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第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」【Fパート それぞれの決着】

「……終わったの、ですのね」

「ああ、そうだなロゼ」


 新天地への思いを馳せるヘルヴァニア人たちの傍らで、カーティスはロゼを抱き寄せた。

 こうやってまた、人種も生まれた星も違うふたりで一緒に居られるようになったのは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。


 しかし、奇跡だとしても自らの手で勝ち取った奇跡である。


 一人の女性の真意を問うために、宇宙に出て、火星まで行って、戦って、そして成し得た奇跡。


「どうしましたの? カーティス……」

「ん? ああ……今更だが、お前は記憶を失っている間のこと、どれくらい覚えてるのかなって思って」

「……正直に言うと、曖昧な部分が多いのは確かですわ。けれども、一緒に居て幸せだったことはしっかり覚えていますわ。だから、こうやってあなたのそばに居ますのよ」

「……そうだな。ありがとよ」


(あぶねー……)


 心のなかで、カーティスはほっと胸をなでおろした。

 ロゼが記憶喪失であることを良いことに、同居したての頃は家の中でけっこうセクハラ行為を楽しんでいたことがあったからだ。

 割とすぐに彼女を女性として意識し始めたために数週間でやめたのだが、それについて咎められたらかなわないなと思っていたところだった。



 ※ ※ ※



「とほほ、なぜ俺だけこんな目に……」


 縄でぐるぐる巻きにされ、座らされているヤンロンが足元で愚痴る。

 この幸せ全開の中でひとり手荒な扱いをされているのが気に食わないのだろう。

 うだうだ言われたままなのも鬱陶しいので、シェンは彼の脇腹あたりを軽く蹴りつけた。


「おぐっ」

「うるさいのう、ヤンロン。おぬしをしょっ引いて連れ帰れというのは、姉様あねさまの要求じゃ。光国グェングージャからの迎えにそなたを引き渡したら、わらわはやっと地球観光に戻れるのじゃ」


