第47話「天の光はすべて敵」【Dパート 戦いの幕開け】
【4】
握りしめた進次郎の拳は、震えていた。
ここまでお膳立てがされた一大舞台。
そこで果たして自分のような小市民が、大役を全うできるのだろうか。
何度も決めた覚悟が揺らぐほどに、少年の肩に乗ったプレッシャーは計り知れないものだった。
その重い肩に、やわらかな手が乗せられる。
「進次郎さま」
「レーナ、ちゃん……」
「わたしたちの手でサツキさんを……地球を救いましょう!」
「あ、ああ……」
震える声で返した自信のない声。
恐怖とプレッシャーで震える全身を押さえつけても押さえつけても、決して自信は湧いてこなかった。
しかし突然、レーナが宇宙服越しにではあるが進次郎に抱きついた。
「わたしだって怖い……だけど、進次郎さまのためならわたし、頑張れるの……」
「レーナちゃん……」
宇宙服同士でなければ、彼女の柔らかな胸の感触を身体で感じることができたであろう。
それができなかったという青少年特有の苛立ちが、逆に少年から緊張を解していく。
「……ありがとう、レーナちゃん。僕、やるよ……!」
「ええ。二人で助けに行きましょう、サツキさんを!」
「ああ……行くぞ!!」
進次郎はレーナの手を引き、ジェイカイザーの方へと走り出した。
そしてすぐにレーナは、進次郎の手を振りほどいた。
「レーナちゃん……?」
「進次郎さま、わたしがジェイカイザー! あなたはブラックジェイカイザーに乗らないと!」
「あ、そっか! あはは……」
やっちまった感に苛まれながら、ブラックジェイカイザーのコックピットへと身を滑らせる進次郎。
コンソールを操作してコックピットハッチを閉じ、起動プロセスをひとつずつ進めていく。
『岸辺進次郎さん。改めましてよろしくおねがいします』
「ジュンナさんだっけ。よろしく」
『……ジェイカイザーの方にレーナさんが乗っているんですよね』
「そうだけど……?」
『ジェイカイザーが彼女に粗相をしていないか心配しているんです。あの人、女性を乗せるとすぐに調子に乗るので』
「もしかして、レーナちゃんに嫉妬してる?」
『ふふ、どうでしょう。女好きでさえなければジェイカイザーはいい人ですからね。あ……この発言、彼には内緒でお願いしますね』
「わかったよ」
一足早く格納庫から出撃していく〈エルフィスMk-Ⅱ〉や〈クイントリア〉の後に続いて、進次郎もブラックジェイカイザーを宇宙につながる格納庫の端に立たせる。
いよいよ、ここから踏み出せば戦いが始まる。
地球の命運をかけた、一世一代の大勝負が。
ゆっくりと大きく深呼吸をして、進次郎は目を見開いた。
「岸辺進次郎、ブラックジェイカイザー。行きます!!」
ペダルを強く脚で押し込み、Ν-ネメシスから機体を飛び出させる。
暗黒のキャンバスに光の斑点を携えた大宇宙に、少年は飛び込んだ。
正面に見えるは無数の金色の光。
その一つ一つが巨大な敵、メタモスである。
そのさらに奥には斑点と言うには密すぎて、もはや帯となり視界の半分を覆い隠している白い輝きの塊。
遥か彼方に位置する、文字通り星の数ほどのメタモスの群れ。
それとぶつかる前に、愛する彼女を救い出す。
それが、進次郎に与えられた勝利条件であった。
「進次郎さま、合体しますよ!」
「ああ。レーナちゃん、いくぞ!」
「「ジェイカイザー、ハイパー合体!!」」
輝く大宇宙で、2機のジェイカイザーが飛翔した。
進次郎の乗るブラックジェイカイザーの四肢が分離し、巨大な手足へと変形する。
空中に転送された合体パーツがジェイカイザーの足を火花を上げながら包み、そこに変形したブラックジェイカイザーの脚が合体。
今度は合体パーツがジェイカイザーの腕を通し、一体化。
