第32話「黒鋼の牙」【Dパート 誘いと誘拐】
【4】
「貴様、何者だ!? ぐわっ!!」
うめき声とともに、鎖かたびらに身を固めた兵士が格子の向こうで倒れた。
裕太が驚き、立ち上がって背後の壁に身を寄せると、砂利を踏み鳴らす硬い足音。
「あーあー。こんな古くせえ装備してっから、怪我ぁするんだよ」
姿を表したのは、片目を眼帯で覆った男だった。
煤けた緑色のコートを羽織り、片手にサブマシンガンのような銃を持った男は、その荒々しい顔を向かいにあるズーハンの牢屋へと向ける。
「ヤンロンのアニキ! 助けに来てくれたのかい?」
「おい、ズーハン。お前はついでだ、ついで。俺の用事は……」
倒れた兵士から槍を奪い取り、その先端でズーハンの牢を開けるヤンロン。
牢屋から飛び出した少年は、適当な挨拶をしながら牢の外へと走り去っていった。
ヤンロンが振り返り、裕太の牢の扉も解錠する。
「お前が外の人間だな?」
手をクイクイと動かし、こっちへ来いという合図を送るヤンロンに対し、懐疑の眼差しを送る裕太。
牢屋から出してくれるのはありがたいが、襲撃という形で攻め込んできた勢力を信用するかどうか、迷っていた。
「……何かしら吹き込まれたか。別に取って食おうってんじゃねえんだ。どちらかというと、俺達はお前の仲間だぜ?」
「……わかった」
危険な賭けになることはわかっていた。
しかし、方や牢に閉じ込め臭い飯を与え、方や牢から助け出そうとしている。
精神がすり減りつつある裕太が、楽な方へと流れていくのは仕方のないことだった。
ズン、と大きな衝撃が床を伝って振動という形で地下牢に響く。
「頃合いか。出るぞ、少年」
ヤンロンの案内に従って、地下牢を出る裕太。
外の光に眩しさを感じながら階段を駆け上がり地上に出ると、そこには胴体と片足だけの状態で横たわる〈キネジス〉の残骸。
そのすぐ前には、見たことのない黒いキャリーフレームが肩に球状のユニットを納めていた。
エネルギー切れが敗因だったとはいえ、自身を打ち負かした相手をここまで叩きのめした黒い機体に、裕太は畏怖を覚える。
黒い機体のコックピットハッチが開き、中からパイロットが顔を出す。
既視感のある赤色の髪を短く整えた、薄いタンクトップを上半身に身につけた無表情な少女だった。
「対象の沈黙を確認。次の命令を」
「よーし、引き上げるぞ! っと、その前に土産として姫巫女さんを持ち帰ってやれ」
「了解」
抑揚のない声で返答した少女がコックピットシートに戻り、操縦レバーを動かす。
黒い機体の手が〈キネジス〉のコックピットハッチを強引に引き剥がし、気を失っているのかぐったりとしたシェンを掴み持ち上げた。
そしてもう片方の手を差し出し、指を整えて皿のようにする。
機体の手によじ登るヤンロンに、裕太も続いた。
バーニアの噴射音とともに、機体が浮き上がる。
キャリーフレームの手の上で流れる空気を風として受けながら、裕太は落ちないように鋼鉄の指にしがみついていた。
※ ※ ※
裏手の異変に内宮が気づいたのは、全てが終わってからであった。
AI搭載機に苦戦し、ようやく3機の〈ザイキック〉を倒した後。
シェンの救援にと駆けつけた時には、すでに敵は引き上げたあとだった。
内宮にとって大きなショックだったのは、牢屋から裕太の姿が消えていたことだった。
戦いに巻き込まれたのか、敵に誘拐されたのか。
事情を知らない内宮には、知る由もない。
…………Eパートへ続く




