田原がそう言いながら露天風呂の扉を開けた。
手に持ったビンの浮かぶ風呂桶を水面に浮かべながら、肋骨の浮き出たシミだらけの身体を湯船に沈める大田原。
「それ、お酒ですか?」
「いいだろう、風情があるぜぇ?」
「酔っ払ってお風呂に入ると酔いがひどくなるらしいですけど」
「若ぇモンは細かいこと気にすんな!」
そう言いながら、手に持った小さなお猪口にビンのお酒を注ぎ、カァーッと言いながら悦に入る大田原を「おっさん臭いな」と横目でぼやく進次郎。
「……っていうか、何で大田原さんがこの旅館に来ているんですか?」
「こちとら上層部に無茶言われて出張してきた身でよ、遅くまで警備に当たる代わりに一泊宿を用意してもらったってわけだ。ちなみに照瀬は既に酔いつぶれて寝ている」
「照瀬さーん……」
そんな会話をしながら3人でまったりと湯に浸かっていると、竹づくりの壁の向こうからエリィとサツキのものと思われる明るい声がかすかに聞こえてきた。
「女子組も堪能してるみたいだな」
「坊主ども、女湯を覗きに行ったりしねえのか?」
大田原の口から出た突拍子もない案に、口を揃えて「え?」と言いつつ目を白黒させる裕太と進次郎。
「何でそんなことを」
「ガハハハハ! 青春漫画とかだとそういう展開あるじゃねえか。劣情に駆られた男どもが無い知恵絞って覗き行為に勤しむってやつがよ」
「……酔ってますね大田原さん。例え俺達がそんなことを企む破廉恥野郎だったとしても、現役警官の目の前でそういうことはしないと思いますよ」
「そうか、それもそうだな! ガハハハハ!」
高笑いをする大田原の横で、裕太と進次郎はいろいろな感情のこもったため息を吐いた。
※ ※ ※
身体の隅々まで洗い終えたエリィは、自身の肉体を隠していた1枚のタオルを畳んで湯船の淵に乗せる、
外気に晒される乙女の柔肌、先ほどまで浴びたシャワーの水がつぅ……っと胸から足元に掛けて垂れていくお湯の温度を確かめるように、つま先からそっと身体を湯船に浸けていく。
足先から伝わる熱に反射的に身震いを起こしてしまうが、その熱にエリィは絶妙な心地よさを感じつつゆっくりと腰を下ろす。
やがて肩まで浸かると「んっ……ふふっ……」と少女らしからぬ艶めかしく色っぱい吐息が口から漏れてしまった。
湯気を通して光を拡散させる月を見上げながら、エリィは身体から疲れを追い出すように両腕を思いっきり上に伸ばす。
「海の見える露天風呂、素敵よねぇ!」
全身で感じる温泉の気持ちよさに身を震わせながら、弾んだ声でサツキに話しかけると、サツキもまったりとした顔で温泉の効能を楽しんでいた。
「人の身体で湯に浸るというのもなかなか気持ちいいですね」
「サツキちゃん、いつもお風呂はシャワーなのぉ?」
「いえ、衣類に擬態して洗濯機でガーッとするんです。柔軟剤の香りが身体いっぱいに広がって気持ちがいいですよ」
「……それ、お風呂って言わないわよぉ」
呆れた様子でエリィがツッコむと、身体全体を大きなタオルで隠した富永がぴちゃぴちゃと足音を立てながらエリィたちの前に姿を表した。
「最近の学生さんは変わっておりますなぁ」
「……この子だけが特別なだけですよぉ」
「わぁ! 海水浴場がよく見えるでありますよ!」
まるで子供のように、富永ははしゃぎ声を上げながら露天浴場の柵から身を乗り出し、海岸を一望した。
エリィ達もその横に並んで海岸を望むと、あまりの綺麗な風景にわぁ、と自然に声が漏れた。
暗闇に浮かぶ満点の星空が、波を受けてゆらゆらと揺れる水面に映し出されて、ひとつの絵画のような不思議な光景を作り出していた。
人のいなくなった砂浜は月明かりを受けてキラキラと輝き、まるで宝石箱を覗いているようだ。
そして、宝石の中に一際黒光りする巨大な影。
その巨体はまっすぐにこちらを見据え、文字通りじっと目を光らせている。
「エリィさん、あれってジェイカイザーですよね?」
「こっちを見ているようにも見えるでありますねえ」
「って、まさか……」
