第23話「新たな英傑、新たな力」【Cパート 男の戦い】
【4】
「……で、そのチンチクリンが風の英傑サマってわけかい」
「旋風、だよ。ガイから話は聞いている、君がカーティスだね。よろしく」
背の低さをバカにされたのにも動じず、あるいは気づかずにカーティスに握手を求める魔法騎士エルフィス。
清廉潔白、爽やかさを絵に描いたような異世界の騎士に、カーティスは面食らったような顔をしつつ手を差し伸べ、渋々といったふうに握手を交わした。
その光景を部屋の隅で見ながら、エリィは携帯電話をメイド服姿のアンドロイド体へと近づけ、ジュンナの意識を移し替える。
「彼、素敵ですね」
『ぬぅっ!!?』
再び動き出し、ぽつりと呟いたジュンナのセリフに裏返った声でジェイカイザーが反応をする。
彼、というのは紛れもなく魔法騎士エルフィスのことであろう。
機械同士からかどうかは定かではないが、ジェイカイザーはジュンナに恋心を抱いている。
ジュンナもまた、機械同士だからか魔法騎士エルフィスに好意を抱いたのだろうか。
『ぬぬぬぬぬ……エルフィス殿っっっ!!!』
露骨に上ずった声でジェイカイザーが叫ぶ。
突然の呼びかけにも動じず、冷静にくるりと身体全体で振り向くエルフィス。
「その声は、ジェイカイザー君……だったかな?」
『エルフィス殿っっ!! 私と勝負していただきたい!!』
「は?」
「えっ?」
「うむ?」
ふたりの人間と一人の機械騎士は、突然のジェイカイザーの発言に一斉に目を丸くした。
【5】
「トマス君、作業の方はどうだね?」
「訓馬さん。内部の接続は済んだので、あとは《ウィングネオ》の外装をパパっと貼り付けるだけです」
「さすが、警察組織の仕事は早いな」
手渡されたマニュアルを手に取り、訓馬は装甲板の無いむき出しのキャリーフレームを見上げた。
ジェネレーターやエネルギーを伝える動力パイプ、駆動系が骨格を包み込むように被せられた、鈍い色で光る9メートルもの人工の巨人。
その巨体から訓馬の脳裏に、故郷に伝わる守護神の姿が想起させられたが、すぐに目を瞑りフッと僅かな笑みの中でその虚像をかき消した。
「──そういえば、裕太くん立ち直れたんですかね」
「裕太、というとジェイカイザーの乗り手をしている……?」
「そッス。訓馬さんが来る直前の戦いから、ふさぎ込んでるって話なんですけど」
「ふむ……」
心当たりが無いわけではなかった。
黒竜王軍などという異世界の勢力に半ば乗っ取られ、見限ったメビウス電子を後にしたあの日。
それは学校で裕太と交友関係があった内宮が、彼とその友人を救うためにその身を犠牲にしたあの日でもあった。
その結末へ内宮をいざなったのは、間接的であったとはいえ訓馬だ。
仕事のためと言い聞かせ、年端もいかない女学生を戦いに駆り出したのは他でもない自分である。
自らの行為の結果若者が心を痛めている、という事実に背を向けるほど、彼の心はその老いし枯れた肌ほど乾ききってはいなかった。
「トマス君。その裕太という少年の居場所はわかるかね?」
【6】
自然豊かな山の麓の、人気の無い河原に静かな風が吹く。
向かい合う1メートルちょっとの騎士と、全高8.9メートルの巨大ロボ。
「ねぇジェイカイザー、本当にやるのぉ?」
『男に二言はない!』
ジェイカイザーが魔法騎士エルフィスと勝負をすると言って数時間。
一歩も譲らないヒーローロボAIに根負けしたエリィは、仕方なく町外れの河原にジュンナと共にやってきたのだった。
「マスター。この世間一般的に言うと、いわゆるバカに該当するジェイカイザーに何を言ってもムダだと思いますよ」
ため息混じりの声でジェイカイザーを見上げるメイドロボ。
『ひ、ひどいぞジュンナちゃん……』
ジェイカイザーの嘆きを振り払うように巨体に背を向けた彼女は、魔法騎士エルフィスへと駆け寄った。
「ジェイカイザーが飽きるまで適当に付き合ってやってください。ご主人様のいないところでアレを壊したら、文句を言われるのは必至です」
「ふむ、しかしジェイカイザー君は私に勝負を申し込んだ。なかなかできることではない」
「この国では決闘は罪に問われます」
「あくまでも模擬戦であり、命のやり取りではない」
「……頭固いですね」
「物理的な硬さならお互い様ではないか? ハッハッハ!」
えらく上機嫌なエルフィスと問答を終えたジュンナは、諦めたように再びため息を付きながらエリィのもとへと戻ってきた。
「マスター、私には男性型AIの考えていることがわかりません。理解不能です」
「わからなくて当たり前よぉ。自分とは違う存在なんだもの。ふたりがどうなるかなんて、あたしたちには見守ることしたできないわぁ」
「……観察しておきます」
無表情な中にも困惑の色を浮かべるジュンナ。
自らをマスターと呼びつつも辛辣な言葉を投げかけるメイドロボを横目に、エリィはフフッと微笑んだ。