 懐から手帳を取り出し、地球でやることリストに目を通す。

 携帯電話の購入や文化調査、書籍類の収集など、やりたいことはいくつもある。

 そうやって地球で得た知識や経験を元に、光国グェングージャを太陽系に住むひとつのコロニー国家として馴染めるようにしようというのが、シェンの考えだった。


「ふふふ。これだけ恩を売れば、裕太たちは断れまい。せいぜいわらわのために、地球案内をしてもらおうとするかの!」


 ペンで手帳に色々と書き込みながら、シェンはにやりとほくそ笑んだ。



 ※ ※ ※



『ハッピーエンド、なのだろうか?』

『見方によってはタズム界へと、新たな魔王を出荷したようにも思えますが』

「いいんじゃねーの? みんなが幸せになれるんだし」

「そうよぉ! みぃんな丸く収まって、めでたしめでたしなんだからぁ!」


 エリィが動かした視線の先には、仲睦まじく手を繋ぐカーティスとロゼの姿。

 そして、幼いナンバーズ達に囲まれ困り顔をしながらも笑うキーザとドクター・レイの姿があった。


 この歓声も、彼らの幸せそうな姿も、そして寄り添うエリィも、裕太達が一丸いちがんとなってネオ・ヘルヴァニアへと立ち向かったことで得られたものである。

 裕太は、ここにいるすべての人達を幸せにするために貢献できたことを、心から誇りに思っていた。





 【6】


「ええっ!? キーザさんとドクターがわたし達の遺伝子上の親だったの!?」


 別れを前に、〈Ν(ニュー)-ネメシス〉の前に集まった面々。

 その中で、レーナがナインと共に驚愕の表情を浮かべていた。


「あくまでも遺伝子上だけだ。私とて、ドクター・レイから突然言い出されて状況を受け入れきれずにいるのだ。未婚の独身男が、知らぬうちに百児の父だぞ!?」

「だからこそ、キーザ将軍と私で彼女たちの本当の親になれるよう、努力をしていこうと考えています」


 白衣姿のドクターが、無表情ながらも嬉しさを内に秘めた顔でキーザへと寄り添った。

 その姿は、見ようによっては夫婦と言っても否定はされないだろう。


「ドクターもドクターだ。私は、まだ気持ちの整理ができていないというのに」

「まずは友達から、とでも言いますか? この娘たちと共に少しずつ理解を深めていきましょう。ゼロセブンとゼロナインは……私達と一緒は嫌ですか?」


 遺伝子上の親に尋ねられ、困った表情を見せるレーナ。

 その隣でナインが、キリッとした顔つきのままで口を開く。


「私とゼロセブンはネメシスでともに暮らすことに決定した。家族というものを、我々はあの艦の中で探していこうと思っている」

「ナインったら、わたしのことレーナお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」

「それは断る。貴様がクニ×ムネのカップリングに墜ちるまではそう呼ぶつもりはない!」

「もう、頑固なんだから……」


 響き渡る笑い声。

 ほほえましい家族の姿が、たしかにそこに存在した。


 そっと、エリィがキーザの元へと歩み寄り一通の封筒を彼に手渡した。


「エリィ姫、これは?」

「アトーハおじさんとスーグーニおばさんから預かってた手紙。いつかキーザさんに会った時に渡してくれって頼まれたんだけれど、あたしの私物は没収されてたから」

「すまないな。なになに……喫茶店の地図が描いてあるな」

「ふたりともキーザさんのこと心配してたのよぉ。だから今度、顔出しに行ってあげて」

「ううむ……しばらくは難しいな」


 手紙を懐にしまいながら困り顔を浮かべるキーザ。

 彼の反応にエリィは首を傾げて「どうして?」とその理由を尋ねる。


「我々はしばらく火星に残り、タズム界への移住作業を手伝うつもりなのだ。要塞内に残る未誕生のナンバーズも大勢いることだしな」

「未誕生のナンバーズたちに関しては、要塞内で成長促進をさせず、自然成長を見守ろうと思っています」

「えーっと……たしか生まれてないのが50人だっけ? まだまだどんどん大家族になるわねぇ」

「勝手に大黒柱にされた身としては、こんなに大人数を養うことができるのかが不安だ……」

「安心してくださいキーザ将軍。研究費用を貯めた私の資産がありますから。それが尽きるまでに生計を立てれば」

「結局足りないかもしれないんじゃないか……」


 がっくりと項垂れながらも、どこか笑みを浮かべるキーザの姿は、やっと居場所を見つけたといった風だった。

 そんな彼の元へと、内宮がスキップで近寄り背中をドンと平手で叩いた。


「よっ、色男! ようやっと人並みの幸せを手に入れられそうでええこっちゃ! めでたいめでたい!」

「内宮千秋……お前にもいろいろと苦労をかけたな」

「メビウス時代のことか? まあいろいろあったけど、今となってはいい思い出や」

「そうか。お前も幸せになれよ」

「あー、うーん……まあ、その。ボチボチな」


 内宮の妙な歯切れの悪さに疑問符を浮かべるキーザではあったが、その裏に失恋が秘められていることに気づいているのは、おそらく裕太だけだろう。

 彼女に申し訳無さを感じつつも、幼いナンバーズたちと言葉をかわすエリィの手を、裕太はそっと握り引いた。


「エリィ、そろそろ出発の時間だ」

「そうねぇ。キーザさん、またいつか……手伝いでもしに遊びに来るから!」

「しばらく来ないで良いぞ~~」


 言葉とは裏腹に笑顔で手を降るキーザたちに見送られながら、裕太たちは〈Ν(ニュー)-ネメシス〉へと続くタラップを登る。

 艦内に入り、扉がしまった後も窓の向こうへと手を振り続けるレーナとナインの姿が、とても印象的だった。




    ───Gパートへ続く

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