第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」【Bパート 7と9の狭間に】
【2】
「パパ、わたしたちも手伝いにいかないと!」
「そうだねぇ……ん?」
「ゼロ・セブゥゥゥン!!」
唸り声を上げながら、〈⊿・ヘルヴァ〉の巨大な腕でレーナの乗る〈ブランクエルフィス〉へと掴みかかるナイン。
故障したスラスターで逃れることもできず、激しい衝撃がコックピットを襲う。
「ナイン! あんたまだ……!」
「貴様だけは、貴様だけは潰す!!」
「もうやめて! わたし意味もなくあなたと殺し合いたくなんてないのよ! だって、わたし達……血のつながった姉妹じゃない!」
「しま……い……?」
ナインが狼狽する声とともに、〈⊿・ヘルヴァ〉の動きが止まった。
レーナは何が地雷になるかわからないBLの話を避け、彼女の心を揺さぶれる事柄を必死に考えた。
「あなた、Ν-ネメシスでわたしのこと、お姉ちゃんって言ってくれたのよ! だからわたしは、あなたが妹だって気づけたの!」
「ううっ……!?」
「ねえ覚えてる? あなたの顔をお化粧してあげたこと。わたしと同じ血を引いてるだけあって元が綺麗だから、お化粧をしたらすごく可愛くなったのよ」
「化粧……」
「それからジャガイモの皮を上手に剥いて、格納庫で整備の手伝いもしたわよね?」
「……ああ、そうだな」
「わたしはただ、あなたと一緒に暮らしたいだけなの。わたしずっと天涯孤独だと思っていたから……血のつながった家族と一緒に過ごしてみたかったの」
「家族……か。確かに私は、あの戦艦の中で過ごした出来事は、不思議と不快ではなかった。あのとき私の心が、なんというか暖かさを感じたのが貴様の言う家族だとするならば……私はもっとその暖かさを感じてみたい」
心がゆらぎ始めているのが、手にとるようにわかる。
レーナは後ひと押しだと確信しつつ、説得の言葉を探した。
「だから……」
「ゼロセブン、貴様の言いたいことはわかった。だが、それはそれとしてクニ攻めなことは譲れん!」
「じゃあその良さをわたしに教えて! 一緒にお気に入りの本を見つけましょ! 姉妹だもの、好みが違うことだってある! だけど、その違いを擦り合わせることだってできるはずよ! だってそれが、家族なんだから!」
この発言は、もはや賭けだった。
触れないようにしていた事象に対し、プライドを保ちつつ融和の提案。
ゴクリと息を呑み、反応を待つ。
「…………」
「ナイン……!」
「……そうだ、な。家族か……悪くない、な」
モニター越しに映るナインの顔がフッと穏やかになり、巨大な腕が〈ブランクエルフィス〉を解放する。
結局BLの話でカタがついたのは気になるが、ひとまず和解はできたようだ。
「……あっ! こうしちゃいられない! 要塞を持ち上げないと……」
ペダルを踏み込み、〈ブランクエルフィス〉のスラスターが小さな爆発を起こす。
そういえば故障していたんだったと思い出し、この状況で何もできないことをもどかしく感じた。
「ナイン! あの要塞にはまだ妹がいっぱいいるんでしょ! 助けなきゃ!!」
「だが……我々が行ったところで、あの質量を支えることは不可能だ……」
「そんなことはないわよぉ!」
横やり的に入った通信から送られてきた映像越しに、エリィからの声が送られてきた。
といっても、映像に写っているものは、裕太の後方に見える彼女の生足なのだが。
「お姫様!? 脚しか見えてませんよ!」
「あらやだ! ちょっと裕太、カメラこっちに向けてよ!」
「無茶言うな、そのまま喋れよ!」
「んもう! えっとね、計算によると要塞を支えるのにあともう1機ジェイカイザー並の機体が必要なの!」
「あの機体をもう1機って……そんなのどこに?」
「待て……あの機体に匹敵する存在は、ひとつだけ存在するじゃないか」
ナインが、オーバーフレームの指で一点を指し示す。
そこには、戦いに敗れ宇宙を漂う〈ブラッド・ノワール〉の残骸。
傷跡が魔法で形成された氷によって塞がれた状態で、ハイパージェイカイザーによって切り裂かれたダメージが痛々しく残っている。
「でも……あいつが協力してくれるかな?」
「してくれなきゃおしまいよぉ!」
「……仕方ないなぁ。僕が話をつけてみるよ」
「パパ!?」
レーナが驚く間に、場を離れネオノアの元へと向かうナニガン。
その背中を止めることもできず、ただ見守ることしかレーナにはできなかった。
───Cパートへ続く




