第20話「ふたりのオッサン ひとりの婦警」【Eパート オーバーフレーム】
【9】
足元の風景が町並みから草原、荒れ地に変わった辺りで敵の〈ウィング〉が高度を落とし始めた。
カーティスはこれを好機と捉え、空中で〈ヘリオン〉をキャリーフレーム形態へと変形させ、精密射撃モードに切り替える。
浮力を失ったことで高度が落ち始める機体の中、カーティスは照準に意識を集中させる。
コンピューターが落下速度、相対速度、風向きやその他弾道を乱れさせる要因を自動計算し、的確な位置に銃口が動く。
「そのまま動くんじゃねぇぞ……そこだ!!」
右腕の巨大レールガンから火線が走り、後を追うように弾丸が纏った電磁エネルギーが空気中に放出されていった。
放たれた鋼鉄の砲弾が飛行機形態の〈ウィング〉の底部を抉るように通り抜け、露出した機械類がスパークを起こして落下する。
墜落し、爆発で荒野にクレーターを形成する〈ウィング〉と〈ガブリン〉。
跡に残った球状のコックピットから、愛国社のパイロットが這い出るようにして逃げていく。
「逃がすかよ!」
そうは言うが、民間防衛の役目は犯人を捕まえることである。
生身の人間に向かって砲撃を浴びせては捕まえることもできないので、〈ヘリオン〉を着陸させるカーティス。
手づかみで逃げたパイロットを捕まえようと巨大な腕を伸ばしたその時、巨大な影が死角から〈ヘリオン〉を覆い尽くした。
「な……なんだこいつはっ!?」
※ ※ ※
「フッフッフ……アッハハハ!」
超巨大キャリーフレーム〈アドラース〉のコックピットの中で、内宮は思わず高笑いをした。
40メートル近い高度から相手を見下ろし、圧倒的質量で文字通り叩き潰す。
一方的に力を振るう、興奮と快感。
脳から溢れ出る快楽物質を一切抑えること無く、レバーを捻れば岩石が砕け、ペダルを踏めば大地が振動する。
逃げ惑うように、足元のキャリーフレームが地上を走る。
「訓馬はんもたまには粋なシチュエーションをくれるやないか!」
足元でニュイニュイ鳴きながら逃げ惑うネコドルフィンの姿に心が痛むが、それ以上に荒野で破壊を振り撒く気持ちよさに内宮は酔いしれていた。
※ ※ ※
「あれは一体……!?」
カーティス達を追っていたガイと富永も、遠方に見える異変に気づいていた。
キャリーフレームのゆうは4倍以上もある巨体を持つマシーン。
富永の脳裏に、かつて講習で聞いた「オーバーフレーム」という言葉がよぎった。
キャリーフレームの規格から大きく外れた、超大型マシーンを示すその言葉を。
「この世界にもあのように面妖な怪物がいるとは」
「ガイさん、えらく落ち着いているでありますね?」
「拙者とてタズム界で慣らした英傑。あれ程の巨体を持つ怪物とやりあったことは一度や二度ではござらんよ!」
「何やってんだお前ら! 高度を下げろ!!」
カーティスの〈ヘリオン〉から通信が来たと思うと、〈赤竜丸〉の右翼をビームが貫通していた。
そのビームが前方の巨体から放たれた対空ビームだと気づく頃には、〈赤竜丸〉は揚力バランスを崩してきりもみ落下をはじめていた。
「くっ! 富永どの、着地するでござるよ!」
「は、はいであります!」
空中に投げ出された状態でレバーをガチャガチャと操作し、姿勢制御を行い受け身を取る〈クロドーベル〉。
前転し衝撃を受け流し、コンソールをみてダメージが大きくないことをチェックし、富永は胸をなでおろす。
「だぁーっ!!」
その横で〈赤竜丸〉が激しく地面に激突したが、次の瞬間には機体の形に空いた穴から元気よく脱出したので見なかったふりをした。
謎のオーバーフレームが巨大な腕を振り上げ、押しつぶそうとしてきたのを横っ飛びで回避しながら富永はカーティスに通信を繋ぐ。
「カーティスさん、このオーバーフレームは一体なんでありますか!?」
「拠点防衛用の〈アドラース〉だ! 一定以上の高度を飛ぶと対空ビームに食われちまうぞ!」
名前が判明した〈アドラース〉の肩部から無数のミサイルが放たれる。
避けなければ、と富永が思うより早く傍らから飛び出た〈赤竜丸〉が一振りの剣──キャリーフレームサイズの巨大なもの──を地面に向かって振るった。
「炎魔術、火炎障壁!」
大地から炎が壁のように吹き上がり、その壁にぶつかったミサイルが次々と爆発する。
この場にガイがいなければ、死んでいたのではないかと富永は頬に冷たい汗を垂らした。
「無事でござるか!」
「は、はい! おかげさまであります!」
「おめーら呑気やってんじゃねぇぇぇ!」
遠くでひとりミサイルに追いかけられるカーティス機。
バーニアを吹かせて地表すれすれを飛行しながら〈ヘリオン〉が振り向き、頭部から放たれる機関砲で数発を迎撃、残ったミサイルは突き出ていた岩盤を蹴り反転することで片付ける。
ミサイルの直撃で粉砕された岩盤の横に着地する〈ヘリオン〉を見て、富永は(さすがもと米軍でありますね)とひとり感心していた。
「ごんどはこちらの番でござるよ! タアアァッ!」
剣を構えた〈赤竜丸〉が跳躍し、〈アドラース〉へと斬りかかった。
迎撃せんと飛んできた巨大な拳を踏みつけ、ガイの叫び声とともに剣撃が放たれる。
……が、しかし。
「まるで刃が立たんでござる~~~!!」
攻撃が分厚い装甲に阻まれ、対空レーザーをモロに食らった〈赤竜丸〉がまたも地面にクレーターを開ける。
富永も〈クロドーベル〉の手に持ったショックライフルで応戦するが、いくら当ててもまるで効いている様子がない。
カーティスが攻撃をしていないのも、おそらくは通用しないことがわかっているからだろう。
押せば巨大な鉄拳の餌食になり、退けば対空レーザーとミサイルの嵐を受ける。
(そうだ、あの子に聞けば……!)
