第17話「アメリカから来た男」【Hパート 決戦 VS強盗団】
【6】
足元を街が走り、草原が走り、高速道路の高架が通り過ぎていく。
重力制御がされているとはいえ、腕ひとつで〈クロドーベル〉の全体重を支えているという心細さを気にしつつ、なるべく前方に意識を集中させる。
ふと、空を飛んでまっすぐに目的地に向かうという今の状況に、裕太はジェイカイザーと出会ったあの日を思い出していた。
思えば、あの日から裕太の生活は変わったものだ。
キャリーフレームに乗るのを止めていた退屈な生活から、ジェイカイザーに乗って悪党を倒し収入を得る生活への変化。
大田原と再会し、サツキやジュンナ達との新しい出会い。
そして、母を傷つけた憎きキャリーフレーム、〈ナイトメア〉との最悪の再会。
裕太の心の障害となっている〈ナイトメア〉を倒せば、内に眠る鬱屈とした気持ちが消えるのだろうか。
もしかしたら、眠り続ける母が目覚めるかもしれない。
そんな淡い期待を懐きながら、裕太は操縦レバーを握る手に力を入れた。
──今は、強盗との戦いに集中しないと。
「ビビってんのか、ガキンチョ?」
強盗との戦いを前にし少し緊張していた裕太に、カーティスが小馬鹿にしたような声で通信を送ってきた。
「ガキンチョガキンチョ言うなよ。俺には笠本裕太って名前があるんだから」
「悪いが人の名前を覚えるのが苦手なんでね。戦いを前にして緊張するのは構わんが、俺の足を引っ張ることだけはするんじゃねえぞ」
「へっ、そっちこそ銀川を傷つけたら許さねえからな」
「オレ様にとっちゃ良いハンデだぜ。この嬢ちゃん程度守ってやらあ(ブッ)」
通信越しに小さく鳴った、短く汚い音。
「今の音って……」
「……すまん嬢ちゃん、屁をこいた」
「いやぁん!! すごく臭ぁい! ちょっとオジサン換気して、換気!」
「そもそもお前が勝手に乗り込まなきゃ良かっだだけの話だろうが! 少しくらい我慢しろぉ!」
泣き叫ぶエリィの声を聞いて苦笑いする裕太。
さっきチラッと〈ヘリオン〉の構造を見た感じだと、操縦席のすぐ後ろに人員運搬スペースがあり、エリィはそこに座っていたのだろう。
つまり、位置的にカーティスの尻から放たれたメタンガスを直撃したことになる。
裕太がエリィに同情しつつ、心の中でエンガチョをしていると、斜め下前方に飛行場のようなものが見えてきた。
「ガキンチョ。もうそろそろ飛行場だぞ」
「こっちでも確認した。高度を下げてくれ」
「よし! 嬢ちゃんはシートベルトをしっかり締めときな!」
「え、ええ!」
足元に広がる飛行場の滑走路めがけて〈ヘリオン〉が徐々に降りていく。
眼下には強盗が逃げた時に乗っていたトラックと、12機ほどの〈ガブリン〉の影。
「……オッサン、ただの強盗にしてはやけに多くないか?」
「報告書読んでなかったのか? 愛国社が裏で絡んでいるんだとよ。まったく、はた迷惑な連中だぜ! 行くぞガキンチョ!」
「おう!」
着地可能な高度になったことを確認し、裕太は取っ手を掴んだ手を離して一気に降下した。
※ ※ ※
裕太は操縦レバーを押し倒し、落下しながら腰部に備え付けられたリボルバーガンを〈クロドーベル〉の手に取らせ、狙いを定めて発射する。
しかし放たれた弾丸は落下の慣性もあって、狙った場所には着弾せずに飛行場のコンクリートに穴を開けるだけだった。
「……ダメだ、火器管制ないと当たりゃしねえ」
『まったく、日頃から私を蔑ろにするからこうなるのだ!』
「うるせえ。射撃がダメなら!」
滑走路の上に着地すると同時に、裕太は使い慣れた電磁警棒を抜く。
突然空から降ってきた警察のキャリーフレームに強盗の〈ガブリン〉が狼狽えてライフルを構えようとしている隙に、近くに立っていた1機に飛びかかった。
「……すげえ。めっちゃ操縦が軽い! やっぱジェイカイザー、お前のパーツ古すぎたんだよ」
『なんだと! たかだか20年の違いではないか!』
「それが大事だって言ってんだろうが、よ!」
ライフルの発射体制に入った〈ガブリン〉に、先程仕留めた機体を盾にしつつ接近する。
連中の使う〈ガブリン〉がコックピットを保護する時間停止防壁を装備していることはわかっているので、多少乱暴に扱っても搭乗員に危険はない。
裕太の背後から襲いかかろうとしてきた敵機に、盾にしていた機体を投げつけつつ警棒で正面の1機を機能停止させた。
『裕太、右だ!』
「くっ!!」
ジェイカイザーに言われて右を見ると、キャリーフレーム用のナイフを手にした〈ガブリン〉が今まさに斬りかかろうとしていた。
しかし、そのナイフが振り下ろされることはなく、上空から放たれた空気の塊が直撃したことによって周囲の数機を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
「オッサン、ナイス!」
「ガキンチョもやるじゃねえか!」
地上に降り立った〈ヘリオン〉が接近してくる〈ガブリン〉を巨大な砲身で横薙ぎに殴り抜けて弾き飛ばし、倒れたところにレールガンをぶっ放しとどめを刺す。
裕太も負けじと、次々とナイフを手に持ち斬りかかってくる連中を警棒でいなし、1機ずつ機能停止させていく。
数だけで見れば圧倒的に振りな状態から、不意打ちという状況と各人の操縦技能で覆した裕太とカーティス。
あっという間に強盗団のキャリーフレームを全滅させた裕太は、最後の〈ガブリン〉の首元から警棒を引き抜いた。
「これで最後か……」
『裕太! 飛行機が飛び立とうとしているぞ!』
「何っ!」
レーダーを元に滑走路の方を見ると、既に小さなセスナ機が走り出しているところだった。
裕太が追いかけようとペダルを踏もうとしたが、それよりも早くカーティスの〈ヘリオン〉がヘリコプター携帯に変形してそのセスナ機を空中から追う。
翼に揚力を得て地上から離れるセスナ機。
次の瞬間、その小さな機体はキャリーフレーム形態へと変形した〈ヘリオン〉に掴まれその翼をへし折られていた。
「ったく、どさくさ紛れで逃げ出そうったあふてえやつだぜ!」
カーティスが〈ヘリオン〉の指でセスナ機のドアを強引に開けると、操縦していた強盗の一人と現金が入ったアタッシュケースがゴロゴロと滑走路に落ちた。
───Iパートへ続く