第15話「裕太のいない日」【Cパート 姉妹ごっこ】
【4】
通常の授業が終わり、部活に向かう生徒と帰宅部の生徒が入り交じる下校時間。
引っ越して間もない例の彼女は、まだ部活に所属していないらしい。
……という情報をサツキは他の水金族から得たらしく、エリィと進次郎を加えた三人で一緒に校門で待ち伏せをする。
しばらく待っていると、下校する大勢の生徒の中に、あの娘の姿を見つけた。
「こんにちは。少しお茶しませんか?」
「あっ……」
校門の陰から飛び出したサツキに声をかけられた彼女は、少し表情を曇らせた。
不安げな顔をする彼女に、サツキが心配そうな顔で優しく問いかける。
「もしかして、今すぐ帰らなきゃ用事がありますか?」
「えっと、そんなわけじゃない。……大丈夫、私も聞きたいことがあるから」
「よし、話はついたな」
「ねぇ、立ち話も何だから喫茶店でお話しましょうよぉ」
エリィがそう提案すると、サツキと進次郎が顔を見合わせて頷いた。
「はい、エリィちゃんにはリンゴジュース。進次郎くんはコーヒーで、サツキさんはコーラ。新しい子はオレンジジュースっと」
「美崎さん、ありがとー」
とりあえず話をするために喫茶店「ブイメー」を訪れたエリィ達。
ウェイトレスの美崎が、注文のジュースをテキパキと配り終えたところでサツキの妹(?)に向き直る。
最初に自己紹介でもと、エリィが口を開こうとしたところで、先に彼女の方が口を開いた。
「えっと、私は一年生の栗原綾香といいます。率直に聞きますが……あなたは、私のお姉ちゃんのドッペルゲンガーですかっ!?」
「ドッ……?」
「ドッペルゲンガーですよドッペルゲンガー! 自分と同じ姿の人物がいて、その姿を見ると死んでしまうってやつです! お姉ちゃんそっくりだから間違いないと思うですけど……あれ、でもドッペルゲンガーって自分をそうだという自覚ってあるのかな? あれあれ?」
早口でまくし立てて、勝手に悩み始めた綾香にあっけにとられる三人。
サツキに至っては珍しくうろたえて「えっとえっと」と話の切り出し方に悩んでいるようだった。
困り顔で固まっていることを察したのか、慌てたように綾香が「すみません」と頭を下げる。
「私、こういうオカルトな話が大好きで、ついつい話しすぎちゃった……」
「へぇ、綾香ちゃんってオカルトが好きなのねぇ」
「はい! 幽霊が出る廃墟とか、空を飛ぶUFOとか、そういうの大好きなんです! UFOといえば最近だとアダムスキー型円盤がアメリカの方で……」
スイッチが入ったように早口でUFOのうんちくを垂れ流し始めた綾香。
先程まで空気だった進次郎が「うおっほん」と咳払いをして場を改めると、やっともとの話を切り出すタイミングを得られた。
テーブル越しにサツキがずいっと身を乗り出しながら、勢い良く綾香に質問をする。
「えっと、綾香さん! あなたのお姉さんって私に似ているんですか?」
「そっくりですよ、そっくり! 瓜二つと言っても良いかもしれません! といってもお姉ちゃんは5年前に飛行機事故で死んじゃったんだけど……あれ、なんだか涙が……」
突然ポロポロと涙を流し始めた綾香は、エリィがとっさに手渡したハンカチでそっと涙を拭った。
数秒すすり泣いたあと、涙目のまま無理やりに笑顔を作って顔を上げる綾香。
「ごめんなさい。お葬式の時にもう泣かないって決めたのに……なんだかサツキさんと話していると、成長したお姉ちゃんと話しているような気分になっちゃって……」
「綾香さん……」
しばし無言で見つめ合うサツキと綾香。
口を挟めない空気であるものの、ここでどう話を切り出したものかとエリィが考えていると、進次郎がメガネを反射させながら「クックック……」と気味の悪い笑い声をこぼし始めた。
「この天才の僕は良き方法を思いついたぞ! サツキちゃんと綾香さんは今日いちにち、姉妹ごっこをすればいい!」
「し、姉妹ごっこ!?」
「そう。サツキちゃんは綾香さんを『綾香』と呼ぶ、綾香さんはサツキちゃんを『お姉ちゃん』と呼ぶ。フハハ、どうだいい考えだろう!」
それはなんの解決にもなっていないのでは……、とエリィは首を傾げた。
しかし、当のふたりは顔を赤らめながら「サツキお姉ちゃん……!」「あ、綾香……!」と進次郎の言うとおりに呼び合い、恥ずかしがりながらも笑顔を向けあっていた。
「よーし! これでふたりは姉と妹の関係だ! 今日は僕のおごりでパーッと遊ぶといい! ハーッハッハッハ!」
高笑いをしながら領収書を片手にレジへと向かう進次郎。
傍から見ればあまりにも滑稽なその後ろ姿に、綾香はくすくすと笑みを零した。
「あはは、サツキお姉ちゃんの彼氏さんって面白い人だね」
「そ、そんな……まだ進次郎さんは彼氏さんではないですよー」
「うそー! もう付き合ってるみたいなものじゃん、このこのー!」
もう姉妹ごっこに慣れたのか、実の姉にするようにサツキのほっぺたをプニプニとつつく綾香。
この状況に困惑しているのは自分だけか、と感じたエリィは綾香の手を握り笑顔を向けた。
「あたし、銀川エリィ。綾香さん、よろしくねぇ!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
屈託のない笑顔で、綾香はそう返した。
───Dパートへ続く