第26話「出発! 伝説の宝島へ!」【Cパート 謎の少女】
【3】
「その時、わたしの第六感がピーンと来たの! あ、進次郎さまが危ない……って!」
「お、おかげで助かったよ。だからその……腕を離してくれないか?」
「やだもう、照れてるんですか進次郎さま? お久しぶりなんですから、少しくらいいいじゃないですか~♥」
レーナにべっとりとくっつかれている進次郎を尻目に、年季の入った戦艦の廊下を歩く裕太たち。
前を歩くサツキからはどす黒い嫉妬のオーラが渦巻き、腕に抱いたネコドルフィンを手のひらでペチペチと叩いている。
彼女の威圧感に気圧されるが、あえて触れないでおく。
「笠本はん、うちもああやって抱きついたろか?」
「あらぁ、あたしも笠本くんがやってほしいならいつでもいいわよぉ!」
「結構だ。嫉妬の炎に挟まれて焼かれるのはゴメンだからな」
『もったいないぞ、裕太!』
あの後、裕太たちは〈ヘリオン〉ごとレーナの母艦である〈ネメシス〉へと招き入れられた。
元から数十トンもあるキャリーフレームを多数擁する戦艦の中では、約800キロもある魔法騎士エルフィスの重量など、誤差の範疇だ。
現在裕太たちが搭乗しているこの船──宇宙戦艦ネメシスは、ヘルヴァニア人のナニガン・ガエテルネン率いる宇宙海賊の母艦である。
彼らは宇宙海賊とは言うが、その実は便利屋とか何でも屋とか、あるいは傭兵と言っても差し支えのない、雇われ武装勢力として宇宙で重宝されている存在だ。
以前、宇宙を旅する修学旅行の帰り道で乗せてもらい、地球帰還の手伝いをしてもらった恩がある。
あの時はそれっきりだと思っていた船に再び乗ることに、因果とか運命とか、そんなロマンチシズムを感じざるを得ないのは、ひとえに宇宙が広いからである。
「それにしてもぉ、レーナ達が地球に降りてたなんてびっくりしたわぁ。言ってくれれば案内くらいしてあげたのに」
「お姫様、わたしたちは旅行に来たんじゃないの。お宝探しに来たのよ! この船、もうだいぶ古くなっちゃってね。ここいらで一山当てて、買い換えようって算段なの」
「宝……というと、もしや央牙島の?」
後方から実は1トン近い重量があるSD体型の騎士が話に割って入る。
ちなみに、彼の出自などは話していくと長くなるため、レーナには“そういう宇宙人”ということにしてある。
「待った。この天才的頭脳の記憶が正しければ、央牙島に存在する宝はタズム界の者しか知らないはずだが」
「そうなの進次郎さま? 私達はその情報を……」
「その情報を突き止めたのは、私」
聞き慣れぬ少女の声に一同が一斉に振り向くと、メガネを掛けた幼い女の子が小さな端末を手に立っていた。
黒髪の長髪に隠れた顔は、小学校高学年ほどの年齢にも見える。
『うむ、いいな!』
「何がだよジェイカイザー。えっと、君は誰だ?」
「ああ、50点。その子はうちのお客さん。央牙島に用があるんだって」
「俺を顔面点数で呼ぶのはまだ続いているのか……。そんな島に用事なんて一体……」
裕太がそう尋ねようとしたところで、少女は無言でスタスタと廊下の奥へと消えていった。
ジェイカイザーが『ああいう不思議ちゃんは嫌いではないぞ』とほざいているのは聞き流しながらも、エリィの「あの子、どこかで見覚えが……」という独り言は聞き逃さなかった。
※ ※ ※
やがて、裕太たちは進次郎の腕にしがみついたままのレーナが「ここよ」と言った扉の前で立ち止まった。
「パパ、入るわよ」
「おお、いいぞ。こらこら、父親の前でそんな姿を見せるんじゃないよ」
そう言いながらベッドから上体を起こしたのは、この戦艦〈ネメシス〉の艦長でありレーナの父ナニガン・ガエテルネン。
かつてはヘルヴァニアの近衛兵長をしていたという歴戦の猛者ではあるが、今ではすっかり娘想いの良いオジサンである。
寝間着も同然といった質素な服の隙間から見える包帯が、裕太の目に映る。
「ナニガンさん、怪我でもしたんですか!?」
「まさか……戦闘で負傷とか!?」