『ではエルフィス殿、お覚悟を!』
「ジェイカイザー君、かかってきたまえ!」
大人と子供どころか、大熊と子犬ほどの体格差のあるふたりが構え、戦端を開く声を上げた。
※ ※ ※
ジェイカイザーが地面を殴りつけるように魔法騎士エルフィスへと拳を振り下ろす。
巨大な手が大地を揺らすその直前に、エルフィスは旋風の英傑の名を表すが如き身のこなしで流れるように後方へと飛び退く。
続けて放たれるジェイカイザーの蹴り。
空中でマントを翻しヒラリと回転しつつ、自分へと向けられた鋼鉄の脚に着地しジャンプ。
弾丸のように跳ねた身体全体を使った浴びせ蹴りをジェイカイザーの頭へと炸裂させる。
『んがっ!?』
あの小さな身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。
蹴られたジェイカイザーの巨体がぐらりと傾き、仰向けに倒れて大地を揺らした。
9メートルの鉄塊が地に落ちた衝撃で走る風にスカートを抑えながら、エリィは地面に降り立ちマントをはためかせる魔法騎士エルフィスの背を見つめる。
「……やりすぎじゃなぁい?」
「男同士の戦いというものは、手を抜くことは許されないからな。ジェイカイザー君、まだやる気があるなら立ちたまえ!」
『ぬ、おおお……!』
地面に手を付き、立ち上がるジェイカイザー。
巨体が作り出す影がエリィたちを包み、大地を蹴った。
大振りな腕の動きに合わせ、跳躍する魔法騎士エルフィス。
風を受けて舞う木の葉のように、ジェイカイザーが腕を足を一振りするたびにエルフィスが空中で軌道を変える。
『このっ! ならばぁっ!』
巨大な両腕を広げ、ラリアットのように全身を回転させるジェイカイザー。
初めて見せた突飛な動きだったが、魔法騎士エルフィスの華麗な動きに容易くいなされ、むしろバランスを崩して再び地に伏す結果を招いてしまった。
「あちゃ~……体格は逆だけど、まるで子供と大人の喧嘩よぉ」
「無知、無謀、無策としか言いようのない動きですねジェイカイザー。やはりご主人様がいないと……」
『裕太がいないからこそ……』
「む?」
土に汚れた鋼鉄の腕を震わせながら、声を絞りつつ出す倒れたままのジェイカイザー。
『裕太が心を痛み、戦えぬ今こそ……私が戦えるようにならねばならぬのだ……! それに……!』
「ジェイカイザー……、あなた……!」
『それに……私だってジュンナちゃんに一度くらい素敵って言ってもらいたいのだ!!』
「ジェイカイザー……、あなた……」
持ち上がった期待を秒で地の底に落とすジェイカイザーのセリフに、エリィは思わず肩を落とした。
シリアスが続かないのはジェイカイザーにはよくあることではあるが。
「ジェイカイザー君、諦めぬならまだまだ来たまえ!」
魔法騎士エルフィスが空中でマントを翻した、その時だった。
「マスター! 10時方向に高熱源体、距離……!」
「むっ!? ぐわああぁぁっ!!?」
ジュンナの報告と同時に、エルフィスが剣を抜き稲光に包まれた。
背に纏うマントから黒い煙を出しながら、羽を失った鳥のように地上へと落下する魔法騎士。
「エルフィス様!?」
無表情な顔から、確かに驚き焦りが入り混じった声を出しながら倒れたエルフィスへとジュンナが駆け寄った。
一方のエリィはあっけにとられ、突然の出来事に口を開けたままその場に立ち尽くしていた。
『エルフィス殿を仕留めるとは、何奴かっ!!』
「ぐはははは! よもやこのような所で、憎き英傑を葬る機会に巡り会えるとはな!!」
聞き覚えのある高笑いとともに、小高い廃墟の屋上に姿を現したのはあのワニ人間・ゴーワンだった。
エリィの脳裏に、苦い記憶が古ぼけたフィルムのように蘇る。
差し向けられたカメレオン型の魔術巨神〈メレオン〉、眼前に現れ炎上する内宮の乗った〈ウィングネオ〉、高笑いとともに現れた巨大な竜人型の魔術巨神。
ゴーワンを睨むエリィは無意識に口からギリ、と歯ぎしりを漏らした。
あのワニ人間のせいで内宮が死に、裕太が苦しんでいるという事実に悔しさと怒りがこみ上げる。
そして、油断をしていたとエリィは自らを責めた。
世間では突然現れた謎の勢力・黒竜王軍は壊滅し、何事もなかったという風潮が広がっている。
しかし、エリィたちは知っているのだ……黒竜王軍が健在であったことを。
(こんな人気の無い場所で決闘なんかしてたら、乱入されるに決まってるじゃないのぉ!)
彼女を突き動かしたのは責任感だった。
気がついた頃には、エリィは仰向けのジェイカイザーによじ登り、コックピットに飛び込んでいた。
『エリィどの!?』
「笠本くんもいない、エルフィスさんは黒焦げ……戦えるのはあたしだけなのよ!」
戦いへの恐怖に手を震わせながら、エリィは操縦レバーを握りしめた。
────Dパートへ続く