表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/398

第28話「央牙島の秘密」【Cパート 堕ちた英雄】

 【3】


 幼女を尾行するという犯罪まがいな行動に打って出てから数分。

 周囲の木々が少なくなってきたあたりで、裕太たちの目に信じられない風景が浮かび上がった。


「あれ……セブントゥエルブだよな。コンビニの」

「僕の目が間違いでなければ、あっちにあるのはファストフード店のアークドナルドだな」


 コンクリートで舗装された広い道路を自動車が走り、道を挟むように見なれたチェーン店が軒を連ねる光景。

 大勢の人が歩道を行き交い、所々に立つ集合住宅のベランダには居住者のものであろう洗濯物が干されている。

 とても辺境の小島とは思えない町並みがそこにはあった。


「……ふむ、僕の天才的な頭脳が一つの仮説を導き出した」

「仮説? 何のだよ進次郎?」

「この島には政府も管理者もない。しかし人は山程くる。それに目をつけた大企業が、営業許可も土地代も不要なこの地に出店しマンションを建てた……と言ったところか」

「でもこんなところに流通は……そうか、宇宙か」


 近くは月、遠くは木星圏まで人類が進出した現在。

 世界規模の展開をするほどの企業であれば、宇宙に流通ネットワークを敷いているのも珍しい話ではない。

 人工衛星を浮かべる最適の高度である地球の衛星軌道のうち、低軌道には企業が持つ無数の中継基地が存在する。

 その場所に基地を作れば、地球が勝手に回ってくれるために、宇宙からのアクセスが可能な場所であれば定期的にどこにでも商品を降ろすことが可能である。


「ねえ君たち、あの子を追いかけなくて良いのかい?」

「っと、忘れてた!」


 慌てて人混みに消えかけている深雪を見つけ、裕太たちは追跡を再開した。

 深雪は時折立ち止まり、手に持つ携帯電話と景色を見比べるように首を上下し、また歩き出す。

 交差点を渡り、角を曲がり、路地に入り、入り組んだ街の中をどんどん進んでいく。



 ※ ※ ※



「やっと……止まったか」


 深雪が目的地であろうビルの前で立ち止まる頃には、裕太たちは自分たちがどこの道を通ってきたのかは覚えていなかった。

 彼女がビルの中へと入るのを確認してから、入口にかかっている案内板の前まで進む。


「裕太、このビル変だぞ。何も入居していない」

「何も? どういうことだ?」

「完全な空きビルってことだ。あの子、一体何の用でここに──」


 思案する進次郎の声は、直後に聞こえた銃声にかき消された。 

 銃弾が窓ガラスを貫いたのか、上階からガラスの破片が落下し、地面の上で砕け散る。


「あっぶねっ!! 刺さるところだったぞ!」

「割れてる窓ガラスは……5階か!」

「一体何が? っておい、フィクサ!?」


 裕太が呼び止めるのも聞かずにビルの扉を押し開け、中へと突入するフィクサ。

 その片手に拳銃が握られているのを見た裕太は、進次郎の腕を引っ張りながらその後を追った。



 【4】


「動かないで、と言ったでしょう。次に言うことを聞かなければ……」

「それほどまでに、娘に嫌われたとはな」


 事務椅子に座ったまま両手を上げる父・遠坂(あきら)の額に照準を合わせながら、深雪は拳銃を握る手を震わせた。

 ろくに掃除のなされていない部屋を舞った埃が、深雪の眼鏡を少しずつ曇らせる。


「母さんは、あなたのせいで死にました」

「……そうか。あいつが」

「あの人を許してと最期に言ってましたが、私には許せません。どうして、どうして兄さんを殺したのですか?」


 その問いかけをするために、深雪は小さな体を振り絞って、木星からここまで来た。

 あんなに優しかった父が、なぜ兄を、息子を殺したのか。


 深雪の、歳の離れた兄はとても優れた人物であった。

 名艦長たる父に憧れ、父と同じ道を進み、若くして父に匹敵する艦長へと成長していた。

 そのことを、深雪も母も、父でさえも喜び、祝福していた。

 兄が木星軍の小さな艦隊を一つ任されたという報せを受けたときには、父の親友であり戦友である銀川夫婦と共にパーティを開いたこともあった。


 なのに、なぜ?

