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第20話「ふたりのオッサン ひとりの婦警」【Aパート 目覚めの騎士】


 【1】


 ジリリリリリ。


 6畳間の和室に、騒がしい鈴の音が響いた。

 布団に入ったまま手探りでその音を発する機械を探し、停止スイッチを押す。


「ふわぁぁ……、朝でござるか」


 目覚まし時計が黙り静寂を取り戻した部屋の真ん中で、ガイは薄い掛け布団を押しのけて、寝ぼけまなこを指でこすりながら重たい上半身を起こした。

 壁にかかっている日付表示つき時計には、今日が土曜日であることを指し示している。


 ここは異世界からやってきた騎士・ガイの住むアパートの一室。

 買い物袋に入ったままの食料と、綺麗に畳まれた衣服を除けば他には最低限の家電製品しかない部屋の中で、ガイは両手を上げてひとつ大きな欠伸あくびをした。


 この世界(ルアリ界)へと侵攻する黒竜王軍を止めるべく転移してはや1週間。

 まだ黒竜王軍が現れたという目立った報告もなく、ガイは学校の用務員という仕事に日々を費やしていた。

 しかし、いつか必ず黒竜王軍はやってくる。

 その時にこの世界を守るためにも、日々を堕落せずに過ごさなくては……と決意を固めるのがガイの朝の日課だった。


 まずは、とガイは部屋の隅のビニール袋に入ったままのカップ麺を取り出した。

 封を開け、中の粉スープを乾燥した麺にまぶし、窓際の隅に置かれている電気ポットのお湯を注ぐ。

 蓋を閉めて割り箸を乗せ、目を閉じて3分。

 再び蓋を開ければ、ホカホカの麺料理が出来上がり。


 ズルズルと音を立てて麺を口に入れ、舌鼓を打つ異世界の英傑。

 曰く、カップ麺は栄養バランスというのが悪いらしいが、これほど手軽で美味なものが食えるというだけでもこの世界に来た甲斐があったと、ガイは思っていた。



 【2】


「あー、クソッ!」


 苛立ちに任せて、道端のポリバケツに蹴りを入れるカーティス。

 しかし、思った以上に中身が重かったのかポリバケツはほぼ微動だにせず、自滅するかのように足を痛めただけの結果となった。


 彼がこれほどイラツイている理由はいくつかある。

 まずひとつは早朝から出向いたパチンコ店で10万円をあっさり吸われたこと。

 これについては財産面でのダメージは僅かではあるが、ものの数十分で財布の中身を素寒貧すかんぴんにされたことが不満だった。

 ふたつ目に不吉な黒い猫に目の前を横切られたこと、みっつ目にコンビニの女性店員に露骨に視線を外されたこと。


 ひとつひとつは些細な出来事であるが、その日その日を満足して暮らすことをモットーにしているカーティスにとって、連続した不運は世界に憎まれているかのように錯覚してしまう。

 大きな声とポリバケツを蹴る音に驚いたのか、側で寝ていた野生のネコドルフィンが「こわいニュイ~!」と鳴きながら飛び跳ね、逃げていった。


「こらそこの! 公共の物に八つ当たりとはけしからんでござるよ!」


 通りすがりに説教をかましてきた、この侍言葉の男──彼がガイだと知るのは先の話になるが──の存在も、カーティスの不運の一角であった。

 青いツナギで全身を包んだガタイのいい男に、カーティスはチンピラのごとく睨みを効かせる。


「んだよ、このオレ様に文句あんのかよ」

「文句も何も、皆が使うものを粗末に扱うのはいけない事でござる! さあさ、丁重に元に戻すでござる」


 蹴り飛ばしたことで位置が少しずれたポリバケツを指差すガイに、カーティスは殴りつけてやりたいという欲求に駆られた。

 しかし、そんなことをすれば反撃されて痛い目にも会い、警察沙汰になれば更に面倒なことになる。


「覚えてろよ!」


 衝動と理性のせめぎあいの中、カーティスが選んだのは捨て台詞とともに逃げ出すことだった。

 プライドよりもメンツよりも、少し先の自分が不快な思いをしていないかが、カーティスが何よりも大事に思うことだった。




 【3】


(ここルアリ界にも、あのような不届き者が蔓延はびこっておるとはな)


 東目芽ひがしめが高校の窓ガラスを綺麗に拭き取りながら、ガイは先程ポリバケツを蹴っ飛ばしていたガラの悪い男のことを思い出していた。

 平和で穏やかな世界だと思っていたのだが、やはりこの世界の人間にも良くない者が存在するようだ。

 黒竜王軍が襲撃した際には、人類全体が一致団結せねば勝つことは難しいだろうと考えているガイにとっては、今朝の出来事は十分に憂うべき事象だと感じられた。


(それにしても……)


