エピローグ短編2「深雪と梅雨のお泊り会」【Eパート 思いがけぬ通話】
【5】
「……と、いうわけです。なので間違いが起こらないように監視するため、一晩泊まっていきます」
Ν-ネメシスのクルーへと一言連絡をし終えた深雪は、与えられた空き部屋のベッドにゴロンと横になる。
あのあと、割と滞りなく夕食会は行われた。
買い出しの時にナインを意識しているのか、春人が終始そわそわしていたのが悩みの種であったが、その後に屋敷で振る舞われた料理は絶品だった。
この料理を毎日食えるのなら、内宮千秋は幸せものだろう。
それはさておき、目下の問題は思春期の男子たる春人の動向である。
彼は決して不誠実な人間ではないため過剰に危険視する必要は無いのであろうが、頻繁に自室とトイレを行き来しているのがやけに不気味であった。
おそらくは同年代の異性の裸など見たことがなかったと思われるが、そんな健全な少年に肉体年齢の割にかなりスタイルの良いナインの一糸まとわぬ姿は、刺激が強すぎたのであろう。
なぜか廊下に仕掛けられていた監視カメラの映像を、自分の携帯電話へと送らせる設定を終えた深雪。
これでもし、春人が他の二人の部屋、あるいはナインかシェンが春人の部屋の中に入ろうとした時に止めることができる。
結局ナインにもシェンにも、なぜ男子に裸を見せてはいけないかはわかってもらえなかった。
あの羞恥心ゼロの二人組に、どうすれば肉体年齢相応の性知識を与えられるか。
そして一応は小学六年生である自分が、何で年上に対してそういった配慮をせねばならぬのかを考えていた。
「……はぁ」
おもわず、わざとらしいため息を吐く。
頼れるものもおらず、苦労ばかりの人生。
せめて、誰か一人でも相談に乗ってくれるような人がいないものかと、思案する。
そんなとき、ふっと浮かんだのが憎たらしい涼しい顔の男。
黒竜王軍のスパイとしての使命を果たすためとはいえ、深雪の悩みを真摯に聞き一緒に悩んでくれた彼との思い出が、脳裏をよぎる。
別に、あの人は自分のことなんて何とも思っていないだろうに。
そう考えながらも、深雪は彼の言葉を思い出していた。
<僕なら……自分の力が求められているのなら、応えるかな。それがひいては、自分の助けになるかもしれないから……>
日本の言葉で、「情けは人の為ならず」という慣用句で表される考え方。
他者への親切は、巡り巡って自分を助けることになるたとえ。
いつか、自分は報われるのだろうかと、天井を見上げながらぼんやりと考える。
そんな時だった。
ピリリリ……と、突然の着信音。
携帯電話の画面に表示されているのは、知らない電話番号。
緊急の連絡かもしれないけど、変な勧誘だったら即切りをしよう。
そう考えながら深雪は通話アイコンを指で押した。
「はい、もしもし。遠坂です」
「……深雪かい?」
「その声……フィクサですか?」
聞き覚えのある男の声。
今まさに、考えていた相手。
けれども深雪は声色をキリッとさせ、油断しないように身体を起こした。
「何ですか突然。変な用なら切りますよ」
「久しぶりなのに冷たいね。せっかく地球の携帯電話を手に入れたからかけたってのに」
「……私と話すため、とか言うんじゃないですよね?」
「そうだったら、どうする?」
「……困ります」
返す言葉が思い浮かばず、適当な返答をしてしまう。
嬉しいはずなのに、嬉しくない。
相反する感情が、深雪の思考を締め付けていた。
「……ネオ・ヘルヴァニアの方はどうなんですか?」
「ようやくタズム界に根を下ろせたって感じだね。兄上とグレイと三人で、うまいことやってるよ」
「そうですか。それはよかったですね」
「そうだそうだ。僕、君にひとつだけ言いたいことがあったんだよ」
「言いたいこと……ですか?」
彼から自分に伝えること。
それが何か予想できないまま、聴覚を電話に集中させる。
「君が僕にやたらと厳しくあたっていたことについて、フリア達に相談をしたんだ。そうして、もしかしたら君が……僕に好意を抱いていたんじゃないかという可能性が出てね。間違いだったら良いんだけど」
「……間違いなんかじゃありません。確かに私は、あなたに好意を抱いていた……時もありました」
「敵対関係が終わった今だからこそ言うけれど……君の気持ちを裏切ったようで、本当にすまなかった。この言葉を伝えたかったんだ」
「謝罪だけ……なんですか?」
「え……」
言葉に詰まるフィクサの声。
深雪は、こんなときくらい子供っぽいワガママが許されるだろうと、嘘偽りのない自分の感情を吐き出した。
───Fパートへ続く




