第13話「旅の終わりに」【Gパート 仇の名はナイトメア】
【8】
「〈ナイトメア〉? それがご主人様の母上様に大怪我を負わせたマシーン……いえ、キャリーフレームなのですか?」
「ああ、そうだ。赤紫の装甲、刃物のように鋭い手、そして大田原さんが負わせた片目を抉るような傷。それが奴の外見的な特徴だ」
そう言い終えると、裕太はカップを持ち上げ、中にはいっていた黄金色に輝くコーンスープをズズ……と音を立てて口へと注ぎ入れた。
ジェイカイザーについての説明を聞き終えた裕太・エリィ・ジュンナの三人は警察署を離れ、エリィが紹介した喫茶店「ブイメー」を訪れていた。
なんでも、彼女の知人が経営している店だというらしく、エリィが旧ヘルヴァニアの皇族であることが露見した故に一緒に来れるようになったとか。
「はい、ご注文の飲み物をお持ちしました。あと、エリィちゃんにはパフェのサービスよ」
質素なエプロンを来た眼鏡で黒髪のウェイトレスが、静かに裕太たちのテーブルに歩み寄りトレイに乗せていたカップをジュンナへと、パフェの入った大きな器をエリィの前へとそっと置いてにっこりと微笑みながら一礼した。
ありがとう、と笑顔でウェイトレスにお礼を言うエリィの横で、真っ黒な液体の入ったカップをジュンナが持ち上げ、その匂いを鼻先でスンスンと吸う。
「……ジュンナのコーヒー、えらくドス黒いな。まるでコールタールみたいだ」
「正解です、ご主人様。これはコールタールです」
「おい待て、たしかにコールタールのようなコーヒーという表現は本とかで見たことはあるが、コーヒーのようなコールタールは初めて見るぞ!? それまさか飲むんじゃないだろうな!? というか何で喫茶店でコールタールが出てくるんだよ!!」
「ご主人様、ツッコミはひとつずつでお願いします。まずひとつ、私達の種族にとってコールタールは嗜好品のようなものです。地球の人間で例えるなら炭酸飲料やコーヒー、あるいは茶や菓子のような存在で、摂取する必要はありませんが気分の高揚や一時的な満足につながります。もう一つの説明については、そこのウェイトレスさんに聞いてみればいかがでしょう」
ジュンナに紹介されるように手の先を向けられ、頬を困り顔でポリポリと掻いているウェイトレスに、裕太はジト目で顔を向けた。
「えっと、あの。どんなお客さんがどんな注文をしてもお出しできるようにと、父が……じゃない、店長が揃えていて……」
「いやいや、だからってコールタール用意しているのはおかしいだろ!? なあ銀川、お前もそう思うよな!?」
「ちょっとぉ、笠本くん。美崎さん困ってるからそこまでにしときなさいよぉ」
エリィに美崎さんと呼ばれたウェイトレスは、アハハと乾いた声で笑いながら裕太たちの隣の空席に腰掛け、ふぅと一息ついた。
そんな美崎の仕草で我に返った裕太は、責め立ててしまったことが恥ずかしくなり「ご、ごめんなさい……」と彼女に頭を下げた。
「いいのいいの。私だって色々とツッコミたい気分だったしね。あっ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は野戸慣美崎、よろしくねエリィちゃんの彼氏さん」
「あ、あのぉ美崎さん。まだ笠本くんは彼氏っていうかぁ……」
柄にもなく、エリィがモジモジとしながら恥ずかしがっている。
この美崎という女性、パット見は大学生くらいの年齢にも見えることからもしかしたらエリィにとって姉代わりのような存在なのかもしれない。
普段は飄々としていても、身内から彼氏だ彼女だという話題を振られたら、恥ずかしくなる気持ちもわからないわけでもなかった。
それよりも、裕太は美崎の名前に違和感があった。
エリィの話だと、この喫茶店の経営者はヘルヴァニア人で、ウェイトレスをしている美崎はそのヘルヴァニア人の娘だと聞いていた。
首を傾げて考え込む裕太の顔をじっと見ていたジュンナが、すっと手を上げて口を開く。
「ご主人様が言おうとしていることを代弁して差し上げましょう。なぜ美崎さんはヘルヴァニア人の娘さんなのに名前が日本人的なのでしょうか、ということですよね?」
「あ、ああ……。そうなんだけど、まあちょっと気になったから」
「コラコラ彼氏くん。初対面の女性にそういったデリケートな話題は振るものじゃないわよ。ま、いろいろ事情があるとだけ言っておこうかな。それよりも、さっきまでの話の続き、しなくていいの?」
美崎にそう言われて、裕太は何の話をするためにこの店に場所を移したかを思い出した。
気分を改めるためにカップに残っていたコーンスープを飲み干し、コトンと音を立ててテーブルに置いて深呼吸をする。
「それで、えーっと……。そうだ。大田原さんが言っていた盗まれたキャリーフレームが〈ナイトメア〉なもんだから、大変だって話なんだよ」
『それは、そのマシーンといずれ交戦する可能性があるということだろうか』
「ああそうだ、ジェイカイザー。なにせ〈ナイトメア〉って機体は……」
「全長8.5メートル、重量9.6トン。軍用キャリーフレーム企業・クレッセント社が建造当時に採算度外視で傑作機を作ろうというプロジェクトで作り上げた、超高性能機だから……ってことでしょお?」
毎度のことながらどこからその知識を得ているのか、エリィが裕太の言いたいことをスラスラとすべて言ってしまったので裕太は「お、おう……」と相槌を打つことしかできなかった。
───Hパートへ続く