第24話「新世代」【Cパート 招かざるモノ】
【4】
壁を走る太いパイプのようなものが蠢き、赤白い怪しげな照明に照らされた不気味な廊下を、グレイは歩いていた。
「ペスター、なぜこの艦はこんなに内装の気味が悪いんだ」
先導するように前を歩く黒ローブに、露骨な不満を訴える。
「グレイ様、申し訳ございません。これは我らの文明の様式の一種でございまして」
黒いローブで全身を隠し、不気味な仮面越しにくぐもった声でペスターが謝罪をした。
常日頃からこの薄気味悪い格好でいるこの人物は、なぜかグレイのことを慕っている。
曰く、グレイが黒竜王といかいうドラゴンの血を引く者であり異世界の軍勢を率いる資格がある……というのが理由らしい。
物心ついたときから実の両親を知らぬまま育ち、貧しい家で暮らしてきたグレイ。
人間関係で恵まれたことのない彼にとって、たとえそれが嘘の理由でも何らかの打算からくるものでも、他人に頼られ尊敬の眼差しを受けるのは決して悪い気分ではなかった。
「文明だ文化だと言われれば、頭ごなしに否定するのも失礼か」
「ご理解いただけて感謝します。あなた様のお使いになる個室や兵器にはこの世界式の文化を参考にしますので、どうか共用部分だけはご容赦ください」
そう言って一礼すると、ペスターはひときわ大きな扉に手をかざした。
怪物の口を思わせるような外見の扉が左右にスライドして開き、その先から光が目に飛び込んでくる。
「ここは……」
「はい、操縦司令室……この世界式に言うと艦橋、あるいはブリッジでございます」
気味の悪い装飾に包まれた艦橋を見渡すと、パネルのようなものを操作していたトカゲ型の人物が次々と振り向き、各々が拳を真上へと突き上げた。
規律の取れた行動を見るに、彼ら流の敬礼なのかもしれない。
無意識に会釈を返しつつ、青い空が一面に広がる窓の外に目をやる。
下に町並みが見えることと先ほどのペスターの言い回しから、どうやらここは高高度を浮遊している飛行戦艦の中らしい。
「……で、俺にここで地球侵略の指示でも出せというのか?」
艦長席と思われる大仰な椅子に腰掛け、冗談交じりでペスターに尋ねる。
冗談が通じなかったのか、仮面についた鳥のクチバシを左右にブンブン振って否定の意を表すペスター。
「いえいえ! とりあえずグレイ様に我らの軍を見知ってもらおうとでして! 次は食堂の案内でも──」
ペスターの言い訳めいた必死な声は、低いアラームのような音でかき消された。
艦橋内が警告を示しているであろう赤色の光で照らされ、大慌てでトカゲ人がペスターの元へと走り寄る。
「ペスター様! た、大変です!」
「何事ですか? グレイ様の御前でありますぞ!」
「それが、エリア728にて我軍の転移ゲートの展開が確認され……」
「転移ゲート? 本日の作戦予定は無いはずでは?」
「それが……」
トカゲ人がパネルを手慣れた手付きで操作すると、窓に映像のようなものが映し出された。
警察署のような建物の上空に円形に開く、真っ黒な空間。
漫画などでよくある異次元へのゲート、という他に言い表しようのない異変であった。
どうやって撮影しているのかは定かではないが、周辺の景色が次々と映像に映り込む。
整列したパトカー、警察のマークが刻まれた膝立ちのキャリーフレーム、アニメから飛び出したかのような低等身のヒーローっぽいマシン。
そして……。
「笠本、裕太……! 奴のいるところか!!」
二度の死闘を繰り広げ、互いに腕を認めあったライバルの姿がそこにあった。
【5】
青天の霹靂という言葉がこれほどまでに文字通りな光景は他にないだろう。
警察署の上に広がる、雲の少ない綺麗な青空の中にポッカリと空いた黒い穴。
何度も見た覚えのある、黒竜王軍の転移ゲートが裕太の頭上に口を開いていた。
「おいおい、また来るのかよ」
『ぼやいている場合ではないぞ裕太! 悪の黒竜王軍が平和を乱すのなら、我々は正義のために戦うのだ!』
さっきまでの新型云々の話についてこれていなかったジェイカイザーが、これ幸いとイキイキし始める。
ジェイカイザーには悪いが、今日の出番は少なそうだと裕太は予感していた。
なにせここには模擬戦を終えたて、臨戦態勢の〈赤竜丸〉と〈ハクローベル〉が立っている。
「グハハハハ! 今日こそ貴様らを地獄に送ってやるぞ、英傑ども!」
今までと変わりなく、ゲートから聞こえるゴーワンの笑い声。
黒竜王軍と交戦歴のない周囲の大人たちがざわめき、狼狽える中でも裕太は表情一つ変えていなかった。
──そう、あの声が聞こえるまでは。
「……行ったれ、ガンドローン!!」
空に空いた穴から小型の浮遊砲台が現れ、一斉に細いビームを放つ。
赤く光る光線が次々と地面に吸い込まれるように刺さり、コンクリートが赤熱した。
「総員退避! 格納庫へ走れ!」
太田原が号令を飛ばすやいなや、一目散に格納庫へと駆け出す署員たち。
天井がビームコーティングされた周辺の格納庫へと警察署の人々が避難をする中、裕太は空の穴から降りてくる巨体に目を見張った。
「……あれは、エルフィスタイプ!?」
ひと目でそうとわかったのは、ひとえにエルフィスという英雄めいた機体が周知されていたのもあった。
ビームを放ったガンドローンが、舞い降りたキャリーフレームの腕部に収まる。
鬼のような厳しい頭部をしたそれは、赤い光を両眼から放ちながら裕太たちを見下ろしていた。
「ややっ! あれこそが魔法騎士エルフィス殿を模した丨ルアリ界《この世界》の魔術巨神でござるか!?」
「ちょっとガイのオヤジさん! 勝手にエルフィスをそっち発祥にしないでちょうだいよぉ! あと、あれは〈エルフィス〉に拡張バックパックのガンドローンパックを追加した〈エルフィスGD〉であって〈エルフィス〉そのものとは違うんだからね!!」
「おい銀川、そんなこと言ってる場合か!」
裕太がツッコミを入れつつ後ろに下がろうとすると、〈赤竜丸〉が剣を抜き、切っ先を〈エルフィスGD〉へと向けた。
「あいや! 白昼堂々と太田原殿下の居城に攻め入るとは不届きなり! この烈火の英傑ガイが成敗いた……わたたっ!?」
長々とした名乗りを聞き終わる前に、〈エルフィスGD〉のドローンが火を吹いた。
足元を狙って放たれたビームをその場でバタバタと足踏みしてかわす〈赤竜丸〉。
「邪魔……すんなや……」
「ぬぅっ!?」
「であります!?」
低い声を漏らした〈エルフィスGD〉は一瞬で〈赤竜丸〉に近づき、その胸ぐらを掴んで〈ハクローベル〉の方へと放り投げた。
突然巨体を投げつけられた富永が乗る〈ハクローベル〉は対応ができず、上に〈赤竜丸〉が乗せられる形で地に伏した。
「速いな……。どうした、銀川?」
ふと、裕太は隣にいるエリィが震えていることに気づいた。
ビームの照射にビビったのか、それとも一瞬で2機が無力化されたことに驚いたのか尋ねる前に、エリィはまっすぐ〈エルフィスGD〉を指差した。
「笠本くん、あれ……!」
「あのエルフィスがどうした?」
「あの機体、乗っているのって……!!」
────Dパートへ続く