第6話「死闘! 海中決戦」【Eパート クロドーベルは泳げない】
【5】
海岸から少し離れた沖の海原。
波の穏やかな海の上で、進次郎はサツキが変身したゴムボートに乗ってのんびりとオールを漕いでいた。
「サツキちゃん、息とか苦しくないか?」
「はい、大丈夫です!」
傍から見れば男子高校生が1人で独り言を言いながらボートに乗っているだけにも見えるが、これでもふたりにとってはれっきとしたデート気分である。
砂浜からかなり離れたところまで来た進次郎は、穏やかな海面を見渡し、満足感にふけっていた。
「遠くまで来たもんだなあ」
「進次郎さん、疲れていませんか? 私ならモーターボートにもなれますよ?」
サツキの気遣いに嬉しくなりながらも、オールを漕ぐ手を止めて進次郎は船べりに身体をもたげながらうーんと伸びをする。
「天才たるもの、己の力量は常に把握しておかねばならんのでな」
「よくわかりませんが、なんだかすごいですね!」
サツキの適当な褒め言葉に少々ガクッとながらも、進次郎は上体を起こしてオールを掴み、漕ぎ出そうと手に力を入れた。
その時、遠くからボーっという汽笛の音が聞こえてきたので、その方向に顔を向ける進次郎。
音がした方には、巨大な船の影が水平線上にぼんやりと浮かんでいた。
「あんなところに、豪華客船か……?」
「素敵なお船ですね~。私も一度くらいああいうのに乗ってみたいです!」
無邪気な声をボートから出すサツキに、進次郎は鼻をフッと鳴らして微笑んだ。
「どうしても乗りたいと言うのなら、僕なら叶えてあげらなくもないけどね?」
「進次郎さん、それってどういう……?」
「それは……うん?」
言いかけて、進次郎は船のある方角から巨大な影がだんだんこちらに迫っていることに気づいた。
一瞬サメか何か来たのかとも考えたが、それにしては影が大きすぎる。
「サツキちゃん、逃げ……どわーっ!?」
「進次郎さん!」
高速で通り過ぎた巨大な影の起こした波で、進次郎はボートから投げ出され、海面に落下した。
すぐさまサツキが人間に戻り、沈む進次郎の下まで潜水し再びボートに変身することで金魚すくいのような要領で進次郎を助け出す。
サツキの上で進次郎が手をついて、ゲホゲホと咳込み海水を吐き出す。
「進次郎さん、大丈夫ですか!」
「僕は大丈夫だけど……い、今のはいったい……?」
ボートの上でうつ伏せになりながら、進次郎は漏らすように呟いた。
【6】
「……ん?」
照瀬と話していた裕太たちは、海の方に人だかりができて騒がしくなったので何事かと立ち上がった。
現場に群がる人たちでよく見えないので、祐太はジェイカイザーのコックピットまで登って何が起こっているのかを観察する。
見える範囲で察するに、海岸に近い沖の水面から、オレンジ色の巨大な物体が浮かび上がっており、周辺にいた海水浴客が野次馬のように何だ何だと周りに集まっているようだった。
海面に現れたそれは、カニのハサミにも見える巨大なアームを上に向け、煙の尾を引くミサイルのような何かを上空へと発射した。
そのミサイルは空中で弾け、花火が爆発するような轟音と眩しい閃光が辺りに響き渡る。
爆発音と光を受けた野次馬たちは悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出し、途端に海水浴場はパニックに包まれた。
「おい笠本の小僧! 今の爆発音は何だ!?」
「なにか、キャリーフレームのようなものがミサイルみたいなのを発射したみたいです!」
『私の目にはオレンジ色で、ハサミみたいなのを持っているマシーンが映っているぞ!』
「橙色で、ハサミ。そして水中型……JIO社製の海底探査用キャリーフレーム〈カブロ〉ね!」
