エピローグ短編2「深雪と梅雨のお泊り会」【Aパート 真実を訊く】
【1】
切れかかった蛍光灯が点滅を繰り返す警察署の一室。
窓の外からは振り続ける雨がアスファルトを叩き続ける音が鳴り響く。
「……火星・木星間のメインベルトに研究施設が?」
「ああ。兄上、正確には兄上の意識データを移植したコンピューターはそこから指示を出し、エビルカイザーの建設を行っていた」
資料室の一角にある古びたソファーに座った深雪は、眼前の訓馬からの報告を聞き、自身のメガネを指で押し上げた。
世間では黄金戦役という名で知られるメタモスとの戦い。
その直後に発生した謎の機体群との戦闘は、あの戦いに参加した関係者しか知らない。
それ故に事後調査も小規模で行われ、黄金戦役から6ヶ月もたった今、ようやく実態がわかってきたそうだ。
「その中で、三輪元社長とタズム界のトカゲ人の……ゴーワンだったか? 彼らが冷凍睡眠状態で発見され救出された。意識データを抽出した後、コールドスリープ装置に放り込まれていたらしい」
「それを聞いて安心しました。あの戦いでの死者は、敵味方含めてゼロということになりますね」
「ああ……兄上、デフラグ・ストレイジは元々死んでいたからな」
それは、裕太たち無垢な戦士たちが人を手にかけなかったという証明。
彼らの中で一つの暗い思い出になっていた事実を、ようやく払拭できる。
「……私をわざわざ呼び出したんですから、それだけじゃありませんよね」
「ああ。君が知りたがっていた事実が……ようやくわかった」
深雪は息を呑み、訓馬が始めた説明に耳を傾けた。
この報告を聞くことで、ようやく呪縛から解放される。
ただ、それだけを信じて。
「それが、兄の死の真相……なんですね」
深雪は湯呑の中の緑茶を喉に通してから、絞り出すような声を出す。
手はわずかに震えているが、この角度なら訓馬には察せられないだろう。
「ああ。サツキ嬢がメタモス全体の情報中枢からようやく聞き取れた情報だ。間違いはないだろう」
「……そうですか」
家族が引き裂かれるきっかけとなった、兄の錯乱。
それは、彼の過敏すぎるExG能力による感応波が、メタモスの先遣隊に遭遇・死滅させられた宙族の恐怖を、その怨念と怨嗟の声を受け止めてしまったのが原因だった。
何十人もの人間が放った死への恐怖。
それを一人の人間が一度に、一瞬で感じ取ってしまった。
そして起こった、生存本能の暴走。
目に映る人間全てを敵だと認定し、自身の命を狙う殺戮者だと思いこむ。
────それが、遠坂一家の離散の、すべての始まりだった。
「君の兄上が最後に残したメッセージ、“央牙島、敵はそこに”。それはメタモスから見て驚異となる、Ν-ネメシスの在り処を仲間に伝えるものだった」
「兄の心はメタモスに支配されてしまっていた、と。そして、艦を守るガーディアンは、遺跡を訪れたサツキさん……メタモスに反応して、彼女たちに襲いかかったと」
「そういうことになる」
ようやく、点と点が線になった。
あの島で起こったこと、聞いたことの謎。
その空白がようやく埋まり、少女は空っぽになった湯呑を卓に置いて、大きなため息を吐いた。
「サツキ嬢が、心配していたことがある。君が……この真相を知ることで、メタモスや水金族に対して、恨みを持つのではないかと」
「……大丈夫です。あの事件があったから、私はいまこうやってΝ-ネメシスの艦長としての人生を歩んでいるんです。そうでなければ、私は木星のコロニーで、馴染めない小学生生活を続けていたでしょう。充実しているんです、今は」
「そうか。君は実に……年齢に見合わぬほど、強い子なのだな」
「よく言われます。わざわざ教えてくれて、ありがとうございました」
深雪は立ち上がり、一礼をしてから訓馬老人へと微笑んだ。
少女の感情が落ち着いていることに安心したのか、老人も頷きを返す。
そして少女は自分のかばんを肩にかけ、部屋を出た。
背後の扉が閉まり、深雪は息を吸い込み、右手を握りしめる。そして。
「くっ……!」
タン……と、ひとりとなった少女の小さな拳が、薄暗い廊下の壁を殴りつけ小さな音を鳴らした。
歯を食いしばり、溢れそうになる悔し涙を抑え、じんわりと痛む拳を壁に押し当てたまま深雪は俯く。
(何が、充実しているだ)
老人へと放った綺麗事の言葉を、自分の中で噛み砕く。
(何が、ありがとうだ)
真実を知ろうとした自分へと、反吐を投げかける。
知らないままであれば、まだもう少し幸せで居られたかもしれないのに。
けれども、ここで自分が踏みとどまらなければ、復讐の連鎖が始まってしまう。
兄の仇だとメタモスを責め、状況を悪化させた父を苛立ち任せで手に掛けることは、容易いこと。
それでも、自分の感情を殺しここで止まらなければ、ようやく安定した世界を自分が壊すことになる。
この世界にとって幸いだったのは、深雪が実年齢から遥かにかけ離れた“大人”の心を持っていたことだ。
少女にとって不幸だったのは、自分の感情を押し殺せば全てが丸く収まるとわかってしまうほど、彼女が“子供”では無くなってしまったことだ。
度重なる修羅場によって、年齢に見合わない心を持った深雪は、その小さな背中に一人で不幸を背負うことで、世の中の安寧を守ったのだった。
「……帰ろう」
ポツリと、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
少女は、ひとりぼっちだった。
居場所など、どこにもありはしない。
自身の席のあるΝ-ネメシスでも、本当に自分のことを理解してくれている人間はいない。
子供の身体に大人の心を持たされた少女の気持ちを、理解できる大人など、どこにも居はしないのだ。
少女は、ひとりぼっちだった。
───Bパートへ続く




