第43話「血塗られし漆黒」【Bパート 孤独な研究者】
【2】
「ジュンナ……お前、辛くないか?」
静かな宇宙要塞の廊下を歩きながら、裕太ジュンナに問いかけた。
腕が千切れた肩から火花を放ち、エリィに肩を借りる形で歩く彼女へ。
「心配は無用です。痛覚があるわけではありませんから」
「そうじゃなくて……」
「んもう、ジュンナったら。笠本くんは内面の事を聞いてるのよ」
「内面、ですか?」
「ああ。ネオノアの命令を破るの、かなりの無茶だったんだろう?」
裕太の懸念はそこだった。
プログラムされていた命令の優先権。
それを自らの力で打ち破るのは容易ではないはずだ。
そこから自らの腕を千切り裕太を救ったジュンナ。
心身ともに傷つき、痛々しい姿の彼女を裕太は労りたかった。
「不思議な人ですね、ご主人様は。私はアンドロイドです、心を持たぬ機械ですよ?」
「俺はそうは思ってねぇよ」
「……といいますと?」
「さっきも言ったろ。お前は十分に人間だって。体が機械だろうと、お前もジェイカイザーも、立派な人間だと俺は思ってるからな」
「……お言葉ですが、私は機械であり、生命体ではありません。そこの区分を曖昧にすることは、ご主人様にとって弊害が生じるかと思っているのですが」
「良いんだよ。俺が勝手にそう思ってるから」
「ご主人様……」
口を閉じ、沈黙するジュンナ。
その沈黙の裏でたとえジュンナがどう思っていようが、裕太は自分の発言に誇りを持っていた。
次に彼女が口を開いたのは、それからしばらく廊下を進んでからだった。
「……ご主人様、遠方よりこちらへ向かって足音多数。兵士たちが物理的な方法で、隔壁を突破した模様です」
「えっ、それってヤバいんじゃないのか!?」
「せっかく合流できたのに捕まるのは嫌よぉ!」
「敵はこちらの位置を特定していないはずです。ひとまず、この部屋に隠れましょう」
裕太をかばうように前に出て、白い扉の前で腕のガトリングを構えるジュンナ。
足元をふらつかせながら扉を開き、暗い部屋へと飛び込む。
全員が入ってから扉を締め、廊下を複数の足音が走り去るのを聞き終えてから、裕太はほっと胸をなでおろした。
「……誰ですか?」
暗い部屋の奥から聞こえてきた女性の声に、裕太はとっさに拳銃を構える。
闇の中から姿を表したのは、白衣を着込んだ眼鏡の女性。
裕太は、3ヶ月前に彼女がドクター・レイと呼ばれていたことを思い出した。
「あなたは……」
「エリィ姫様じゃないですか。そしてこちらは……久しぶりですね。たしか、姫のフィアンセ君でしたかね?」
「フィアンセって言われるには早いけど……まあそんなところだよ。それよりも……」
徐々に目が暗闇に慣れ、部屋の全貌が見えてくる。
壁際に並んだ液体に満たされたカプセル群の中で、一糸まとわぬ姿で目を閉じ浮かぶ無数の少女たちの姿。
一度は見た光景であるが、やはり納得のいかない状況であった。
不意に、ジュンナがカプセルの方へと銃口を持ち上げる。
「ご主人さま。この少女たちはナンバーズの幼体だとお見受けします。後顧の憂いを削ぐためにも、ここで始末したほうが良いかと」
「やめろ、ジュンナ! クローンだろうが、まだ生まれてなかろうが……人間だ」
「へぇ……?」
裕太の発言が意外だったのか、感心したように頬に手を当てるドクター・レイ。
「フィアンセ君、前に会ったときはあんなに“生命の冒涜、許せない!”みたいな感じだったのに。どういう心境の変化があったのかしら?」
「……レーナが、その後で姉妹がいた事に感動しててさ。それを見て、作られたとしても生きてるんだって思って……」
「ご主人様が止めるのなら仕方がありません。ですが、この者が兵士を呼ぶ前に……」
「ここには兵士たちは来ませんよ。彼らはナンバーズたちを気味悪がってますし、私は嫌われてますから」
「嫌われてる……? 仲間じゃないのぉ?」
「昔話をしましょうか」
椅子に腰掛け、まるで子供に読み聞かせでも始めるかのような雰囲気を放つドクター・レイ。
どのみち、兵士達が通り過ぎるまでは身動きがとれないので、裕太たちは彼女の言葉に耳を傾けることにした。
もちろん、傍らでは彼女が何か行動を起こした瞬間に撃てるようにと、ガトリングを構え続けるジュンナの姿があるのだが。
「半年戦争が起こった当時、ヘルヴァニアの地球侵攻を危惧してという名目で、ある研究が推し進められていました」
「ある研究?」
「当時、軍兵器への転用の道を歩んでいたExG能力。その才能が優秀な遺伝子をもとにクローン兵士を作り出す研究」
「それって……」
「そう、ナンバーズ製造の大元となった研究。私は遺伝子のサンプルとして、その研究に協力していました。天涯孤独の身でしたからね、他に居場所は有りませんでした」
ぼうっと、ドクターが天井へと視線を移す。
悲しい表情を、こちらへと見せないようにするように。
「結果から言うと、半年戦争がカウンター・バンガードの勝利により早期に終わったため名目が失われ、かねてより非人道だと非難されていたこの研究は中止となりました」
「中止……それなら、ドクターは……」
「研究チームが解散し、私は世界に放り出されました。頼れる者もおらず、私は辺境のコロニーの孤児院に預けられました。それは私にとって、地球人に捨てられたようなものです」
「けれど、今こうやってナンバーズを作ってるじゃないか」
「研究を一人でできるように、身を粉にして勉学に励んだんですよ。ただ単に、意地になっていたのかもしれませんけれど」
立ち上がり、目尻の涙を白衣の袖で拭うドクター・レイ。
彼女の姿は、苦労に満ちた人生を体現しているようだった。
「そうやっているうちにネオノア様に拾われて、こうやってのびのびと娘たちを作れるようになりました。けれどナンバーズを除けば、ネオ・ヘルヴァニアに地球人は私一人です。地球に恨みを持つヘルヴァニア人たちにとっては、人間を作り出す私は気味の悪い存在だったのでしょう。それが、私が嫌われている理由です」
「ドクター・レイ……」
「同情は要りません、今は幸せですから。さあ、そろそろ兵士たちも通り過ぎたころでしょう。どうぞ、お行きなさい」
「止めなくて良いのか? 言ってしまえば俺たちは敵だぞ?」
「私が止めて止まるような人たちではないでしょう? その物騒な拳銃もガトリング砲も、私は受ける気は有りませんから」
「そうか……」
促されるままに扉を開き、足音がしないことを確認してから部屋を後にする。
ドクター・レイの身の上話を聞いて、俯いているエリィの姿が気がかりだった。
───Cパートへ続く




