第36話「刻まれたゼロナイン」【Aパート 真紅の髪の二人】
【1】
艦内アナウンスで〈クイントリア〉が運び込まれたという話を聞いて、真っ先に格納庫へと走ったのは裕太と内宮だった。
Ν-ネメシスの後方に位置する格納庫へと足を踏み入れた裕太。
その視界に映っていたのは、整備班一人ひとりが拳銃だのライフルだのを持った厳戒態勢で黒い機体を取り囲んでいる姿だった。
「おい、レーナ。漂流者を出迎えるには少し大げさじゃないか?」
コックピットハッチの前で拳銃に弾を装填しているレーナの肩を、裕太が掴む。
レーナは冷静にその手を振り払い、拳銃の上部をスライドさせる。
「50点、もしかしてあなた漂流強盗を知らないの?」
「漂流強盗?」
「漂流者を偽装して、助けてくれた船を襲撃する宙賊。そうだと困るからこうやって警戒してるの」
「だってよ、このキャリーフレーム……」
「知ってるの? この機体を」
据わった目で後方の〈クイントリア〉を親指で指をさすレーナ。
裕太は内宮とともに光国であったことを簡潔に説明した。
反政府軍の勢力として〈クイントリア〉が投入されたことを。
奇妙なガンドローンを使い、光国の強者を追い立てていたことを。
そして、裕太とエリィのチームワークをもって初めて虚をつけたことを。
「────てなわけなんや」
「千秋ぃ……。その説明を聞いたら、なおさら警戒しなきゃいけないじゃない」
「けどよレーナ。パイロットは赤い髪をした、俺らより年下の女の子で……」
言いかけて、裕太はハッと気づいた。
ゼロナインと呼ばれていた〈クイントリア〉のパイロットの髪の色、肌の色、目の色。
それらすべてが、レーナの色と一致することに。
真紅の色をしたツインテールを揺らし、レーナが黒い機体の方へと振り向く。
「女の子だったら安全……なんてことは無いのよ」
「そう、だよな……」
「おーし、開けるぞ。総員構え!」
ヒンジー爺さんの号令とともに、整備班の連中が一斉にコックピットへと銃口を向ける。
老人のしわくちゃの手がハッチ横にあるハンドルを勢いよく押し倒すと、バカッと大きな音とともにコックピットハッチが白い煙を吹かしながら口を開いた。
格納庫に静寂と緊張が走る。
固唾を呑んで見つめる整備班の視線が、煙に満たされたコックピットの奥へと集中する。
突如、機体から影が飛び出した。
軽業師のように素早い身のこなしで整備班の頭上を飛び越えた「それ」は、裕太の首根っこを通りすがりに引っ掴み、格納庫端の壁際へと連れて行く。
そして裕太の首元を腕で締め上げつつ、ゼロナインがこめかみに銃口を当てる。
一斉に向けられる整備班の拳銃とライフル。
「銃を下ろせ! そうでなければ、この男を撃つ!」
「わーっ!! みんなそうしてくれ! うた、撃たれるっ!」
人質に取られて銃を突きつけられることがこれほどの恐怖だったのか。
今までフィクションの世界でしか見たことのなかった事象に巻き込まれて、脳がパニックを起こす。
『情けないな裕太! 勇者たるものこういうときこそ威風堂々と……』
「できるかよ! だってめっちゃ怖ぇもん!! 死にたくないからいう事聞いてやってくれぇぇぇ!」
しかし裕太の願いは聞き届けられず、整備班たちは拳銃を降ろさない。
絶望した裕太の前で、レーナが拳銃を放り捨てた。
「こんなに怯えて、かわいそうに」
優しい微笑みをその顔に浮かべ、レーナがゆっくりと歩き、手を差し伸べた。
「おいで、怖くないよ」
まるで怯える子供に言い聞かせるような、優しい言葉。
裕太の額に、雫が一つ落ちる。
真紅の髪の少女の目から、涙がこぼれていた。
「お姉……ちゃん……?」
その言葉とともに、裕太の首を絞めていた腕の力が弱まり、そのまま前のめりに倒れるゼロナイン。
彼女の身体を、レーナが優しく受け止める。
「これは……どうしたってんだ?」
警戒を解除する整備班の中で、ヒンジーがぽつりとつぶやいた。
※ ※ ※
レーナと内宮によって医務室へと運ばれたゼロナイン。
彼女と入れ替わりに格納庫へとやって来たのはスグルだった。
「何やら騒がしかったようだが、何かあったのか?」
緊張状態で疲弊していた裕太は、彼の手を借りてよっこらせと立ち上がる。
服についたホコリを振り払い、裕太は改めて黒い機体の方を向いた。
「なにかも何も、あと一歩で殺されるところでした」
「ネオ・ヘルヴァニアとかいう勢力のパイロットにか?」
「ええ。彼女はレーナ達が医務室に連れていきましたが」
あの時、異国のコロニーで死闘を演じた相手が目の前にいる。
修復され塗料を塗り直され、新品同様になった〈クイントリア〉。
戦いに巻き込まれた形跡もなく、なぜ航行不能になったのだろうか。
機体を調べているヒンジー老人のもとへと、スグルが歩み寄る。
「ヒンジーさん、でしたかね? 機体について何かわかりましたか?」
「おう、英雄のボウズ。少なくとも漂流していた原因はわかった。こいつだ」
老人が背部スラスターの噴出孔へと手を突っ込み、何かを強く引っ張り出した。
「ニュイ~~!!」
栓の抜けたボトルから水が溢れるように、次々とネコドルフィンがあふれるように機体の穴という穴から溢れ出す。
あっという間に、床が無数のネコドルフィンで埋まってしまった。
「……ネコドルフィン?」
「こいつらがスラスター全部に詰まってやがった。あの女、ネコドルフィンベルトにでも突っ込んだんだろう」
「ネコドルフィンベルトって……」
「数十万匹単位で宇宙を渡る途中のネコドルフィンの群れだよ。進行を邪魔すると仕返しに群がってくる。それだけならいいんだが、こいつらはやたらと柔っこいからな。こうやって穴という穴に詰まりまくっちまうわけだ」
漂流の原因があまりにも平和すぎて、裕太はがっくりと肩を落とした。
なお、ネコドルフィンたちはその後すぐに宇宙へと放逐されたらしい。
───Bパートへ続く




