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第23話「新たな英傑、新たな力」【Aパート 傷心】

 【1】


「グレイ様……ですね?」

「喰らえっ!!」


 反射的に、グレイは焚き火から掴み取った鉄串を、声のする方へと投げつけた。

 突然赤熱した鉄の棒を投げつけられ、声の主が「ひゃあっ」と裏返った悲鳴をあげて尻餅をつく。


「ななな、何するんですか!?」


 チリチリと鉄串からつたった熱で雑草が黒ずむ中、グレイはもう一本鉄串を手に取って背後の何者かを威圧する。


「フン。俺に用があるやつなんぞ、警察か賞金目当てのロクでなしどもしかいない。ましてや、様付けで呼ばれるようなことなど一度もしちゃいないからな……む?」


 モゾモゾと起き上がろうとする刺客の格好に、グレイは言葉に詰まった。

 全身を覆う暗幕のような黒いローブ、鳥のクチバシにも似た下に垂れ下がった突起の付いた純白のペストマスク。

 ローブの端からはみ出る細い足も、厚手のタイツでも履いているのか暗黒に染まっていた。

 夜ならば迷彩になるであろうが、真っ昼間に着るには目立ちすぎる仮装をした人物に、グレイはほんの少しだけ興味を持った。


「そのふざけた格好は何だ?」

「ふざけたとは失礼ですね。これでも正装ですよ」

「どこの仮装パーティの正装かは知らんが、俺に何か用があるんだろう? ただし、ひと欠片でも敵意を出した瞬間、貴様の脳天にこいつが刺さることになる」

「そ、その容赦のなさもお父上にそっくりですね……」

「……父だと?」


 グレイには父と呼べる存在が二人いる。

 一人は育ての親。

 捨て子であったグレイや家族を養おうと、カネ目当てで愛国社に利用され終身刑となった人間。

 決して賢い人物だったとはいえないが、あれほど優しい人間をグレイは他に知らない。


 しかし、目の前の奇人が褒めたのは容赦のなさ。

 少なくとも育ての父に該当する評価点ではない。


「……まさか貴様、俺の生みの親を知っているのか?」

「はい、それはもう。我々の主、漆黒の王者であり竜を統べる者……黒竜王さまこそ、あなたのお父様でございます」


 黒竜王、という単語はグレイにも聞き覚えがあった。

 しかしそれは失われた過去の残滓などではなく、ごく最近に道端で拾った新聞から目に入った情報であるが。


 突如として世界中に現れた謎の武装勢力。

 黒竜王軍を名乗っていたそれらの軍勢は、各地の軍隊にものの数分で制圧され、首謀者と見られる黒い巨大なドラゴンが米軍に撃ち落とされたと同時に勢力を失ったという。


 その怪物が自分の父だというのは、ふざけた冗談にしか思えない。

 しかし、久々にマトモに話せる人間……とは確証のできないペストマスクを被った、この男とも女とも判別のつかない変人との会話は、不思議と不快ではなかった。

 敬意をもって話されることなど、今までになかったのもある。

 もう少し話を引っ張るために、話を合わせることにしたグレイは納得したような表情を顔に作った。


「それで、黒竜王の息子である俺に何の用だ?」

「率直に申し上げます。我らの軍を率い、光の勇者を打ち倒してください!」

「断る」

「ええっ!?」


 まるで断られることなど想定したかったかのような驚愕の声。

 突然現れた妙な人物からそのような怪しい勧誘を受けて、受けるわけがないだろう。

 考える時間が欲しい……とグレイが言おうとした瞬間、腹の虫がグゥ~と鳴り響いた。


「……お腹空いているんですか?」

「生きていれば腹も減るだろう」

「……そうだ! 我らの軍に来てくれればごちそうを毎日振る舞いますよ!!」

「よしわかった」

「即答!?」


 断っても驚愕し、肯定しても驚愕するとは失礼なやつだとグレイは思った。


 逃亡生活の中、もっとも大変なのは食料の確保である。

 無一文では店が利用できず、草むらや河川敷で虫や魚を採っては食べる生活をしていた。

 しかし、そんなホームレスめいた生活にも限界が来ていたのも事実。


「さあ、貴様の本拠地へと連れて行け。そして俺にメシを食わせろ!」

「い、いきなりグイグイ来るようになりましたね……。聞かなくて良いんですか? 光の勇者のこととか……」

「光の勇者とは、笠本裕太のことだろう? 奴のことなら、よく知っている」

「それは話が早い! 今、勇者を倒すための会議を進めてましてね」

「その必要はないぞ」

「え?」


「……奴は今、闘志が死んでいる」



 【2】


 エリィの目の前で鈍い打撃音と共に裕太の身体が宙に浮き、彼はグラウンドの上で尻餅をついた。

 裕太の前で食いしばった表情のまま、殴った衝撃で赤くなった手を抑えるのは、幼い顔立ちで背の低い少年。


「……なんで、姉さんを救ってくれへんかったとですか」


 絞り出したような関西弁の声調で、少年が静かに叫んだ。

 殴られた裕太は反論もせず、俯いたまま沈黙を続けている。


「あの場におったんはわかっとるんですよ! それなのになんで! なんで……!」

「それなら、あたしも同罪よ! あたしだって、何もできなかったのに……!!」


 少年──この前の黒竜王軍との戦いで消息不明となった内宮千秋の弟、内宮春人(はると)──がもう一度裕太を殴りつける前に、エリィは庇うように前に出た。


 仕方がない、しょうがないという言葉で片付けるのは簡単である。

 しかし、それはかけがえの無い存在を喪った人物には通じない。

 

