第20話「ふたりのオッサン ひとりの婦警」【Cパート ガイと富永の午後】
【6】
公園のベンチに腰掛け、富永が手渡したペットボトルの蓋をひねるガイ。
「なっ!?」
開けた瞬間、プシュっと中身が少し吹き上がり、ガイが驚愕の表情を浮かべた。
コンビニから持ってくる時に走ってきたのが仇になったような。
「あっ、炭酸を買ってきたのはミスでありましたね……。そんなに驚くことでありましたか?」
「い、いや。このように暴れる水を見るのは初めてでのう。なるほど、冷たいのに泡立つとは不思議な飲み物でござるな」
冷静を取り戻し炭酸飲料を評するガイの言葉遣いがおかしくて、富永がクスリと笑みをこぼした。
「サイダーをそう言う人、初めて見たであります! そういえば、ガイさんと言ったでありますね? もしかして、この間大田原さんが言っていた異星人保護プログラムを受けた方でありますか?」
「富永どのは大田原殿下を知ってるでござるか?」
「知ってるも何も、私の所属する隊の隊長さんでありますからな」
「というと、富永どもも警邏機関のいち員ということでござるか。女だてらに平和のために戦っているとは、素晴らしい人物でござるな」
「……私は、そんな立派な人物じゃないであります」
ウンウンと頷き褒め称えるガイの言葉に、富永は目線を下げて表情を暗くした。
「実は、強盗に捕まった時すごく怖かったであります。頭が真っ白になって、無心で体を動かしたら訓練でやってた背負い投げが出たというか……。いつもは、張り切って行動しても失敗ばかりなんであります」
「いや、行動ができるというのは勇気があるということでござる。きっと、富永どのは自分の能力に自信が無いのでござろうか?」
「自信……でありますか?」
「拙者も幼いころ、剣の修業がうまく行かなかったことがあったでござる。がむしゃらに剣を振っても、一度も拙者の刃は師を捉えることはござらんかった。その時、拙者の師匠に言われたでござる。やる気があるのならば、成功する自分を信じろ……と」
「成功する自分を信じろ……」
「うまくやり遂げる自分を頭のなかに浮かべて、その通りに行動するのでござる。能力が伴っていれば、失敗することはない……というのが師の言葉でござった。富永どのも、活躍する自分を思い描いて動けば、きっとうまくいくはずでござる! 間違いないでござるよ!」
腕を振り上げて褒め、励ますガイの言葉を聞いて、富永は顔が熱くなった。
失敗した自分を見たことがない人物ゆえの評。
しかし、純粋に心から褒められるということに、富永は心の中が嬉しさでいっぱいになった。
「ありがとうであります。少し、元気が湧いてきたであります!!」
心の中に生まれつつある不思議な感情に富永は戸惑いつつも、感謝を笑顔に乗せ、言葉で伝える。
今日始めて会ったばかりなのに、富永はガイと一緒にいることに心地よさを感じていた。
「せ、拙者としても富永どのに色々してもらって嬉しいというか、なんというか……」
ガイの顔が同じように赤くなり、急にどぎまぎし始めた。
※ ※ ※
「あっれぇー? 富永ちゃんじゃねーの」
公園の外から聞こえてきた男の声に、ガイは我に返った。
富永が嫌そうな顔で声のした方へ振り返るのを見て、ガイは彼女を守るように前へ踏み出す。
「その男は誰だ……って、お前は朝っぱらの!」
「富永どのが嫌がって……ってそなたは朝の!」
ほぼ同時に驚きの声を上げる、ガイとカーティス。
2人の思いがけないやり取りにか、富永がキョトンとする。
「ガイさん、カーティスのことを知っているでありますか?」
「知っておるというか、今朝この男は公共物に八つ当たりをしていたでござるよ!」
「ちげーよ! ちょっとパチンコで苛立って、ゴミ箱を蹴っ飛ばしただけだっつーの!」
「それを八つ当たりと言うでござる!」
互いに眉間にしわを寄せながら、腕まくりをして向かう合うガイとカーティス。
「朝んときからムカついてたんだよなぁ。オレ様に説教しやがるとはよ!」
「何を言うでござるか! 人として恥ずべきことをしておきながら!」
「んだとゴラァ! こうなったらコブシで決着をつけようじゃねえか!」
「望むところでござるよ! 不届き者には仕置きのひとつぐらいせねばなるまい!」
今にも殴り掛かりそうな二人の間を、富永が「ケンカはいけないでありまぁす!!」と声を張り上げながら割って入った。
女性を殴る訳にはいかないと、振り上げた拳を引っ込める両者。
「わ、私は警官でありますよ! 喧嘩したら暴行罪とかで逮捕しなきゃいけないであります!」
「す、すまぬ富永どの。拙者思わず頭に血を……」
「ちっ。まあ逮捕されるよりはマシか」
舌打ちをしたカーティスは、そのまま背を向けて公園から去っていった。
嵐が過ぎ、ため息をつく富永が「根は悪い人じゃないんでありますけどねぇ……」とカーティスを庇うような発言をした意味が、ガイにはわからなかった。
【7】
女性への贈り物に困ったときは、花束を送るべし。
ガイが故郷で学んだことは、この世界では前時代的な発想だったかもしれない。
