第16話「ライバル登場 鮮血の埠頭!」【Cパート 流血の決着】
「そう、あれは8年前……」
「隙あり!」
「ぐああっ!?」
パイロットが足を止めて語りだした〈ナイトメア〉の胴体に真っ直ぐストレートを放つジェイカイザー。
全く構えをしていなかった〈ナイトメア〉はそのまま後方へと倒れ込み、凹んでいたコンテナを真っ二つにするように倒れて辺りに地響きを立てた。
その衝撃で逃げ回っていたネコドルフィンたちが「ニュイ~」と鳴きながら、辺りに吹っ飛んで海にポチャポチャと落ちていく。
「おのれ、笠本裕太! 人が回想をしている時に攻撃をするなど!!(モグモグ)」
「回想もクソもあるか、戦闘中に飯食いやがって!!」
「やまみもまめまみまみめもめん!!」
「早く飲み込め!」
「(ゴクン)やはり貴様は生かしておけん! 空腹というリミッターを解除した俺の恐ろしさ、思い知れ!」
男がそう言うと、〈ナイトメア〉が再び一瞬で姿を消した。
目視と聴覚を頼りにその動きを追おうとするが、死角から放たれた体当たりにジェイカイザーはバランスを崩してしまう。
「なっ……クソッ!」
「笠本くん、後ろ!!」
「何だ銀川……ぐあっ!?」
崩した体勢を立て直そうとした瞬間〈ナイトメア〉が背後を取り、ジェイカイザーの片腕を掴み、側のコンテナに押し付けた。
コンテナの外装がメキメキと音を立てる中、裕太は抵抗しようとレバーをガチャガチャと闇雲に動かすが、押さえつける〈ナイトメア〉にパワー負けしているのか、完全に身動きを封じられていた。
『う、動けん!?』
「……しまった、このままじゃ!」
「ハーッハッハッハ! これで心置きなくできるというものだ!」
「笠本くん!?」
外でエリィの心配そうな叫びがこだまする中、押さえつけられたジェイカイザーの腕がミシミシと音を立てる。
裕太はこの状況を脱するためのアイデアがないか思考を回転させるが、〈ナイトメア〉への怒りで頭に血が昇っている状態では、冷静な思考などできるはずもなかった。
「何をする……つもりだ!?」
「そう、あれは8年前……」
「……回想するために押さえつけたのかよ!!」
裕太がツッコむのも意に介さず、男は淡々と話し始めた。
「8年前、俺は年少フレームファイト選手として華々しい活躍をしていた。最年少のプロ入りも目前だった。プロになれば、孤児の俺を育ててくれた貧しい両親に楽をさせてやれると、そのときは思っていた」
「……」
男の回想を黙って聞く裕太。
話を聞いているうちに、何かこの状況を脱せるチャンスが来るかもしれないと思い、自ら冷静さを取り戻そうとしていた。
「しかし、そんなある日。全国大会をかけた地方大会の一戦目で俺は敗北した……笠本裕太、貴様にだ! その敗北により世間の目は俺よりも貴様に向くようになり、俺のプロ入りも初戦敗退という失態がもとで帳消しに!! 俺の名を、氷室グレイという名を忘れたとは言わせんぞ!」
「ごめん、覚えていない」
「貴様ァッ!!」
裕太の即答に激昂したグレイは、ジェイカイザーを締め上げる〈ナイトメア〉の力を強めた。
掴まれた腕が半壊し、ジェイカイザーが『ぐおおおっ!』と苦悶の声を上げる。
「それって、笠本くんに対する逆恨みじゃないのよぉ!」
「否、断じて否ぁっ! プロへの道が絶たれた俺の家族に後はなかった! 挙句に父は金のために愛国社へと下り、この〈ナイトメア〉で暴れさせられているところを貴様の母親らによって取り押さえられ裁判で極刑! 俺の母は借金取りに追われる生活を苦に自ら命を絶った! そう……笠本裕太、貴様のせいで母は死に父は終身刑! おまけに俺は極貧生活だ!!」