「怪我? ……ああ、これね」
年老いからか骨の輪郭が浮き出ている体を包む白い包帯をなでながら、ナニガンが苦笑する。
「これね、レーナが巻いてくれたコルセット。最近、腰がやられがちでねぇ」
「コルセット……にしては上半身ほとんどグルグル巻きじゃないですか」
「大は小を兼ねると言うじゃない?」
「包帯まき放題……なんちゃって。ハッハッハ」
なんとも緩い宇宙海賊の長とその娘のやり取りに、思わず脱力する裕太。
その傍らで、エリィがナニガンへとこのネメシスに搭乗するに至った経緯を説明する。
「なるほどなぁ。姫様とそのお仲間も僕らと目的は一緒というわけか。ここは旅は道連れともいうし、一緒に行こうじゃないか。一生一緒に、なんてな」
「ところで艦長どの」
和やかな空気の中、魔法騎士エルフィスがずいと前に出た。
彼の姿に首を傾げるナニガンに、誤魔化しのための設定「タズム星人のエルフィス」という説明をする。
「で、そのタズムの人が僕になにか?」
「これより向かう島は、我々の故郷から転移したものである確率が高い。それ故に宝の情報というのは我々タズム出身の者しか知り得ないはずだが……」
「えっとねぇ、さっき廊下で小学生くらいの女の子が、その情報は私が得たって言ってたの。あの子はだぁれ?」
「まぁ、まぁ。ひとつずつゆっくり答えて行こうじゃないか。急な答えは体に応える……なんちゃって」
いちいちダジャレを挟まないと会話できないのか、と裕太は呆れる。
一方でジェイカイザーとジュンナはくだらない言葉遊びに1つずつ感銘を受けているようだった。
「あの子の名は遠坂深雪。木星から地球へ向かうときに同乗させたんだよ」
「トオサカ……? あたし、どーっかで聞いたことあるような気がするのよねぇ」
「ありきたりな苗字やから偶然かもしれへんけど、木星で遠坂言うたら……カウンター・バンガードの遠坂艦長のことやないか?」
部外者同然で話に入れてなかった内宮が、唐突に口を開く。
聞き慣れない人名に首を傾げる裕太の横で、相変わらず片腕をレーナに独占されている進次郎がメガネを光らせた。
「この天才である僕が教科書の反復をしてやるよ裕太。遠坂明ってのは半年戦争の英雄のひとりさ。元々は木星軍の艦、〈ジュピターイレブン〉の艦長だった彼はヘルヴァニアとの初遭遇戦にて戦果を上げた。その経験を買われ、その後組織された対ヘルヴァニア部隊カウンター・バンガードのリーダーとして母艦アークベースを指揮し活躍した偉人だよ」
「ああ、そうよ! 思い出したわぁ! あたしのお父様の戦友にして親友のあの人ね!」
「アークベースか……」
その艦の名は、さすがの裕太でも聞き覚えがあった。
後に英雄の機体となる名機〈エルフィス〉を搭載し、半年戦争を終結まで導いた部隊の家。
その艦を率いていた人物の名前は思い出せなかったが、アークベースはキャリーフレーム乗りとして一度は乗ってみたい憧れの存在なのだ。
「そんなら、なおさら不思議やな。何でそないな子が央牙島に用事あって、宝のこと知っとったんや?」
「さあ、そこまではわからないねえ。本人に聞いてみたら……うおおっ!?」
突然、床がぐらりと振動した。
そこらじゅうからアラートが鳴り響き、廊下の方もにわかに慌ただしくなってくる。
壁についているインターフォンのような受話器を手にとったナニガンが、真剣な面持ちで「何だ」と問いかけた。
「艦長、翼竜のようなモノから攻撃を受けています! 敵は空に浮かぶ穴より次々と現れ……!」
「わかった、すぐ行く」
受話器を戻し、腰を抑えながら立ち上がるナニガン。
「……と、いうわけなんだわ。それじゃあレーナ、僕は艦橋に行くから外はよろしく」
「わかったわ、パパ! 出撃ね!」
そう言って進次郎の腕から離れ、軽やかな動きですばやく廊下へと飛び出るレーナ。
廊下ではネコドルフィンを腕に抱いたままのサツキが、退屈そうなカーティスと共にぽかんとした顔をしていた。
……Dパートへ続く