第43話「血塗られし漆黒」【Eパート 待ち焦がれた降臨】
【5】
暗黒物質に覆われた観客たちを前に、ふたつの竜人による剣戟は続いていた。
両者一歩も譲らぬ攻防。
真空中でなければ、さぞかし刃が交差する音が喧しく響き渡ったことであろう。
内宮は、身動きの取れないままコックピットの中で歯ぎしりをした。
「くそうっ! この黒カビさえあらへんかったら、うちが助太刀するんやのに!」
「無駄だよ、内宮千秋。人智を超えた力で操られた物質に、我々は立ち向かうすべはない」
「キーザはん! あんさんはええんか!? 自分の関われへんところで、決着がつくかもしれへんのやぞ!!」
「良いはずがないだろう!」
怒りの混じったキーザの声が、内宮のいるコックピットに反響した。
画面の向こうに見える彼の表情は、苦虫を噛み潰したようである。
「私の手で勝利を手にし、ドクターやナンバーズたちへと戦勝報告を行うはずだったというのに! これでは……私を送り出してくれた彼女たちに合わせる顔がない……」
「キーザはん……あっ!!」
内宮は思わず息を呑んだ。
今まさに、その憎き戦いが終わろうとしていた。
氷の刃の切っ先が、黒竜の角の先端を切断。
同時に、暗黒の剣が〈雹竜號〉の胴を通り抜け、その上下半身を切り離した。
「そんな……! グレイはん!?」
「勝負あったね、黒竜王子。そして、我が弟よ」
返す刀で青竜の両腕を切断したネオノアが、剣の先端をコックピット部へと向けた。
グレイ達の敗北、それは地球の敗北に等しかった。
勝負の決した2機の竜人から、オープン回線の通信が響き渡る。
「兄上、あなたは王の器じゃない」
「負け惜しみかね、フィクサ。世界は私を選んだ。王になれと、我が器を認めたのだ」
「ククク……ハッハハハ!」
突然、高笑いをするグレイ。
「世界が選んだだと? 早とちりも良い所だ。お前の勝利はまだ確定していない。まだ……奴が残っているからな」
「奴だと?」
『うおおおっ!! ハイパージェイブレード、真っ向唐竹割りッ!!!』
天より振り下ろされた翠の巨大な刃。
回避運動に入った〈ブラッド・ノワール〉の片腕を捉えたそれは、広大な宇宙空間に光の弧を描いた。
「おいおい……どうなってんだよ、これ!」
『見ろ裕太! 見るからにラスボスだぞ!』
『反応検知。ネオノアはあの機体に搭乗している模様』
「みんな動けなくなってるわぁ! 助けてあげないと!」
暗黒の舞台に上がった光の勇者の姿に、内宮は歓喜の咆哮を上げた。
【6】
裕太の目の前に広がっていたのは、異様な光景だった。
モヤモヤとした黒い物体に巻き付かれ、身動きの取れない敵味方の機体たち。
そして、胴体で切り離され漂う〈雹竜號〉の下半身と上半身。
そのすべての現況が、目の前に浮かぶ黒い竜のような機体であることは想像に難くない。
『なんだ、この暗黒緊縛大会は!?』
「もっと言い方があるだろ! おいネオノア、みんなを解放しろ!」
「ククク……言って解放するはずがないだろう。すぐに貴様も奴らの仲間に加えてやる」
片腕を失ったままの〈ブラッド・ノワール〉が、こちらへと黒い手をかざす。
メインセンサーを覆い隠すように、どこからか現れた黒い物質がハイパージェイカイザーへとまとわりついてゆく。
「嫌ぁ! なんか虫みたいで気持ち悪いわよぉ!」
『闇のエネルギーだというのか! ならば……裕太! フォトンエネルギーを放出だ!』
「あ、ああ!」
手際よくコンソールを操作し、フォトンリアクターの出力を上げる。
ハイパージェイカイザーの全身から放出される緑色の光。
その光に照らされた闇の鎖が、機体から離れ霧散した。
「……ほう? 光のエネルギーで闇を退けたと。さすがは光の勇者といったところか」
『当たり前だ! はるかなる昔より、光が闇に負けた試し無し!』
『と言っておられますが、偶然にも相性が良かったものと思われます』
「だよなぁ……フォトンエネルギーって異世界と関係無いし」
『こらこら! ロマンだとか文法があるであろうが! 奴は傷ついている、一気に畳み掛ければ────』
ジェイカイザーの言葉を否定するように、切断された〈ブラッド・ノワール〉の片腕が、根本から再生するようにニョキリと伸びて蘇る。
綺麗に修復された機体の中から、通信の越しにネオノアの笑い声が漏れてくる。
「無駄だよ。我が機体を構成するのは暗黒のエネルギー。この宇宙に溢れる暗黒物質を糧に、この〈ブラッド・ノワール〉は無限に再生する」
「くっ……!」
歯を噛みしめる裕太。
再生するよりも早く攻撃を仕掛ければ、倒せない事はないかもしれない。
しかし、少なくとも相手はグレイよりも腕の立つ敵。
それだけの猛攻を維持する為にエネルギーを消費し、それでもしも足りなければ敗北は確定である。
間合いを保ったまま、2機が宇宙で向かい合いゆっくりと宇宙を滑る。
───Fパートへ続く