 なぜ父は兄の艦へと攻撃命令を出し、その艦もろとも兄を殺したのか。

 一人になった広い家の中で、何度考えてもわからなかった答えを、ただ聞くために少女は拳銃を握っていた。


「あれは、仕方のないことだった」

「仕方のない? あなたのような人が……適当なことを言わないでッ!」


 拳銃の引き金にかかる指をかろうじて繋ぎ止める理性が、怒りで焼ききれそうになる。

 そんな曖昧な答えを聞くために苦労して来たんじゃない。

 俯き、黙り込む情けない父の額へ、再度照準を合わせ直す。

 その時だった。


「ッ!」


 ひとつの銃声とともに、深雪の手の中の拳銃が跳ねた。

 いや、何か衝撃を受けて弾かれたのだ。

 じんじんと痛み、赤くなる手を抑えながら背後へと振り向くと、そこにはネメシスの甲板で見た涼しくも爽やかな顔をした青年の姿があった。



 ※ ※ ※



(しまったぁぁぁ! 外してしまったぁぁぁ!!)


 拳銃を落とした深雪を前にし、フィクサは弾の残りがもう無い拳銃を握りながら顔を崩さず脳内で狼狽していた。

 自分の不手際によって敵の戦力となってしまった少女を戦闘不能にすべく、揉め事を止める勢いで狙いがそれて肩の一つで撃ち抜いてやろうとこのビルへと乗り込んだまでは良かった。

 しかし、エレベーターがなく階段を駆け上がることでしか来れないこの5階の部屋にたどり着くまでに、肉体の披露はピークへと達していた。

 その状態で正確な射撃ができるわけもなく、とっさに狙いをつけて放った弾丸は深雪の拳銃を弾き、落とすだけでその役目を終えた。


「今の銃声は!? フィクサ、お前が!?」

「なるほどフィクサ、天才の僕には事情がつかめたよ。君は彼女を止めてくれたんだな?」


 得意のポーカーフェイスが、いい方向に働いたようだ。

 追いついた裕太と進次郎が、こっちの気も知らずに好意的な解釈をしてくれる。

 状況的に深雪の暗殺の機会は失われたと察したフィクサは、脳内でため息をついてから場の流れに身を任せることにした。



 ※ ※ ※



「あなたが、遠坂(あきら)艦長ですか?」

「……そうだが、君は?」

「えっと、関係あるかわかりませんけど。銀川エリィの……友達です」

「そうか、銀川の娘の……」


 上げていた両手を降ろし、力なく椅子の背もたれへと身を預ける男。

 裕太はその姿から、彼があの半年戦争を生き抜いた英雄であるとは思えなかった。


 伝記に書かれていた遠坂艦長は、人格者だった。

 対ヘルヴァニア反抗部隊カウンター・バンガードの母艦であるアークベースを指揮し、一度も大規模なダメージを艦に受けることなく戦いきった名将。

 戦いの中では優れた戦術眼と柔軟な思考力を持ってヘルヴァニア軍の攻撃を退け、非戦闘時には乗員ひとりひとりの悩みを聞き、相談に乗ったという。

 英雄機〈エルフィス〉を駆る銀川スグルとは上司部下を超えた友人関係を築き、戦争の集結へと導いた英雄。

 それが、目の前で天井を見上げるボロボロの衣服に身を包む中年なのか。


 呆然とする裕太の脇から、進次郎が一歩前に出る。


「失礼ながら遠坂艦長。あなたの娘さんから事情は伺っております。我々としても、あなたが実の息子を理由もなく殺めたとは思えないのです」

「それは、歴史書に書かれている私と比較して、失望したということかね?」

「いえ、それは……」


 言葉に詰まる進次郎に対し、遠坂艦長はひとつ咳払いをした。

 緊張で呼吸を止めていた裕太は息苦しくなって大きく息を吸い、埃っぽい空気にむせてしまう。

 ゲホゲホと咳き込む裕太に、ギラリと威厳のある眼差しが向けられた。


「君は、もしかしてキャリーフレーム乗りかね?」

「え、俺ですか? ゲホッ……ええ、まあ」


 突然問いかけられ、咳をしながら適当な返答をしてしまう。

 いきなり重い空気の中心に立たされた裕太は息を呑み、ゴクリとつばを飲み込んだ。


「その手は、よくキャリーフレームに乗る者の手をしている。君を見ていると、かつて若かった頃の銀川を思い出すようだ」

「そ、そりゃあ、どうも……」


(おい裕太、地球圏いちのキャリーフレーム乗りと同等って言われてるんだぞ。もっと喜べよ)

(こんな空気ではしゃげるかよ進次郎……)


 小声でやり取りしていると、遠坂艦長はフッと一瞬だけ笑い、そして立ち上がった。

 先ほどまでの威厳のなさとは打って変わって、確かに英雄のオーラを背負っている。


「君たちのような若者には聞いてもらう必要があるだろう。なぜ、私が最愛の息子を殺めるに至ったかを、な」


 割れた窓ガラスを通して差し込む夕日の光を背に受けながら、遠坂艦長はゆっくりと話し始めた。




  …………Dパートへ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