手のひらに拳を載せ機体名を言い当てるエリィの傍らで、先程富永が乗り込んだクロドーベルが勇ましく立ち上がる。
「犯罪者の出現でありますね! 神妙にお縄につけでありまーーす!!」
富永が威勢のいい声とともに〈クロドーベル〉を走らせ〈カブロ〉の方向へと駆けていく。
その〈カブロ〉はというと、接近する警察のキャリーフレームに気づいたのか、沖の方へと逃げるように潜行した。
「逃げようとしても、そうは行かないでありまーす!」
「おい富永、よせっ!」
照瀬の制止も聞かずに蟹型キャリーフレームの後を追って海に飛び込む富永の〈クロドーベル〉は、水面に大きな水柱を上げて沈んでいった。
裕太たちは水しぶきとなって振り注ぐ海水のしょっぱさに顔をしかめながら、富永が沈んだ地点を食い入るように見つめる。
水面の波紋が波にかき消され波の音だけが響く、しばしの静寂に包まれる海岸。
数秒後、その静寂を切り裂くように照瀬の持つ通信機から富永の悲痛な声が響いてきた。
「がぼぼぼごぼぼぼ!?」
「だからよせと言ったんだ! 脱出しろ、富永!」
文字通り泡を食っている富永の助けを求める声に、声をぶつけるようにして照瀬が叫ぶ。
「ごぼばばぼが!」
脱出装置の作動する音とともに通信が切れ、やがて水面に浮き輪に乗ってぐったりした状態の富永が浮かび上がった。
慌てて照瀬が水面をバシャバシャと踏み抜きながら駆け寄り、浮き輪ごと富永を引っ張って回収する。
「おい富永、生きてるか!?」
「じ、じぬがどぼぼびばびぱ……」
「あーあー、ひでぇ有様だな」
困った顔をした大田原がそんなことを言いながら、いつもの特濃トマトジュースのパック片手に麦わら帽子姿で現れた。
被っていた帽子を外して暑そうな顔で顔を仰ぐ大田原に、富永をレジャーシートに寝かせた照瀬が食って掛かる。
「隊長! なぜ湾岸の警備なのに耐水処理をしていないのですか!?」
「海水浴場に水中用キャリーフレームが乗り込んだ前例がないんで、俺も掛け合ったけど却下されたんだよ。恨むなら上層部を恨んでくれ」
「では、あのキャリーフレームに対して我々はどうしようもないじゃありませんか!」
「困ったときは……なあ、坊主?」
銀歯混じりの歯をキラリと見せながら、ニヤついた顔で裕太の顔を見上げる大田原。
裕太はふう、とひとつため息を吐くと後ろ飛びでジェイカイザーのパイロットシートに飛び込んだ。
「沖に行った進次郎達が心配だから戦うんですからね」
「坊主のツンデレなんて嬉しくもねえよ。ジェイカイザーの気密性についてはトマスからのお墨付きが出てるから安心しな。ま、小遣いは弾んでやるから頑張ってくれよ」
「ったく、警察の尻拭いみたいなものなのに軽く言ってくれますね。よーし、行くぞジェイカイザー!」
裕太は操縦レバーを力強く握り、指先との神経接続を行って気合を入れ、砂浜に刺さったシールドをジェイカイザーの左腕に装着する。
砂を撒き散らさないようにバーニアは使わず、ジェイカイザーをゆっくりと沖の方へと歩かせる裕太だが。
『待て、裕太!』
「どうした、ジェイカイザー!?」
『まだ私は準備運動をしていないぞ!』
「だああっ!」
何事かと手を止めた裕太は、ジェイカイザーの天然ボケに思わずずっこけた。
コックピットの中でひっくり返った裕太は急いで体勢をととのえてパイロットシートに座り直す。
「ロボットのお前に準備運動が要るかーっ!!」
『そ、そうなのか……』
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ!」
『おう! 水着のお姉さんを怖がらせた罪を償わせてやる!』
「もっとマシな意気込みをしろよ!」
改めて裕太はペダルを踏み込み、ジェイカイザーを海へと飛び込ませた。
───Fパートへ続く