どうにもならない状況で岸壁の陰に身を隠しながら、富永は藁にもすがる思いで携帯電話を取り出した。
【10】
ピロポロ、と可愛らしい音色が進次郎の部屋に響く。
裕太たちが一斉に辺りをキョロキョロと見回している内に、エリィは鳴っているのが自分の携帯電話だと気づいた。
「あ、あたしのが鳴ってるわぁ。もしもし、富永さん? ……ええっ!? 〈アドラース〉と戦ってるですってぇ!?」
エリィのオーバーな驚きように、裕太が何だ何だと覗き込んでくる。
裕太に微笑みのひとつでも贈りたいのを我慢し、エリィは落ち着いて富永の声に集中した。
「えっとでありますね。愛国社の罠にかかっちゃって誘い出されてしまったみたいなんであります!」
「それで、ガイのオヤジさんとカーティスがそこにいるのね? わかった、ちょっと待って!」
電話を切り、エリィは傍にあった紙とペンを取り出して計算を初めた。
カーティスの乗る〈ヘリオン〉と富永の〈クロドーベル〉、それとパワーは未知数だが〈赤竜丸〉の攻撃方法を頭に浮かべ、〈アドラース〉にダメージを与えられる攻撃がないかと数字で考える。
拠点防衛用オーバーフレームである〈アドラース〉は、動きこそ鈍重だが高火力のビームと無数のミサイル、それから巨体そのものが大きな武器となっている。
しかも機動性を犠牲にした分、装甲が分厚く強固なため並の武器では歯が立たない。
かつて、実際の戦争で用いられた際は工作員による内部からの破壊工作、あるいは巡航ミサイルと言った大火力の戦略兵器で押し切られて撃破された例がある。
心配そうに覗き込む裕太の顔をチラリと見る。
ジェイカイザーの攻撃なら、効くかもしれない。
いや、ビームセイバーとそれに匹敵する威力のジェイブレードならば、いかに頑強な装甲と言えど貫けるに違いない。
「笠本くん! 富永さんたちが危ないの! 助けに行きましょう!」
突然の頼みだったが、快く首を立てに振る裕太。
そういうところが、エリィが裕太にゾッコンな理由のひとつでもある。
「……さっきの話で事情はなんとなく察したよ。それで、どこに行けばいいんだ?」
「えっと……ここらへん」
富永の通話位置から割り出された場所を、携帯電話の画面に表示して指でさし示す。
今いる場所からあまりにも遠く離れた目的地に、裕太は顔に難色を示した。
「今からジェイカイザーで飛んでも間に合うかどうか……そうだ!」
裕太が振り返り、サツキにネコドルフィンを頭に載せられた進次郎へと声を張る。
「進次郎、お前のホバーボード……借りるぜ!」
「フッ、いいだ「ニュイ~」何度も言うがこれは「ニュイニュイ」万円するものだから大「たのしいニュイ」ええい貴様降りろ!!」
頭の上に乗っていたネコドルフィンの尾ビレを掴み、乱暴に放り投げる進次郎。
投げられたネコドルは床を数回ポインポインとバウンドしたあと「ひどいニュイ~!」とサツキに泣きついて頭をなでてもらっていた。
「サツキちゃん、人がかっこよく決めようとしているときは黙っていろと教えてやってくれ。……コホン。それ高いから、壊すなよ?」
2度も同じことを言うのが憚られたのか、それとも言おうとしていたことを忘れたのかは定かではないが、だいぶ短くなった進次郎のセリフに、裕太が頷いた。
壁にかかっていたホバーボードを手に掴み、外へと駆け出す裕太。
彼を追うように部屋を出るエリィ。
玄関先で裕太が浮かべたホバーボードに足を載せ、裕太の背中をエリィはギュッと掴んだ。
「行くぞ!!」
「うん!」
空気を切り裂く音を出しながら、ホバーボードが発進した。
────Fパートへ続く