第38話「束の間の安息」【Bパート 裕太の誠意】
【3】
葉の落ちた並木道を、内宮は裕太の背中を追うように歩く。
吹きすさむ木枯らしが彼女のサイドテールを引っ張るように揺らし、指先をかじかませていた。
薄暗い曇り空の下で、裕太が足を止める。
「わざわざ、ごめんな内宮」
申し訳無さと感謝が入り交じる複雑な表情を見せる想い人。
わざわざエリィ達を置いて、二人きりの状況を作り出すための呼び出し。
その意味を、内宮は薄々勘付いていた。
「それで笠本はん……話って、何なんや?」
「ケジメを、つけようと思ってな」
「ケジメ……か」
「夏の前にさ、ほら……黒竜王軍からお前を助けたときにお前、しただろ。……俺への告白」
ああ、やっぱりな。
といのが内宮の心情だった。
「すまない。俺は……内宮が望むような返答はできない」
「……そ、か」
「内宮……ごめん」
「か、笠本はんが謝ることはないで? 勝手に横恋慕しようとしたのはうちや。銀川はんも、笠本はんも、なーんも悪くない」
そう言葉で言い表しながらも、内宮の細い目からは涙がにじみ出ていた。
覚悟はしていた。いつかはそうなると思っていた。
けれど実際にこう面と向かって言われれば、ショックは決して小さくはなかった。
「しゃーないことや。うちなんて、せいぜい付き合いなんて短いし、最初は敵味方の関係や。むしろ、そんなうちにここまで優しくしてくれたのは、ホンマ感謝の言葉しかないんやで」
恋敵としてエリィに敵わないことは、3ヶ月前に木星から地球へ帰りつく頃にはわかっていた。
裕太と彼女の関係は、まさにドラマの様な、運命を感じさせるエピソードの数々から成り立っている。
幼少期の出会い、高校で関係を深めるきっかけとなった去年の冬にあった事件。
そして今に至るまで、互いが互いを献身的に傍で支え続けてきた現実。
二人の関係に、内宮が入り込む余地がないのは理解していた、理解してしまっていた。
けれども、ふたりとも内宮を邪険にするわけではなかった。
誘えば裕太は二人で遊んでくれたし、学校でエリィはキャリーフレームトークに付き合ってくれた。
内宮がアプローチを掛けても、裕太は狼狽えこそすれ一線は決して越えなかった。
そしてその事実を知っても、エリィは呆れて、笑って、内宮を決して責めなかった。
(わかっていたけど、やっぱキツいなぁ……)
いつかは知ることになることであった。
必ず出る結論ではあった。
それでも、彼の一番になれなかったのは、悔しかった。
初恋が実らなかったことは、悲しかった。
けれど、裕太は誠意を見せた。
関係を崩したくない一心で、卒業まで返答を先延ばしにすることもできた。
何なら、答えを返さないまま何年も黙っているという選択肢もあったのだ。
それなのに、こうやって寒空の下で言葉を返してくれたのは、裕太の男気なのである。
「内宮……」
「う、うちは平気や。初恋が実らんっちゅうのは、珍しいことでも無いんや。むしろ、こないな楽しい初恋をさせてくれた笠本はんに、感謝したいくらいや。……ありがとな」
目尻に溜まった涙を拭き、自分の顔をパンと両手ではたく。
これからは、横恋慕をする2人目ではない。
ふたりの関係を応援する、友人Aになるのだ。
その切り替えを、内宮は今、頬の痛みとともに終えたのだった。
「さ、気分を変えるで! 練習試合の準備、間に合わんくなったらアカンからな。会場、戻ろうや。なあ……笠本はん!」
「ああ……!」
かくして一人の少女の片思いが終わった。
けれど、これは終わりではなく始まりである。
人生百年の、わずか2割にも満たない年月しか生きてない若者たちにとって、この出来事はほろ苦い青春の1ページとして思い出に昇華する。
数年もすれば、笑いながら「そんなこともあったな」と話せる程度の思い出に変わるのだ。
だからこそ、内宮は自分の気持ちにウソを付くことはなかった、真正面から正々堂々とぶつかり、そして敗れきったのだ。
その心に未練はなく、むしろ曇天の空とは対照的に、スッキリと晴れやかだった。
───Cパートへ続く




