第13話「旅の終わりに」【Eパート フォトン・リアクター】
【5】
「右目をえぐられたキャリーフレーム……俺の母さんを昏睡状態に追い込んだ機体が、盗まれたっていうのか」
ジェイカイザーの置いてある格納庫へ移動する傍ら、思いもよらない情報をトマスから与えられた裕太は隠しきれない怒りの感情をほんの少し露わにしながら、トマスの言ったことを復唱するように言い返した。
「その機体は、なんでも兵器製造を主とするクレッセント社が、採算度外視で作り出した究極のキャリーフレームだそうで。技術面でも不可解な点が多く、その機構を技術部に調査させていたんですが……」
「そいつは誰が盗んだんだ? 今どこにあるんだ!?」
いつもよりやや低い声で、無意識に語気を荒げながら裕太がそう問いかけると、トマスは俯きながら言葉を濁し、やがて黙ってしまった。
「笠本くん、別にトマスさんがミスをしたわけじゃないんだから、彼を責めるのはかわいそうよぉ」
「あっ……。そ、そうか、そうだよな銀川。トマスさん、すみません」
「いいんだよ、君が君のお母さんに大怪我を追わせたキャリーフレームに、恨みを持っている気持ちはわかるから……」
困り顔のまま、丸っこい顔で無理に作った笑顔を見せたトマスは、格納庫の重く巨大な金属の扉についているボタンに指を乗せる。
するとその扉は金属の擦れるような音ともに横へとスライドし、格納庫の中にはいかにも整備中といった感じのジェイカイザーの姿があった。
その足元には。
「あ、ご主人様……とマスター」
「ちょっとぉ、なんであたしはついでみたいなのよぉ」
「いやいや。そういうことより、なんでジュンナがここに?」
『私が呼んだのだ!』
ドヤ顔が目に浮かぶ語気のジェイカイザーの声。
その理由は、と裕太が聞く前にトマスが説明を始めた。
「ジェイカイザーが、彼女にも何かできることはないかと言ってまして。整備の手伝いをさせてみてたんですよ。なかなか、筋がいいですよ」
ぺこり、と無表情のままお辞儀をするジュンナ。
ジェイカイザーもちゃらんぽらんしてるわけではなく、惚れたジュンナのことをちゃんと考えてやっているんだな、と裕太は関心した。
それはそうと、とエリィが話の腰を折る。
「結局、ジェイカイザーについて話したいことって何だったのぉ?」
「ああ、えっと。これを見てください」
そう言ってトマスは格納庫脇に置いてあったクリアファイルを手に取り、裕太に渡した。
ファイルには20枚近い紙が挟まっており、これ全部に目を通すと思うと裕太は少し憂鬱になった。
それでも、今後もジェイカイザーを操縦するためにと自らを鼓舞し、びっしりと印字された文章に目を通し始めた。
「えーと、なになに……。本文は地下研究所の調査・探索によって得られた情報である……?」
──ジェイカイザーの未知の動力炉、それはフォトンリアクターと呼ばれる半永久機関であった。
フォトンとは、地球上に存在しない物質であり、イェンス星よりもたらされたものである。
フォトンは電気や熱などのエネルギーを増幅する効果があり、僅かな電気エネルギーから大型機械を動かすパワーを生み出すことができる。
三丁目二番地に新装オープンした天辺ラーメン、店長オススメの根性盛りラーメンが絶品──。
「……なんだこりゃ?」
「ああっ、すみません。そこ、私のお手製グルメ冊子のコピペミスしたところで……。印刷紙がもったいなくて……飛ばしてください」
申し訳なさそうに横から覗き込むトマスに呆れながら、ペラペラと紙束をめくっていく裕太。
四丁目の小料理屋、一丁目の蕎麦屋、地方チェーンが与代市に新装オープン、ホテル・レストランのケーキバイキング……。
『むむっ! 私はこのケーキバイキングというのに興味が湧いたぞ!』
「お前メシ食えねぇだろ。というより20枚中18枚がグルメ記事になってるじゃねーか!!」
「すみませんグルメ冊子書きが盛り上がっちゃって……すみません。えっとここから続きです」
「勘弁してくれよトマスさんよ。えーっと……」
──以上からフォトン結晶体による武器強化「ウェポンブースター」は機体のエネルギーを大量に消費するため多様は厳禁。
フォトンエネルギーを直接攻撃に転用する兵器もジェイカイザーには搭載されているが、当機能は搭乗者の熟練に応じて順次開放していくものとする。
というのがトマスから渡された書類の中でジェイカイザーに関して書かれた文章だった。
「……これだけ?」
「これだけ、とは心外ですよ。頑強なセキュリティに守られダンジョンと化していた地下研究所を、手空きの整備班が命がけで切り開いた結果、得られた情報なんですから」
ふくよかな腹部を張りドヤ顔をするトマスに軽蔑の心が生まれる裕太。
なぜならもったいぶられた割には、情報の大半はすでに知っていたり、何となく察していたことばかりだったからだ。
「……とにかく、富永さん。この書類、シュレッダーにかけといて」
「はいであります! そーれガガガガーッと」
「ああーっ!? 業務の合間にコツコツ作った僕のグルメ冊子がーっ!」
「トマス、おめぇ仕事中に何やってんだよ」
紙束を飲み込んでいくシュレッダー装置にすがりつくトマスを尻目に、裕太はエリィがそういえばという表情をしていることに気づいた。
「どうした、銀川?」
「ねえ笠本くん! ジェイカイザーって乗った回数に応じて機能が増えていく、ログインボーナスみたいなシステムあったわよねぇ?」
「……そうか! 修学旅行中にあれだけ乗ったんだから、何か増えてるかもしれないか! おーい、ジェイカイザー!」
整備の調子を確かめるように手をグニグニ動かしていたジェイカイザーに、言うたは近づき問いかけた。
「ジェイカイザー、お前いくつか機能増えてるんじゃないか?」
『よく聞いてくれたな裕太! 実は密かにいくつか機能が増えていたのだ!』
「よしっ! で、何が増えたんだ?」
『フッフッフッ……! なんと「ジェイブレード」の刃にフォトン結晶をまとわせる機能と、「ジェイブレード」の射撃機構を解放する機能が増えていたのだ!!』
のだ、のだ、のだ……とジェイカイザーの声が静かに反響する。
ジェイブレード。
実際にその形を見たことはないが、ジェイカイザーの基本装備として搭載されていたらしい剣らしい。
しかし……。
「あの剣なら俺達が預かったままだなぁ。なにせ『機動重機用銃刀等取締法』に引っかかってるからな」
特濃トマトジュースを飲みながら大田原が言った法律の内容を、裕太は知らない。
しかし、キャリーフレームという規格から離れた存在であるジェイカイザーの所有物が日本の法律から逸脱したものであることは想像に難くない。
「……ってことは、現状何も変わらねえってことじゃねぇか」
『そうとも言うな! ワハハハ!』
「何笑ってんだよ……」
───Fパートへ続く