第4話「ドラマの中の戦争」【Aパート 内宮千秋という女】
【1】
いつものようにエリィと教室に入った裕太を待っていたのは、机の上で死んだ魚のような目をし、ブツブツとうわ言を口から漏らしている進次郎の姿だった。
「愛……愛……愛って何だ……?」
「ためらわないことか?」
『あまり狙わないことではないのか?』
「……宇宙刑事じゃないのよぉ。岸辺くん、何があったのぉ?」
エリィがゆさゆさと進次郎の身体を揺らしながら問いかけると、サツキが申し訳無さそうな表情でぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいなんです……」
裕太は昨日、進次郎がサツキを家に呼ぶと言ってはしゃいでいたのを思い出す。
進次郎の目の下のくまを見るに、昨晩何かが起こったのだろう。
「情熱を秘めた肉体……」
不気味な呟きをする進次郎をよそに、エリィがサツキに何があったのか詰め寄ると、サツキは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「進次郎さんの持っている成人向けゲームを一緒に遊んだんです。それから朝までその……肌色の多いマンガや雑誌を読みあったり……」
それを聞いて、なぜ進次郎が半ば廃人と化しているかなんとなくわかった。
目の前に好意を持った女の子がいて、そっち系の作品を理性を保ったまま一緒に見るのはさぞ苦痛だったであろう。
進次郎はヘタレであるから、サツキに手を出したなどとは考えづらい。
となれば、夜通し溢れ出る欲を抑え続けたということは容易に想像できる。
小便を我慢しすぎて膀胱炎になるようにして、進次郎はこうなったと想像するのは容易である。
「金海さん。そういうのはぁ、もっとデートとか重ねた後に、一緒に見るのが一番なのよぉ」
「えっ、そうなんですか! わかりました、今度から気をつけますね」
的を射ているのか、外れているのかわからないエリィのアドバイスに、裕太はヤレヤレといった表情で首を横に振った。
「そういえば、裕太さんとエリィさんってどれくらいまで進んでいるんですか?」
「「えっ」」
唐突に投げかけられたサツキの質問に、同時に声を上げながら固まるふたり。
実はお互い、なんとなく流れで今のような関係になったようなものなので、告白したとかされたとか、そういった経緯を踏んだわけではなかった。
もしもカップルの成立が告白によって決定づけられるとするならば、ふたりは未だカップルではないのである。
言葉が浮かばずしどろもどろするふたりの姿に、サツキはクスクスと可愛らしく笑う。
※ ※ ※
「おっ、笠元はんおるやないか! おーっす!」
唐突に、関西弁を話す糸目の少女が元気に教室に入って来て、裕太に馴れ馴れしい挨拶をした。
「あなたは、確かキャリーフレーム部の内宮さん!」
「せやでー。なんやうちも有名になったんかいな?」
ケラケラと笑う内宮を見て、裕太はキャリーフレーム部の存在を思い出した。
軽部先生が顧問を務めるキャリーフレーム部は、キャリーフレーム同士を戦わせる競技をする部活動だ。
通称『フレームファイト』と呼ばれるその競技は、いまやオリンピックのいち競技になるまでに世界で普及している。
「軽部先生が試合の結果、毎回ホームルームで自慢するのよぉ。昨日は内宮が勝ったとか、誰それが負けたとかぁ」
「あのおっさん、自分のクラスでそないなこと勝手に言いふらしとるんか……。ま、そないなことはどうでもええ」
そう言うと、内宮はずいっと裕太に顔を近づけニッコリと微笑んだ。
「笠元はん……うちと付き合うてくれるっつーのの返答、そろそろ貰いたいんやけどな?」
内宮のその言葉を聞いた進次郎が、突然廃人状態から復活し怒り出す。
「何だと!? 裕太、貴様銀川というものがありながら別の女にアプローチをかけられていたのか!」
「あっ、進次郎さん元気になりましたね!」
「サツキちゃん、僕のことはいいよ。銀川も銀川でなんで無反応なんだよ! 他の女に裕太取られてもいいのか!?」
怒り心頭の進次郎に詰め寄られたエリィは、キョトンとした顔で「何か問題あるのぉ?」と返す。
進次郎にとっては予想外の返答だったらしく、毒気をぬかれるように勢いを失った。
「だってぇ、あたし笠元くんのこと信じてるもの。最後にあたしの隣にいてくれたら、それでいいのよぉ!」
「このバカップルが……」
「これが愛の絆なんですね!」
身体をくねらせながら照れるエリィと憎々しげに吐き捨てる進次郎。
そして目を輝かせて感激するサツキ、と三者三様の反応に裕太が呆れていると、内宮が面倒そうに頭をポリポリと掻いた。
「あのな。紛らわしい言い方したうちも悪いけどな、そういう話しにきたんやあらへんよ」
「そうなんですか?」
「せや。笠元はんにはうちのキャリーフレーム部の練習試合の相手してもらお思うてな」
ピクリと、裕太の眉が吊り上がり無意識のうちに険しい表情になる。
「昔、フレームファイトやりはってたんやろ? 5年前までのジュニア大会に毎度名を連ねる猛者、笠元裕太はん」
5年前、という単語から裕太の忌まわしい記憶がよぎる。
大会の控室で受け取った母親の悲報。
病室に横たわる目覚めぬ母の顔。
自分の無力さを思い知ったあの日の記憶。
「……うるさい」
無意識に、裕太は荒々しく威圧的な態度になり。
「俺は、二度と競技のためにキャリーフレームを操縦するつもりはない」
普段の裕太らしからぬ、低い声。
周りではしゃいでいた進次郎たちも、ピタリと口を閉ざし黙り込んだ。
静寂の中、突然ピリリと着信音が鳴り響き、内宮がわたわたと胸ポケットから携帯電話を取り出す。
その画面を見て、内宮は一瞬眉間にシワを寄せるも、すぐ場をごまかすようにナハハと乾いた笑いを浮かべ。
「バイト先からの電話や。邪魔してスマンかったな。ほな!」
そう言って内宮は着信音が鳴り続ける携帯電話を握ったまま、教室の外へと駆けていった。
※ ※ ※
廊下に飛び出した内宮は人のいない渡り廊下へと移動し、そこで携帯電話の応答ボタンをタッチした。
「もしもし? ああ、キーザはんか。次の週末? ええけど……ようやくうちの出番いうことやな。わかった、ほなな」
通話を終え、胸ポケットに携帯電話を戻しながら渡り廊下の柵により掛かる内宮。
「うちかて、競技のためだけに腕磨いとるんちゃうねんで……」
内宮は、ひとり空を見上げながら呟いた。
───Bパートへ続く