 窓の外、学校の敷地外で土木作業に務める巨大機械、キャリーフレームに視線を向ける。

 ガイの故郷であるタズム界にも、あのような機械の巨人は存在した。

 しかしそれは巨大な魔物モンスターを倒すための防衛兵器でしかなく、あのように戦い以外のことに用いられているものは無い。

 それが平和の証なのか、ただ戦いというものを想定していないのは定かではない。


「オヤジ、おはよう」

「勇者どの。だから拙者は20代であるゆえにオヤジ呼ばわりは止めてほしいでござるよ」

「そう言うオヤジだって、俺のこと一方的に勇者って呼んでるじゃねーか」

「実際に勇者どのでござるからなあ」

「あのなぁ……」


 納得がいかないような表情をしながら教室へと入っていく裕太の背中を見つめるガイ。

 タズム界における英傑のひとり、閃光の二つ名を持つ聖騎士ユミエ。

 その息子である裕太の存在はガイにとって、この世界の希望そのものだった。


 ──光の勇者、笠本裕太。


 聖騎士の血を引き、正義感とただならぬ実力を持った彼こそが救世主になる存在だ。

 ガイは本気でそう思っていた。


「さて仕事仕事……うおっ」


 窓枠に立てかけていたハンドワイパーをつかもうとして、手が洗剤で塗れていたために床に落としてしまう。

 慌ててガイがしゃがみ拾おうとすると、細い腕がハンドワイパーを拾い上げ、ガイに手渡した。


「おっちゃん、落としたで」


 髪をサイドテールにまとめた糸目の少女──内宮にガイは「かたじけない」と古風な礼を言う。

 その様子がどこかおかしかったのか、少女は「ぷっ」と吹き出してその場でケラケラと笑いだした。


「……何かおかしなことをしたでござったか?」

「ハハハ、おっちゃんおもろい喋り方するんやな! いまどき時代劇でもそないな口調せえへんで」

「拙者の生まれ故郷で染み付いていた言葉遣いゆえ、どうにもこうにも……」

「堪忍な、方言みたいなんやったんか。まあ言うてもウチかて関西弁抜こ思うてもうまいこといかへんからなぁ」


 少女はしみじみとそう言うと、裕太が入っていった所の隣の教室へと去っていった。

 


 ※ ※ ※



 廊下でガイへの挨拶を終えた裕太は、教室でひとり古めかしい本を読んでいるエリィの姿に視線を奪われた。

 長い銀色の髪が朝日を反射し、静かに本を読みふける姿はまるでひとつの芸術だった。

 足音で気づいたのか、エリィが裕太の方を向いて嬉しそうにニヘェと表情をとろけさせる。


(静かにしていれば美人なんだけどな)


 心の中でそう思いながら裕太は自分の席に座り、後ろの席のエリィに振り返った。


「銀川、おはよう。何読んでるんだ?」

「えへへ、おはよぉ! これね、ガイさんがくれた黒竜王軍の使うマシーンの資料本だって。ねえ、これ見て!」


 パラパラと色あせたページをめくり、そのなかの1ページを指でさし示すエリィ。

 そこには、見覚えのある姿を描いた絵と、その傍らにカタカナで表記された「ザウル」の文字。


「〈ザウル〉……って何だっけ?」

「んもう、忘れちゃったのぉ? この前の……」


「この前の修学旅行の帰り道、大気圏突入をした時に戦った水金族の最終形態だな」


 上から本を覗き込むようにして、進次郎が言った。


「あーあー、そういやそうだったっけ。って進次郎いつの間に」

「まったく、朝から二人でイチャイチャイチャイチャと、周囲の目を気にするという気配りは貴様達には無いのか裕太」


 親しみを含めた嫌味を言いながらも、しっかり手は背後のサツキと握り合っている眼鏡をかけた天才に裕太は白い目線を送る。

 しかし進次郎は意にも介さないように片手で本を持ち上げると、表紙と裏表紙をみて眉をひそめた。


「……銀川さん、これ本当にあの男から受け取った書物なのか?」

「ええ、そうだけどぉ」

「表紙が日本語なんだが?」

「日本語が公用語なんだって」

「ファンタジー世界なのに?」

「うん」


 しかめっ面をしながら、裏表紙を指差す進次郎。


「価格1200円って書いてあるんだが?」

「人間の通貨は日本円なんだって」

「ファンタジー世界なのに?」

「うん」

「そうか……」


 幻滅したかのように本を置く天才。

 ガイ曰く、大昔に転移した日本人によって異世界(タズム界)で日本語が広められ、また別の日本人によって日本円が流通したらしい。

 というのも、ルールがしっかりした言語が無かったところに日本語が持ち込まれたのと、偽造通貨が問題になっていたところに偽造しにくい円が入ってきたとかいう話だ。

 幻想世界に夢を抱く進次郎の気持ちはわからなくはなかったが、現実にファンタジーがあったらこうなるものなんだなと裕太はひとり納得していた。


  ────Bパートへ続く


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