第38話「束の間の安息」【Dパート 制服のレーナ】
【5】
「……フられましたか。ご愁傷様です、内宮さま」
「かまへんで、ジュンナはん。いっそ気分が清々しいわ」
廊下の柱をぐるりと囲むように置かれた椅子に座りながら、内宮は背もたれに身を預けた。
隣に座るジュンナが、珍しく普通の私服姿で椅子に腰掛けたまま、ギトギトした黒い液体の入った金属のコップをゆっくりと傾ける。
「……何飲んどんねや?」
「コールタールです。いかがですか?」
「飲めるかアホォ! そういやジュンナはんも、笠本はんのこと好きや言うてなかったか?」
『なにっ!』
ジュンナの上着の胸ポケットの携帯電話から、聞き慣れたAIの声が響き渡る。
その画面の中では、ジェイカイザーの顔アイコンがぴょんぴょんと何かを訴えるように跳ね回っていた。
『なぜ裕太ばかりが女の子にモテまくるのだ! 私など未だ誰からのフラグも立たぬと言うのに!』
「そないなこと言うてるからやで、ジェイカイザー」
「私は、ご主人さまが幸せになるお手伝いができればそれで良いんです。人に近くとも私は機械。人であるご主人さまとは交わることはできませんから……」
『同じ機械で、ジュンナちゃんが好きな者がここにいるぞ!』
「黙っとれやジェイカイザー! いい加減せんとシバき倒すぞ!」
『は、はいぃぃ……』
シュンと声が小さくなるジェイカイザーに、鋭い睨みを送る内宮。
そのやりとりが面白かったのか、ジュンナがクスりと小さく笑った。
「あ、今ジュンナはん笑ったやろ」
「私だって内側は鋼鉄ですが鉄仮面というわけではありません。嬉しい時は喜びますし、面白い時は笑いますよ」
「あんさん美人やから、もっと笑った方がええで。笑う門には福来たる、や」
「心得ておきます。……おや?」
不意に、ジュンナの視線が動いた。
その目線を追って内宮も廊下の奥に目を向けると、そこには久しぶりに会う友人の姿。
「やっほー、千秋!」
「レーナやないか! ひっさしぶりやなぁー!」
立ち上がって駆け寄り、抱き合う内宮とレーナ。
3ヶ月前の宇宙での冒険を切っ掛けに、二人は親友と呼んでも差し支えのないレベルまで仲良くなっていた。
「いつ地球に降りてたんや? 言うてくれたら良かったんやのに!」
「まあ色々とあってね。ねえ千秋、わたしの恰好見てなにかピンとこない?」
「格好……?」
改めて彼女の服装を見る。
深い藍色のブレザーに、胸元にやや大きめのリボン。
そしてモノクロチェックのスカートに、内宮は見覚えがあった。
「……あ、それ義牙峰高校の制服やろ? コスプレか何かなんか?」
「義牙峰の制服ってのは正解だけど、コスプレじゃありませーん! 千秋、これから何があるか思い出して?」
「これからって、義牙峰と練習試合……まさか。もしかして、向こうの病欠したエースの代わりに入ったっちゅう助っ人選手て」
「ピンポーン、わたしでーす! いや~うちの艦のクルーの一人の親戚が義牙峰の関係者でね、頼まれちゃったんだー! かわいいでしょ、この制服!」
レーナが普段は見られない制服姿で、くるりと回る。
ヒラヒラしたスカートが危うく下着が見える寸前まで持ち上がり、そして重力に従ってフワリと垂れた。
「レーナ、あんさんフレームファイトやったことあるんか?」
「ううん。でもルールとか基本的な立ち回りは勉強したわよ? それに、秘密兵器持ってきてるんだ」
「秘密兵器……やと?」
「あら、それが何かなんて無粋なこと聞かないわよね? 試合が始まってのお楽しみよ!」
ビシッと指を突きつけてから、そそくさと走り去っていく友の背中。
赤いツインテールを揺らすその姿を見て、内宮は腕時計を確認した。
「あっ! そろそろ試合の時間や! ほな、ジュンナはん後でな!」
「ご健闘をお祈りします」
『裕太によろしくと言っておいてくれ~』
ふたりのAIの声を背中に受けながら、内宮は控室へと駆けた。
───Eパートへ続く




