第17話「アメリカから来た男」【Eパート 強盗の暗号文】
【4】
「ったく、やっと終わったぜ。あの強盗の野郎ども、よくもオレ様をハメてくれやがったな……!」
取調室から出てきたカーティスが、憂さ晴らしをするかのように乱暴にソファーへと座り込んだ。
逮捕されかけたことに関しては、あの強盗団の罠にハメられたと思っているみたいで、勝手に怒り額に青筋を立てている。
富永が「お茶であります」と湯呑みを差し出すと、カーティスは乱暴にそれをひっつかみ、そのまま一気に中身を飲み干した。
進次郎とは違う、どう見ても金持ちに見えない粗暴な言動のカーティスに、裕太は少し興味が湧いた。
「……そこのガキンチョ。お前、ケガしてるのか?」
ふと目があったカーティスが、裕太の額に巻いた包帯を指差して言った。
自分が包帯をしていることをすっかり忘れていた裕太は、指さされた額を抑えて、改めて自分がケガをしていることを思い出す。
「ええと、数日前に埠頭でキャリーフレーム戦をして……」
「埠頭でキャリーフレーム戦だと? ってことはあの戦いでやられちまった珍妙なロボのパイロットはお前だったのか」
「ちょっと待ってぇ。どうしてあの戦いのことをあなたが知ってるのかしら? ニュースにはなってなかったはずよ」
この場に生まれた一番の疑問を、すぐさまエリィが尋ねる。
しかし、カーティスはその質問に対し、当たり前だろといった態度で返答をした。
「実はあの場に俺もいたんだよ。〈ヘリオン〉で遊覧飛行してた通り道で、急にドンパチ始まったからな。それで近くの丘に降りてちと観戦をな」
「……見てたんだったら、笠本くんを助けてくれたらよかったのにぃ」
「そうもいかんだろ、タイマン勝負を邪魔してとばっちりを受けるなんてバカな真似はしたくねえからよ。ま、それよりも今はあの強盗の連中だ。婦警さんよ、強盗の行き先を知りゃあせんかね? ほれほれぇ」
そう言いながら、まるで手慣れたようなスムーズな動きでカーティスの手が富永の尻をなぞるように這わせる。
その瞬間に富永はビクンと一瞬ハネた後に背筋を伸ばし、顔を真っ赤にして怒り出した。
「うひゃあぁっ!? いっ……今し……おしり……!?」
「うーん。硬すぎず柔らかすぎず、素直でいて癖のない良い尻だ」
「私のお尻を冷静に批評しないでくださいであります!!」
顎に手を当て尻の感触を批評するカーティスの頭を平手でバシバシと叩く富永。
取調室から出てきた大田原が、二人の間に割り込むように現れてうんうんと大きく頷いた。
「カーティスさん、いい審美眼をしているな。俺も富永は光るものがあると思っていたのさ」
「大田原さん!!」
「冗談だよ富永。冗談だからその振り上げた灰皿を降ろしてくれ。それは死ねる」
サスペンスドラマの犯行シーンに使われそうな巨大灰皿を持った富永を、冷静な表情ながらも押さえつける大田原の滑稽な姿に、裕太は思わず苦笑した。
大人げない押し合いをしている内に、大田原が手に持っていたクリアファイルが手を離れてふわりと床に落ち、中に入っていた紙束が床に散らばった。
カーティスは自分が巻いた種による騒動に目もくれず、紙束を拾い上げてテーブルに広げた。
「なになに、オレ様をハメた強盗の手がかりだって? どれどれ……」
ソファーに座ってくつろいでいた裕太たちも、覗き込むようにテーブルの上の書類に注目する。
数枚の書類の内、一枚を除いては強盗とのキャリーフレーム戦に関しての報告書。
そして残る一枚は──
「【集合場所は〈ドゥワウフ〉の射撃場付近】……? これが捕まった強盗一味が持ってた情報か?」
「そ、そうでありますね! 彼らの持っていた携帯電話のメールに残されていた、文面であります! しかし、具体的な場所が不明であります!」
未だに大田原と押し合いをしている富永から説明を受けて、顎に手を当ててウームと考え込み始めるカーティス。
裕太も少し考えてみたが、答えが思い浮かばなかったのですぐに思考を放棄した。
そんな態度が鼻についたのか、カーティスが眉間にシワを寄せながら威圧するように顔を近づける。
「おいこら、ガキンチョども。お前らも一緒に考えるんだよ」
「笠本くん、付き合う必要は無いわよぉ」
「そうですねご主人様。そもそもこの人の弁護は終わったのですから長居は無用では。本来の目的である誕生日プレゼントの購入に戻るのが得策かと」
「それもそうだな。それじゃあ後は──」
立ち上がろうとした裕太は、カーティスが懐からスッと取り出して机の上に置いた物体に視線を奪われた。
紙の帯でまとめられた、1万円札の束。
その枚数はパット見でも10枚以上あるように見える。
「あーあ、手伝ってくれたらお小遣いをやろうと思ったんだがなあ」
「喜んで手伝わせていただきます!! さーてこの暗号は何を表してんだろうなぁー!」
掠め取るように札束をつかみ、裕太がクルリと掌を返すと、帰る気満々だったエリィがその場でズッこけた。
何事も金を持っている者には従うものである。
裕太の態度を見てか、進次郎が呆れのこもったため息を大きく吐く。
「まったく、裕太は仕方がないな。ま、僕の天才的頭脳も暗号と強盗たちの顛末には興味があるから付き合ってやろうではないか。その代わり、その金であとで何かおごれよ、裕太」
「あたしにも奢って~! ブイメーの特大パフェでいいからぁ!」
「あ、ああ……それくらいなら良いよ。さて」
割りとノリの良い進次郎とエリィの要求を快く快諾し、再び書類の暗号に望む裕太。
ようやく灰皿を取り上げ、取り返そうとジャンプする富永をからかう大田原に裕太は思いついた回答をぶつけてみた。
「大田原さん。自衛隊の射撃演習場ってことはないですよね?」
「無いな。ここから距離がありすぎるし、そこに集合してからの経路も考えつかん」
「だよなぁ……」
安直な回答を否定され、再び思考モードに戻る裕太。
……しかし、考えれば考えるほど、ますますその意味がわからなくなってくる。
こういった暗号はだいたい、ヒントとなるキーワードや記号などがあるのが定石だ。
だがそういうものもなく、短文で済まされたこの暗号は取っ掛かりとなる手がかりさえ見つからない。
考えすぎて額の傷が痛くなってきた裕太はソファーの背もたれに思いっきり寄りかかり、そのまま頭を後ろに倒してやる気なく思考を放棄した。
───Fパートへ続く