足のときと同じようにブラックジェイカイザーの変形した腕が装着される。
エネルギーが通り光のラインを浮かび上がらせる腕から、金色に光る手が伸び力強く宙を握る。
残されたブラックジェイカイザーの胴体が上下に分離し、上半分が仮面をかぶせるようにジェイカイザーの頭部を包み込む。
残りの合体パーツが次々と舞い上がり、ジェイカイザーの胴体を覆っていく。
最後に残されたブラックジェイカイザーの胴体がコックピットハッチを守るように装着され、胸に輝くエンブレムが現れた。
そして、仕上げとばかりにジェイカイザーの口元が鋼鉄のマスクで覆われる。
『ぬぅぅんっ!! 世のため人のため愛のため! この身を削り戦い駆ける! 閃光勇者ハイパージェイカイザー、見ッ参!!』
『相変わらず決め台詞はビミョーですね』
『ええい、文句を言うでないっ!!』
「アハハ……進次郎さま、サツキさんを感じる?」
コックピットの斜め下からレーナに尋ねられ、進次郎は静かに目を閉じた。
精神を集中させ、サツキのことだけを頭に思い浮かべる。
「……見えた!」
目を閉じた進次郎の中に駆け巡った確かな気配。
ヘルメット内の装置によって増幅されたExG能力が、その姿を捉えてくれた。
遥か彼方から聞こえる、サツキの声。
(進次郎さん……!)
心でその声を受け止めた進次郎は目を開き、感じ取った気配のおおよその位置をレーダーに入力する。
その方向へ向かえば、近づくことができれば、もっとハッキリとサツキを感じ取ることができるはずだ。
「この方向でいいのね? ……オッケー、みんなに送信したわ!」
「レーナちゃん、お願いだ。僕をサツキちゃんのところへ連れて行ってくれ!」
「わたしだけじゃないわ。みんなで連れて行ってあげる!」
※ ※ ※
データを受信する音が、マリーヴェルが乗るコックピットにこだまする。
その内容は、切り拓くべき道の方向を示す情報。
これから自分たちが行う行動の指針。
「いいなぁ。私もメインヒロインみたいに、スグルくんに好かれたかったなァ……」
主人公とヒロインのような関係になりたかった、かつて少女だったマリーヴェルが、ポツリと一人だけのコックピットで呟いた。
助けを待つ少女の元へ、生命を課して飛び込む少年。
彼らの関係を羨んでばかりではいられない。
彼らのために明日を創るのだ。
そのために、素の自分を脱ぎ捨て、通信のスイッチを入れる。
「皆の者! 我らの目標はハイパージェイカイザーの護衛である! 敵中枢へ飛び込む彼らを支援し、必ずや作戦を完遂せよ!」
通信越しに、周囲に浮かぶ〈ジエル〉たちから歓声が巻き起こる。
クロノスフィールドによってコックピットが守られていようが、相手は未知の宇宙生命体。
決して必ず生還できるわけでもない戦場でこれだけ士気が高いのは、ひとえにフィクションのようなシチュエーションに身を置かれていることが挙げられる。
幼き戦士たちの指針となるべく、礎となるべく、戦いに身を投じる。
それは平和と正義を守ることを志し、コロニー・アーミィという組織に身を置いた者たちの誉れであった。
「総員、突撃せよ!!」
「「「「うぉぉおおおお!!」」」」
マリーヴェルの号令で、周囲の〈ジエル〉が次々とビーム・スラスターを噴射し高速で前進する。
本来ならば総司令官たる大元帥が戦場で前線を張ることなど愚の骨頂である。
それでも戦場に足を踏み入れ、こうして指揮官用〈ジエル〉に身を置いているのは、自身をも1戦士にすることで士気を高め、戦力を向上させるためであった。
フットペダルに力を込めると、指揮官用〈ジエル〉のビーム・スラスターが後方へ噴射口を向けて光の粒子を噴射する。
「20年ぶりにもう一度……世界を救うとしますかッ!!」
───Eパートへ続く




