第6話「死闘! 海中決戦」【Cパート アベック死すべし!】
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「おのれ~地球人のアベックどもめ。楽しそうに異性交遊などして、けしからんったらありゃしない!」
波に揺られて緩やかに上下運動をする大型船の甲板で、木甲板に汗を落としながらキーザが憎々しげに吐き捨てた。
双眼鏡で海水浴場を観察しながら、棒状の袋菓子を咥えてサクサクと食い散らす。
その後ろで白いイスに座りトロピカルジュースを飲んでいた内宮が「何言うてんねや」と言いながら呆れ顔で立ち上がった。
「内宮よ、貴様も独り身ならアベックを憎む私の気持ちがわかるはずだろう」
「アベックて……死語やないかい。それにうちはまだ学生やで? 売れ残ったわけやあらへんし、その気持ちはわからへんな」
「裏切り者め、貴様も所詮は地球人ということか……!」
「地球人関係あらへんやろ。あのビーチにヘルヴァニア人もぎょーさんおるやろうし。そこまで憎むて昔なんかあったんか?」
内宮が軽い気持ちでそう尋ねると、キーザが血の涙を流さんとするような形相で正面から内宮の顔を見据え、ぐいっと顔を近づけた。
「聞いてくれるか内宮。話すも涙、聞くも涙のこの私の波乱万丈の人生を」
「お、おう……。それでキーザはんの気が済むんやったら……」
若干ドン引きしながらも内宮が了承すると、黄昏れるようにキーザが船べりへと手をつき、背中に哀愁を漂わせながら淡々と語り始めた。
「私はかつて、旧ヘルヴァニアの三軍将の一人……つまり私の他にもうふたりいたわけだが」
「わけだが?」
「いつの間にか脳筋のアトーハと紅一点のスーグーニのやつら、アベックとなり戦後には結婚し子まで作ったのだ! しかも終戦後は地球で喫茶店を経営し始め幸せな家庭を築き、おまけにその子はいまや大学生という……!」
「そ、そりゃおめでたい話やな。で、キーザはんはどないなったんや?」
「私は彼らと居場所を失い地球へと降り立ったのだが、当時はヘルヴァニア人の風当たりが強くてな。仕事にありつけず惨めにもゴミ漁りと空き缶拾いで飢えを凌ぐホームレス生活を強いられたのだ! この私が! かつては三軍将の一角として栄華を誇っていたこの私が!!」
「そりゃあ災難やったなあ」
「後に私の経歴を高く評価してくれた訓馬専務に拾ってもらい今に至るが、それ以来私は幸せそうなアベックを見ると殺意が湧くようになったのだよ」
満足げにウンウンと頷き話し終えたキーザに、ただでさえ細い目をさらに細めて冷ややかな目線を送る内宮。
連休を返上してまでこんな船に乗っているのは、別にこの男の愚痴や身の上話を聞くためではない。
キーザの身の上話を聞き終えて、内宮は「ただの私怨やないかい」と聞こえないようにポツリと呟いた。
仕事の話を切り出したいが、なかなか途切れないキーザの身の上話に、うんざりしてふぅとため息をつく。
「今、私を笑ったか?」
「わろうてへんよ。勝手に誤解すんなや」
「クッ……! 地球のアニメなどでも紅一点幹部と結ばれるのはイケメン幹部だと相場が決まっているというのに……!」
「……自分でイケメン言うてるからアカンのちゃうんか?」
「何か言ったか!?」
「言うてへん言うてへん」
ゼェゼェと息を荒げるキーザは、大きく息を吸って吐き呼吸を整え、かねてより観察していたビーチの一点をビシッと指差した。
「ええい内宮よ! こうなれば用意した水中用キャリーフレームで海水浴場を強襲し、憎きアベックどもをまとめて焼き払ってしまえ!」
「なんやアニメの悪役みたいになってきおったなぁ……。どうせ今回は水中戦のデータ収集やろ? カップルの焼き払いはせぇへんけど、ちょっかいかけて海上保安庁あたりとドンパチしてくるわ」
内宮がキャリーフレームデッキに向かおうと後ろを向くと、その肩をキーザが掴んでチッチッチと指を振った。
「違うぞ内宮。今回の目標はあのデカブツだ」
「あのデカブツ?」
キーザが指差した先を内宮が手渡された双眼鏡で覗き込むと、〈ドゥワウフ〉に乗った際に相手をしたロボット──ジェイカイザーが目に入った。
金ダライでぶん殴られて敗北するという屈辱的な戦いを思い出し、内宮の眉がつり上がる。
「あいつか……。ま、うちかてあいつにリベンジできるのは嬉しいけどな。なんでまたあいつなんや?」
「訓馬専務直々の指示でな。詳しくは分からないがあのロボットの戦闘データも収集しろとのお達しだ」
「フーン……。事情はようわからへんけど、カネ貰う分はいつも通り働いてやるわ。ほな!」
そう言って内宮は船内に入り、鉄板張りの無機質な階段を降りてキャリーフレームデッキへと足を踏み入れる。
そこではキーザの部下に当たるメビウス電子の社員たちが、半分海水に浸かった橙色のキャリーフレームをせっせと整備していた。
キャリーフレームとはいうが、この機体は人型ではなく、例えるならばザリガニのような形状をしている。
前後に長いオレンジ色の胴体部分、左右にハサミのような形状のアームを持ち、後方には推進用の巨大なスクリューと、向きを変えるための舵が尾ビレのようについている。
整備員たちの喧騒めいた声が響き渡る中、内宮はこのキャリーフレーム〈カブロ〉によじ登り、搭乗口の近くにいた整備員に声をかけた。
「おっちゃん達、これもう乗れるんか?」
「はい、いつでもどうぞ!」
「おおきにおおきに!」
軽く社員たちと会話を交わし、内宮は飛び降りるように搭乗口からコックピットへと入り込んだ。
この〈カブロ〉は水中用キャリーフレームなのであるが、コックピット構造は陸上用のものと変わらない共通規格である。
これはどこの国の、どこのメーカーのものでも一切変わらない国際規格であり、ひとつのキャリーフレームに乗れるようになれば、同時に他のすべてのキャリーフレームも操縦できるようになるようになっている。
パイロットシートに腰掛けた内宮は起動キーをひねり、両手を操縦レバーと神経接続をし、出撃の準備を手際よく進めていった。
「ハッチ解放! 内宮さん、どうぞ!」
「ほんなら。内宮千秋、〈カブロ〉、出るでぇ!」
内宮がペダルを思いっきり踏み込むと〈カブロ〉が勢い良く潜水し、デッキ底に開かれたハッチから飛び出した。
───Dパートへ続く




