第17話「アメリカから来た男」【Gパート 出撃、クロドーベル!】
【5】
3番格納庫を守る半開きになった扉を押し開け、中に入る裕太。
内部は薄暗いが綺麗に整頓され、頻繁に人が出入りしていることが見て取れる。
そして、裕太の眼前にそびえ立つ1機のキャリーフレーム〈クロドーベル〉。
一人で調整をしていたのか、コックピットから降りてきた作業着姿のトマスが裕太を見て駆け寄った。
「トマスさん、こいつって……!」
「ああ。この〈クロドーベル〉は笠本由美江さんの……君のお母さんの乗っていた機体ですよ。いつか帰ってきたときのために、修理してずっと整備をし続けていたんです。いつでも使えますよ!」
「……ありがとう、トマスさん」
「お礼を言うなら大田原さんに言ってください。じゃあ、僕はこれで」
格納庫から去っていくトマスの背中を見送り、裕太は母の〈クロドーベル〉へと乗り込んだ。
起動キーを差し込み、エンジンを始動させる。
操縦レバーを握り、神経を接続。
灯るモニターに気持ちを高ぶらせ、ペダルを踏んで格納庫の外へと一歩いっぽ前進させる。
『むむむ、私がいないのに動くのは気味が悪いな』
「これが普通なんだよ、これが。そうかこれが……この景色が母さんが仕事で見ていた風景なのか」
母の面影をパイロットシートに感じながら熱い思いがこみ上げた裕太は、モニター越しに陽の光を浴びた。
その眩しさに一瞬目をくらませながらも、感傷に浸っていた裕太であったが、その気分はすぐに抜け落ちた。
その原因は視界に入った奇妙な動きをするカーティスの姿である。
ズボンのポケットを裏返し、着ていたジャケットでバサバサと虚空を扇ぐカーティスに、裕太はたまらず声をかけた。
「おいオッサン。人がせっかく身内の機体に乗って感動的な気分に浸っているのに何やってんだ?」
「起動キーが見つかんねぇんだよ!! あっれーどこやっちまったかなぁーアハハハハーー!!?」
焦りの汗を吹き出しながら変な笑い声を上げるカーティスに、冷ややかな視線を送る裕太。
放置して現場に向かいたい気持ちが湧くものの、〈ヘリオン〉の飛行能力に頼ろうと思っていたのでそれも出来ず、仕方なくその場で立ち止まる。
挙句の果てにカーティスが肌着まで脱ごうとし始め、近くにいたエリィが顔を手で覆ったタイミングで、大田原が乾いた笑いを浮かべながら小走りで駆け寄った。
「悪い悪いカーティスさんよ。預かっていた鍵を返しそびれてた」
「あーよかった~……じゃねえ! まったく、しっかりしてくれよなポリスさんよぉ……」
脱ぎかけてたシャツを着直し、ジャケットを羽織ったカーティスは奪い取るようにキーを受け取ると、そのまま〈ヘリオン〉のコックピットに乗り込んだ。
そして、まるで当たり前のようにその後に続いて乗り込もうとするエリィ。
「おい嬢ちゃん! なんでお前たちまでついてくるんだよ、降りろ!」
「ケチねぇ。あたしは笠本くんのサポーターよ! 敵のキャリーフレームについて助言をしてあげないと!」
「銀川、そう言ってお前〈ヘリオン〉に乗ってみたいだけじゃないのか?」
裕太に指摘され、露骨に目を泳がせて視線をそらすエリィ。
カーティスも呆れ顔をしながらも降ろすのが面倒くさいと思ったのか、入り込んだエリィを追い出そうとせずにパイロットーシートに座り込んだ。
そしてコックピットハッチが閉じると、〈ヘリオン〉のプロペラ・メインローターが回転を始め、〈クロドーベル〉の頭頂部くらいの高さまで浮かび上がった。
と同時にカーティスからの通信が入り、粗暴で太い声がコックピットに響き渡る。
「ガキンチョ。〈ヘリオン〉の底に取っ手が見えるだろ。そいつに捕まりな、目的地まで輸送してやるよ」
「わかった。この取っ手だな? ……手で掴むだけってすっげえ不安なんだが、指が折れたりしないか?」
「心配するな。こいつはローターと重力制御で飛行するキャリーフレームだからな。効果範囲内にいる間は大丈夫だ」
説明を聞いても不安が拭えないものの、裕太はカーティスを信じて操縦レバーをグッと倒し、〈クロドーベル〉に取っ手を掴ませた。
そして〈ヘリオン〉が上昇すると、〈クロドーベル〉の足が大地を離れぶら下がる形で浮かび上がる。
「ご主人様、ご無事で」
「ああジュンナ、行ってくる!」
眼下で手を振るジュンナに、笑顔で返す裕太。
ジュンナの隣に立っていた進次郎も、飛び立つ裕太に声を送る。
「そうだ裕太、大田原さんから伝言だ。その機体、壊したら弁償だとさ」
「あのなあ進次郎、そういうのはやりづらくなるから後で……ってもう聞こえてないか」
地面が遥か下になった辺りで、裕太は視線を前方に戻した。
───Hパートへ続く