「知るか……よっ!!」
裕太は、掴まれていない方のジェイカイザーの腕に握らせた警棒で、〈ナイトメア〉の肩を突き刺した。
そのまま、不意の攻撃を受けて力の緩んだ〈ナイトメア〉を全身で突き飛ばし、押さえつけられていた状態から脱することに成功する。
「その話が本当だとしても、俺はここでやられるわけにはいかない。それに、そのキャリーフレームは、俺の母さんの仇だ!」
「フン! 互いに因縁のある同士、決着をつけるぞ! 笠本裕太ァッ!」
ほぼ同時に、ジェイカイザーと〈ナイトメア〉が足を踏み出した。
ナイトメアの鋭利な手刀がジェイカイザーめがけて放たれる。
それを咄嗟に腕で受け流し、カウンター気味に警棒を突き出すジェイカイザー。
しかし、締め上げられていた方の腕で防ごうとしたのが悪手だった。
半壊した腕は手刀を受けて切断され、肘から先の部分がコンクリートの地面に音を立てて落下する。
その反動で姿勢を崩すジェイカイザーの警棒は虚しく空を突き、〈ナイトメア〉に掴まれてそのままへし折られてしまった。
そしてジェイカイザーのコックピットを狙って、鋭い手刀がまっすぐに伸びて来る。
咄嗟に、無意識にジェイカイザーの身体を横にずらそうとペダルを踏み込む裕太。
しかし回避距離が足りず、コックピットハッチを貫いた〈ナイトメア〉の腕が、裕太の座るシートのすぐ脇を通り過ぎていった。
「ッ……!?」
破壊された装甲板の破片がコックピット内で跳ね回り、裕太の額に一筋の傷をつけた。
目元に垂れてくる自分の血で、視界が徐々に赤く染まり、不明瞭になっていく。
「トドメだ、笠本裕太!! ……むっ!?」
「大丈夫か笠本の小僧! そこのキャリーフレーム、今すぐに戦闘を止めておとなしくしろ!」
耳に聞こえてくる照瀬の声。
エリィが通報してくれたのか、周辺を通りがかった人が読んでくれたのか定かではない。
しかし、ポッカリとコックピットに開いた穴越しに〈クロドーベル〉の姿がぼやけて見えていた。
ジェイカイザーにとどめを刺す手を止めた〈ナイトメア〉は、〈クロドーベル〉の方へと向き直り、手刀の構えを取った。
抵抗の意思ありと判断したのか、〈クロドーベル〉も警棒を手に持ち戦闘態勢に入る。
「照瀬さん、ダメだ……そいつには……!」
裕太でも反応しきれないほどの素早さを持つ〈ナイトメア〉に、〈クロドーベル〉で勝てるはずがない。
朦朧とする意識の中で必至に声を絞り出そうと口を開く。
しかし、すでに裕太の声は外に届かなくなっていた。
外部に音声を出すマイクは大破し、スピーカー部分に至っては先程の攻撃で綺麗にくり抜かれている。
飛びかかる〈クロドーベル〉と、迎え撃つ〈ナイトメア〉。
次の瞬間、裕太の目に映ったのはまっすぐに伸ばされた〈ナイトメア〉の腕が〈クロドーベル〉の胴体を貫き、その指先に赤い液体を滴らせている光景だった。
同時に遠くの方から複数のパトカーのサイレン音が鳴り響き、その音が徐々に近づいてくる。
「ちっ……邪魔に入られたか。笠本裕太、次に合った時には必ず息の根を止めてやるぞ!!」
グレイがそう叫んだ後、〈ナイトメア〉は腕を〈クロドーベル〉から引き抜き、そのまま海へと飛び込みその姿を消した。
埠頭には、いつの間にか降り出した雨の音とパトカーのサイレン音、そしてエリィの悲鳴だけが響き渡っていた。
───Dパートへ続く