 エリィが次の言葉を吐き出す前に、春人はるとは赤く腫れた拳を押さえながら、背を向けて走り去っていった。



 ※ ※ ※



「──ってことがあったのよぉ。それから笠本くんったら、家にこもってふさぎ込んじゃって……」

「そりゃあ、ボウズも災難だったなぁ」


 カーティスが椅子の上で頬杖をつきながら、同情するような表情で言った。


 内宮の弟に呼び出され殴られた一件の後、エリィは傷心の裕太と共に学校を早退した。

 本当は裕太の親友である進次郎やサツキにも相談したかったのだが、進次郎がタチの悪い風邪を引いてダウンしているので、看病するサツキ共々近寄れない状況である。

 そしてエリィは裕太を家に送り届けた後、暇になったので、すっかり集まり場と化したカーティスの家にふらりとやってきたのだった。


「私としても、早くご主人様には元気になってもらわなければなりませんと。なにせ洗濯ができませんし」

『私なんて早く帰れたから溜まったアニメを消化しようと思っていたのに』


 部屋の隅っこで正座して茶を飲むジュンナと、彼女が手に持つ携帯電話からジェイカイザーが好き勝手な不満を発する。


「……んで嬢ちゃんよ、なんであいつん家のロボメイドと腐れAIまで連れてきてんだよ」

「笠本くんったら、ひとりにしてくれって言って聞かなくって……」


 決して裕太を見捨てたわけではない。

 彼の落ち込みに呑まれてエリィまで落ち込んでしまっては、何も解決しないと考えてあえて要求を飲んだのだった。

 気分が滅入ってるときに一人で考えを整理する時間が必要なことは、知らないわけではなかったから。


「だからってよぉ」


 一人の時間を邪魔されるからか、カーティスのエリィ達に対する態度は邪険というカタチに変異しつつあった。

 喫茶店に場所を移そうかな、とエリィが考えていると、おもむろにジュンナが立ち上がる。


「この部屋に私がいて、何かしらあなたに利があれば良いんですね? でしたら、はいどうぞ」

「どうぞって……おほっ!!」


 ジュンナがメイド服のスカートの裾を掴んてたくし上げ、身につけた純白の下着をカーティスに見せつける。

 彼女の股に映える三角の布を、鼻の下を伸ばして凝視するカーティス。

 ジェイカイザーに至っては『待て! 私にも見せてくれ!』と醜い懇願をする始末。


「はい、おしまいです」

「ちょちょっと! もうちょっと見せてくれてもいいじゃねーか!」

「また1時間後くらいに見せてあげますよ?」

「しょーがねーなぁ。好きにしろい!」


 渋々了承したような風のセリフを吐きつつも、気持ちの悪いニヤついた顔をするカーティスに呆れるエリィ。

 しかし自分もかつて、カーティスに要求を通すために履いていた下着を渡した過去があるので強くツッコミを入れられないのもまた事実だった。



 ピリリリリリ。


 不意に鳴り始める携帯電話の着信音。

 一斉にポケットをパタパタと叩き、自分の携帯を探す3人。


「あ、ご主人様の携帯です」


 ジュンナがジェイカイザーが入った携帯電話を掲げてエリィに手渡した。

 画面に受話器マークの横に表示される文字には「オヤジ」の3文字。


「これ、多分ガイさんよね? あたしが出るわぁ。もしもし?」

「申す申す……おや? 番号間違えたでござるか?」

「あってるわよぉ。今、笠本くん落ち込んでるからあたしが代わり。要件があるなら笠本くんに伝えるけど」

「ううむ、拙者の英傑仲間をこの世界に呼び込んだのだが、道に迷っているらしいでござる」

「英傑仲間? ってことは向こうの世界の人?」

「そうでござる。それで拙者は仕事中ゆえ、勇者どのが手空きなら迎えに行ってもらいたかったのだが……」


 そういえば、とエリィは思い出した。

 黒竜王軍の活動が大きくなってきたら仲間を呼ぶぞ、とガイが息巻いていたような気がする。

 何度か退けているとはいえ、先月は自らが誘拐されるまでになったのだ。

 ガイがその危険性を憂うのも納得できる。

 

「じゃああたしが迎えに行くわぁ。それで、どんな人?」

「おお、助かるでござる。来た人物はエルフ族。二つ名は旋風の英傑でござるよ」

「エルフ族! ってことは耳長の?」

「耳は……そうでござるな、長いでござるよ。っと、そろそろ仕事に戻らねば。どこかの交番で保護されているらしいでござるから、頼んだでござるよ!」


 プツッという音とともに切れる通話。


「うふふ、エルフかぁ……!」


 エリィは密かに心躍っていた。

 エルフといえばファンタジーものでは馴染み深い耳の長い亜人種である。

 それがその目で見れるとなれば、胸を躍らせるのは当然である。

 普段はテレビや雑誌でしか見られない有名人に会うのと、その本質は似ている。


『私も連れて行ってくれ! もしも女エルフであればひと目見てみたいぞ!』

「煩悩だだ漏れねぇジェイカイザー。うふふっ、じゃあ行ってくるけど……ジュンナとカーティスさんは?」


 部屋を出かかりながら振り向いて訊くと、尋ねられたふたりは互いを指差し。


「またパンツ見せてもらわねぇと」

「また下着を見せないと」


「あっそ」


 呆れ顔を浮かべ、エリィはカーティスの家から飛び出した。



  ────Bパートへ続く

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