第46話「星を発つ者」【Hパート 前夜の語らい】
【6】
日も落ち、あたりも暗くなった頃。
Ν-ネメシスのブリーフィングルームで会議を終えた裕太たちは、明くる日の出発に向けて一旦解散となった。
とはいえ出発を告げる家族もおらず、準備もほとんど海賊団任せの裕太は、外の空気を吸うためにタラップをひとり降りていた。
「裕太……」
「エリィ、どうした?」
校庭にできたクレーターの側で、そっと裕太の手を握るエリィ。
彼女の意図をなんとなく感じた裕太は、無言でその手を引いて校舎裏へと連れて行く。
「ここでいいだろう。ここなら、人もいないし……景色もいい」
「ありがとう、裕太」
「まあな……」
くたびれたベンチへと二人で腰掛け、夜空を見上げる。
黒に染まった空のキャンバスに、星々の斑点。
そして……その斑点にまじって、光の点が密集してできた白の塊がひとつシミのようにこびりついていた。
「あの光が……全部メタモスなんだよな」
意識を取り戻したマザーが、先程のブリーフィングで語った事実。
太陽系の外に大規模なメタモスの軍勢が転移し、地球へと向けて進みつつあるということ。
空に浮かぶ光のシミは、その無数という他ないメタモスの軍勢が、太陽の光を反射した光だという。
「あたしたち……勝てるのかしら」
「勝つと言うよりは、成功させる……だな。進次郎が金海さんを助け出せれば、事態が好転する……らしい」
「らしい……なのよね。もしも助け出せても、それが何の意味もなかったら……」
「お前らしくないな、エリィ。いつものお前だったら、とにかくやってみるしか無い! とか言いそうなもんだが」
「……これが最後なんじゃないかと思ったら、怖くて」
「最後?」
座ったまま俯き、顔を手で覆うエリィ。
いつもの彼女らしくない弱気な姿に、裕太はその不安そうな肩へとそっと手を置いた。
「もしもタズム界の予言のように、この世界が滅んじゃったら……。そうしたら、もう裕太と一緒にいられない。そう思うと、なんだかとても悲しくって」
「エリィ……」
ぽたり、ぽたりと硬い土に涙が落ちる。
エリィの言うこともわからなくはないが、だからといって怯えている暇はないのだ。
裕太は腕を伸ばし、彼女の両頬に手を添えて自分の方へと顔を向かせた。
涙が頬を伝う美しい顔だち、目尻に雫を湛えた燃える炎のような真紅の瞳。
裕太は、何をされるのか察したのか頬を高揚させるエリィへと、ゆっくり顔を近づけた。
※ ※ ※
「──というわけで、わらわ達は明日に地球を救うべく大地を発つのじゃ」
「へぇ、そうかい」
屋敷のリビングでシェンの報告を聞いたカーティスは、ロゼが注いだワインのグラスをぐいと傾けた。
その態度に腹を立てたのか、しかめ面のナインが一歩前へと出る。
「いくら自堕落な男とはいえ、危機に対しての態度が緩すぎるのではないか?」
「けっ、地球がどうにかなる瀬戸際に酒を飲まずにいられるかよ。……勝算はあるのか?」
「ナニガン副艦長のツテを用い、コロニー・アーミィなる組織が全面協力してくれるそうじゃ。なんでも、いくつか艦隊を動かしてくれるらしいわい」
「……じゃあ、俺が出向く必要は無さそうだな」
「貴様……!」
腕を振り上げんばかりに怒りを顕にするナインを、そっとロゼが止める。
彼女へ暴力を振るう気はないのか、ナインはそっと拳を解いて後ずさった。
「この人は、あなた達が宇宙で思い切り戦えるよう、この街を守るために頑張ろうとしてますのよ」
「おい、ロゼそれを言っちゃあ……」
「本当のことですし、良いではないですの? あなたもさっきまで〈ヘリオン〉の整備に勤しんでましたじゃありませんこと?」
やれやれ、とカーティスはわざとらしく頭を掻いた。
もともと、愛機の宇宙での適正の低さには悩んでいた。
事実、火星など重力下での戦いではなんとかなっていたが、ロゼとの出会いの場となった宇宙戦での活躍はさっぱりである。
だからこそ、宇宙へと旅立つ若者たちの後顧の憂いを断てればと、こっそりと準備していたというのに。
「ま、そういうわけだからよ。お前たちゃ宇宙でよろしくやってくれ」
「任された! 地上で吉報を待っておくが良いぞ!」
「うふふ……あら? そういえばレーナさんは来ていないの?」
「ナナ姉なら、今作戦の主役と一緒だ。まったく……ゆっくり寝たいなどとふざけたことを」
「ナナ姉だぁ?」
聞き慣れない愛称に、カーティスは首を傾げた。
照れくさそうな顔で黙り込むナインの代弁をするように、シェンが笑みを浮かべる。
「最近ようやく、レーナのことを姉だと認め始めたのじゃて。じゃが、素直に呼べず色々と模索し、ナナ姉と呼ぶことにしたんじゃと。なあナイン?」
「ナナ姉には内緒だぞ。本人に対して呼ぶほど、私はまだ奴を認めてはいない!」
「ふふふ、地球が平和になったら素直に呼べるといいですわね」
「まったくじゃ。レーナがもう少し騒音に強ければ、ここで無理やり呼ばせたかったのじゃが」
「騒音?」
「レーナが言うておったのじゃ。夜な夜な軋む音だの声がうるさくて眠れなかったとな。まったく、外の野生動物が戯れておるだけだろうに」
「「うっ……」」
心当たりがあるカーティスは、同じくバツの悪い顔をしているロゼと口を歪ませながら見つめ合った。
毎晩、寝室でロゼとともに行っている夫婦の営み。
その音が安眠妨害になるまで響いていたとは、ふたりは露とも思っていなかった。
(おいロゼ、やっぱお前の声大きいんだって)
(カーティスこそ、もっと優しくしてくださればよろしいのに……)
小声で責任を押し付け合いつつ、ロゼにシェン達二人の寝室の用意へと向かわせた。
変に勘づかれる前に話を切り上げようと、カーティスはゴホンとわざとらしく咳払いをする。
「まあとにかくだ。明日、頑張らなきゃならねえんなら今日はしっかりと休みやがれ。寝床は用意してやっから、二人で風呂にでも入りやがれっての」
「そうじゃの。ではナイン、行こうかの」
「ああ」
二人で仲良く脱衣所に向かう少女たちの背中を見送りつつ、カーティスは残っていたワインを一気に喉へと流し込んだ。
「平和になったら、壁に防音でも施すか……」
───Iパートへ続く