エリィの額に、嫌な予感が生み出した汗がひとしずく垂れた。
※ ※ ※
『裕太! お前に代わって私が女体の神秘を録画しているからな!』
ビニール袋に入った裕太の携帯電話から、興奮した様子のジェイカイザーが高らかに叫んだ。
突然の相棒の覗き宣言に裕太は憤激の雄叫びを上げ、煮えたぎるような熱い感情をジェイカイザーに叩き込む。
「んなこた頼んでねぇぞこのエロロボット! おい銀川! ジェイカイザーがそっち覗いているぞ!」
『あ、この裏切り者!』
裕太の怒声が届いたのか、壁の向こうの女湯からエリィの悲鳴が聞こえてきた。
※ ※ ※
「いゃーん! 笠元くんならともかく、ジェイカイザーに見られるのは嫌ぁー!」
慌てて胸と局部を手で覆い隠し、その場にしゃがみ込むエリィ。
身体にタオルを巻いた状態の富永と羞恥心のないサツキはジェイカイザーの視線からエリィを守ろうと彼女の前に出て壁となった。
「サツキちゃん、なんとかしてぇ!」
「わかりました!」
サツキはこくりと頷くと、身体を一切隠さずに柵から身を乗り出し、右腕をジェイカイザーに向けてまっすぐに突き出した。
その肘の先は鋼鉄のような色へと変化し、やがて分離して炎を吹き上げながらジェイカイザーに飛んでいく。
「ロケットサミング!」
『ふべらっ!?』
サツキより放たれた小さな鋼鉄の弾丸はジェイカイザーのカメラアイを的確に潰すように衝突し、ジェイカイザーの頭部が火花を上げながらグシャリと潰れていった。
「最近の学生さんは手が飛ばせるんですなぁ」
「……この子だけですからねぇ?」
エリィは富永にそう言いながら、いそいそと再び身体を湯船に沈めた。
※ ※ ※
『まだだ、メインセンサーをやられた程度で……!』
「とっとと諦めろこのクソロボット! ったく……。すみませんね大田原さん、修理にお手数かけます」
申し訳無い気分で相棒の不貞を謝ると、大田原はハハハと軽く笑いながらお猪口の酒をぐいっと飲み干した。
「〈カブロ〉のパンチは強烈だった! ……ということにしとこうか坊主」
「ええ……そういうことにしといてください……」
ビニール袋ごと携帯電話を湯船に沈め、裕太は大きくため息を吐いた。
ジェイカイザーの立つ砂浜を横目で見ながら、裕太は何か頭に引っかかりを感じていた。
「……何か忘れてるような?」
そう小声で呟いたが、何だったかが思い出せないうちに温泉の気持ちよさにまどろんで忘れてしまった。
※ ※ ※
ジェイカイザーから少し離れた砂浜に、ひとり体育座りで哀愁を漂わせながら月を見上げる男。
「俺の……出会い……」
誰もいなくなった海水浴場で、月明かりを受けながら軽部は虚しく孤独に呟いた。
……続く
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登場マシン紹介No.6
【カブロ】
全高:3.4メートル
重量:8.4トン
JIO社製の海底探査用キャリーフレーム。
キャリーフレームの中では珍しく人型ではない機体であり、全体のフォルムはザリガニを思わせる。
鉄骨すら容易に挟み切る力を持つハサミ型アームを備えており、近接戦闘能力は高い。
今回搭乗した機体はハサミ部分に魚雷発射管を増設した改造機であるが、その魚雷は威嚇・牽制用であり威力が低かった。
【次回予告】
修学旅行に出発する裕太たちの目的地、それは宇宙だった。
軌道エレベーターによって宇宙まで登る裕太たちは、エレベーター・ガードの男ヨハンと知り合う。
しかし、ヨハンの宇宙活動を見ていた裕太たちの目の前で、事件は起こった。
次回、ロボもの世界の人々第7話「奈落の大気圏」
『この美しい地球、絶対に悪の手に渡す訳にはいかないな……』
「いや、俺たち特に悪と戦ってねぇだろうが」
『わからんぞ、聞いた話によれば宇宙には海賊が出没するという。そういった連中が襲いかかってきたら私の出番だ!』
「そう言って、昨日解放された新機能を使ってみたいだけだろ」
『ぬぬぬ……!』