しかし、そのことについて疑問を抱くこと無く実行に移すことができるのは、ガイという男が純粋な心を持っていたからに過ぎないだろう。
(これを送れば、富永どのも喜ぶでござろう)
日曜日の昼間から、花束を手に持ち軽快な足取りで歩むガイ。
彼が富永のいる警察署に向かっている理由は、この世界での生活がうまく行っているかの経過報告のためである。
しかし昨日知り合い、手当をしてもらい、微笑みかけてくれた若い婦警にまた会えると思うと、ガイは心が弾まずにはいられなかった。
※ ※ ※
「はぁ~……」
事務室でため息を吐きながら、富永は今朝カーティスが解決した事件の調書を書いていた。
最近は一週間に1~2度ペースで起こるようになった、愛国社のテロ事件。
本来ならば大田原率いるクロドーベル隊が速やかに現場に急行し、事件を解決するのが理想である。
しかし、未だに主力である照瀬の骨折が完治していないためそれも叶わず、こうやって民間の協力者に報酬を与え続ける日々を送っている。
「富永ちゃーん、疲れたのなら肩でも揉んでやろうかい?」
「……あなたが相手じゃなければ疲れないんでありますがね」
「すまないなあ、オレ様ばっかり大活躍しちまってよぉ」
「はぁ……」
皮肉の通じないオールバックのアメリカ人に再度ため息をつく富永。
照瀬さんがいればこういう事務処理も分担できるんだけどなあ、と心のなかで弱音を吐いていると、ガチャリと扉の開く音がした。
「大田原さん……? あ、あなたは!」
「富永どの! 拙者から贈り物でござる!」
入ってきたガイに、突然花束を渡されて困惑する富永。
しかし、下心のない純粋な贈り物だと気づき、笑顔で「ありがとうであります!」とお礼を言うと、生真面目な作業着の騎士は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。
「えっと、たしかここらへんに花瓶が……」
花束を生けるのにちょうどいい大きさの花瓶を棚の上から取り出し、立てる。
殺風景だった部屋に彩りといい香りが生まれた。
「おうおう、何だおめえ。富永ちゃんに気があるのかぁ?」
まるで学生のような挑発を初めたカーティスに、ガイがムッと顰め面をする。
富永はもしかして、花束にそういう意味があったのかと、顔を赤らめた。
「ち、違うでござるよ! 決してやましい気持ちがあるわけではなく、昨日のお礼代わりにというか……」
「だろうな。オメェみたいな新参者が会って即、富永ちゃんのハートをゲットできるわけはねえ!」
「……私からすれば、カーティスさんも大して知り合ってからの日数は長くないんでありますがね」
「うぐぅっ……」
痛い現実を突かれて押し黙るカーティス。
実際その差は数週間と、人の付き合いの長さを競うにはあまりにも短すぎる差ではある。
再びにらみ合い、火花を散らすふたりに富永があたふたしていると、大田原が手に竹刀のような物を持ってあくびをしながら扉を開けた。
「ふわぁ~あ……あら? こいつぁ何事だ?」
「大田原さん! カーティスさんとガイさんが……」
「おお、大田原殿下! それは、もしや拙者の!」
食い気味に大田原の前に立ち、竹刀を受け取る作業着の騎士。
その竹刀はまるで銀メッキで塗装したかのように、刃の部分が鉄色に輝いていた。
「ガイさん、その竹刀はいったい何でありますか?」
「よくぞ聞いてくれた! この剣は大田原殿下に用意してもらった、〈赤竜丸〉召喚用の竹刀でござるよ!」
大田原の代わりに答えたガイが、竹刀の先端を天井に向ける。
「召喚用?」
富永は、大田原から伝聞で聞いていたことを思い出す。
ファンタジーのような世界からやってきたガイは、剣の魔力を使って魔術巨神と呼ばれる機体を異次元から呼び出すらしい。
にわかには信じがたいことではあるが、今の世の中は宇宙人が攻めてきたりジェイカイザーのような生きたロボットが存在するのだ。
いつの世も事実がフィクションを超えることが珍しくない今、信じる以外の選択肢はない。
「この世界では治安維持のため、ジューホウトーとかなんとか言う……」
「銃刀法ね」
「そうでござる! ジュウトーホーというのがあるゆえに、切れ味鋭い我が愛剣イグナーガは持ち歩くことが難しい。そこで、イグナーガを研磨して出た金属粉をコーティングした特別な竹刀を作ってもらったんでござるよ!」
粉末をコーティングするだけでその召喚という行為に支障はないのかと富永は一瞬思ったが、ドヤ顔をしている大田原と竹刀を掲げて顔を輝かせるガイを見ると、ツッコむ気は起きなかった。
ふと、先程から押し黙っているカーティスの方へと目を向ける。
メガネのレンズ越しに見えたカーティスは、放って置かれている現状に文句を言うまでもなく、まるで役所の受付で呼ばれるのを待っているかのように退屈をしていた。
彼が真にチンピラであるならば、このようなことはできないはずである。
日頃の行いこそよくないものの、こういうときはちゃんとし、困れば助けてくれるという人間性が、富永が彼を軽蔑できない理由であった。
────Dパートへ続く