第14話「メイド・イン・パニック」【Fパート メイド漫才】
【6】
……一方その頃。
リビングでサツキとくつろいでいたエリィは、横目で岡野がジュンナをしごいている様子をじっと見ていた。
岡野が窓のサッシをそっと指でなぞり、指先についた埃をこれみよがしにフッと息で吹き飛ばす。
「なんですか、これは! まだホコリが残っているじゃないですか!!」
「す、すみません……!」
語気を荒らげる岡野にペコペコと謝るジュンナの姿を見て、エリィは呆れの表情をその顔に浮かべてサツキの方へ視線を移す。
「なぁんか、メイドの先生というより嫌味な姑みたいになってるわねぇ」
「姑というのは、奥さんから見た旦那さんのお母さんですよね? つまり私的には進次郎さんのお母様……!」
「金海さん、本当に岸辺くんのこと好きなのねぇ」
「好きという感情はよく理解していませんが、私は愛というものを知るためのパートナーとして進次郎さんのことはとても気に入ってます!」
「それが好きってことなのよぉ。あたしだって笠本くんと……うふふ♥ あら?」
エリィがうっとりしていると、机の下から黄色い物体がモゾモゾと這い出るのが見えた。
その物体は前身をバネのように曲げてぴょーんと跳ね上がると、サツキの頭の上に乗って鳴き声をあげた。
「ニュイ~」
「あ、ネコドルフィンだ。懐かしいわぁ~」
エリィが膝をポンポンと叩いて「おいで」と言うと、サツキの頭の上のネコドルフィンはぴょんと飛び降りて、エリィの膝にゆったりと着地した。
そのまま優しく頭を撫でると、「きもちいいニュイ~♪」とリラックスし始める。
「エリィさん、ネコドルフィンの扱い上手ですね!」
「そりゃあ、ネコドルフィンはもともとヘルヴァニアの生き物だからねぇ。実家のある木星圏のコロニーにはいっぱいいたのよ。この子、金海さんが飼ってるの?」
「はい! 少し前に道端で拾ったんです!」
「へぇ~。……あら、岡野さんたち何してるのかしらぁ?」
二人のメイドが正座して向かい合っていることに気づいたエリィは、眠りかけていたネコドルフィンを床に置き、そっと近づいて聞き耳を立てた。
ぞんざいな扱いを受けているとは言え、ジュンナからマスターと呼ばれる身。
その動向には興味が無いわけではなかった。
「……ですが岡野さま、あのような細かいところは気にもしなければ視界に入る頻度も低いはず。そこまで細かくやる必要はあるのですか」
「あのねジュンナさん。家、というものはそこに住む者の居住空間なだけというわけではありません。家とは、そこに住む者の体の一部なのですよ」
先輩風を吹かせ、ドヤ顔で語る岡野とは裏腹に、無表情のまま首を傾げハテナマークを浮かべるジュンナ。
「はて? 非論理的な論法で、理解に苦しむ形容ですね」
「えーと……わかりやすく言うならば、安心できる、落ち着ける場所というわけです。ですから私達家政婦、メイド、あるいはハウスキーパーと呼ばれる者たちは、主のためにその家を大事にすることが必要となるのです」
「……先程とわかりづらさは変わっておりませんが」
「とにかく! 細かいところと言わずに隅々までキレイにすることは大切なのですよ」
「はい先生」
「……本当に、返事だけは素直なんですねあなたは」
「お褒めに預かり……」
「褒めてませんよ!」
ふたりのメイドの漫才めいた問答を見て、エリィは呆れ顔になっていた。
そうしている内に地下の方から進次郎が戻り、エリィに声をかける。
「銀川さん、風呂が湧いたみたいだから裕太に入るように言ってきてくれないか?」
「わかったけど、岸部くんは?」
「僕は晩御飯の支度をするさ」
なるほど、とエリィは納得した。
いまから岡野さんがジュンナに料理を教えるのだろう。
進次郎はその手伝いをするから、代わりに裕太を呼んできてほしいのだ。
進次郎に笑顔でサムズアップを送ったエリィは、鼻歌交じりに下り階段へと向かって行った。
───Gパートへ続く