廃墟の花
目を覚ますと太いツタだらけの壁が少し離れた所に広がっていた。背中にフカフカした感触が有ることから、どうやらベットに寝ている状態になっているらしい。
喉の辺りに残留感が残っている、やはりと言うより確かに人前で見事に吐き散らかしてしまったようだ。
暴れてしまいたい程の恥ずかしさがこみ上げてきたが、すぐ隣からの声にはっとする。
「お目覚めですか?」
甘く透き通るような声。声のする方に目を向けると、美人が心配そうに覗き込んでいる。生では見たことが無い様な立派な軍服を身を纏い、所々に見え隠れする雪のように白いきめ細やかな肌。先程の爆発で現れた少女で有ることに間違いは無い。
「大丈夫でしたか? まさか飲んでから到着するとは、流石に予想できませんでした」
目の前で美人が笑っている。初対面で吐いた人にこんな態度で接する事ができるこの人は、きっと天使なのだろう。急いで状態を起こす。
「あの、さっきはごめんなさい。お見苦しい所を」
緊張の為か全く言葉が続かない。
「いえ、良いんです。人には誰でも失敗する事はありますから。それに私も10秒で来ないと帰ってしまうなんて聞こえて、恥ずかしながらすごい焦ってしまって……」
なるほどあの爆参はガラドウが焦らせた為に起こってしまった悲劇であるらしい。それにしても急ぐとああなってしまうとなると、この人の力は底知れない。加えてかなり遠くから飛んできたのに何故ガラドウの声が聞こえたのか。政府の任務を、それも極秘の部類に入る物。それを一般人を伴って受け持てる実力は伊達では無いようだ。
しかし、やはりこの美人はニコニコだし、この状況で自分を責めている。こんな引っ張れば簡単に千切れてしまう様な、か弱い女の子の何処にそんな力が秘められているのか。
一先ず、あの登場は他に例を見ないが、もしこの人が歩いて現れていても僕が吐くという事実に変わりは無かっただろう。
それに関しては自信がある。こうなると更に言葉が出ない。
「今から、今回の依頼の説明を始めさせて貰いたいんだけど、すぐに初めて大丈夫かな? 芦舟君」
名前まで覚えてくれているとは、何ていい人なのか。今までの残留感が一気に飲み込み、なるべくはっきりとした調子で返事をした。
「あ、はい、大丈夫です」
「うん、じゃあ始めるね」
嬉しそうに言ってから、一息置いて続けた。
「改めまして、私、蛍原山目と言います。ヤマメと呼んで下さい」
「はい、ヤマメさん。よろしくです」
「うんよろしく。所で芦舟君。今回の依頼の内容はどこまで知ってる?」
「ああ、取り敢えず岩天山での勾玉捜索とだけ聞いてます」
「他には?」
「他は……口外不要って事だけです」
「ふーむ、やっぱりか。なるほどね」
ヤマメさんが口の辺りに手をやり、困ったような声で呟いた。
「となると江美子一家は芦舟君に何も知らせずにここに来てしまったと言うわけだね」
一家と聞いてハッとした。そういえば僕は父とガラドウの三人でここに来たのだ。ヤマメさんが天使すぎてすっかり忘れていた。辺りを見回すと、少し奥の部屋でテーブルの下の足が見えた。テーブルの上は天井が低いせいか、屋根を支える骨組みが被っていて見えない。にしてもこの部屋は何故こんなにもボロボロなのだろうか。
「ああ、二人が気になる? 大丈夫だよ。二人共何か良く分からないもので遊んでいるから」
ヤマメさんが躊躇いがちに言う。
「よく分からないもの?」
「うん、何かロンとかポンとか言ってたよ。芦舟君ロンって何? 人の名前?」
恐らくヤマメさんが言っているのは麻雀のことだろう。ここまで来て良くあんな時間が掛かる遊びができるものだ。
「多分ヤマメさんが知っても得はしないと思うよ」
「ふぅん、そう。分かったわ」
意外とさっぱりとした人だ。もうちょっと踏み込んだ話が出来ると思った。
「あの、すみません。所でここは何処なんですか? 随分古い建物のようですけど……」
「ああ、そういえば言ってなかったね。ここは山に挟まれた何にも無い所にある何でもない廃墟。到着したと時に見えなかったかな? 恥ずかしながら、芦舟君達を待っている間、私が中を探検していたの。丁度いい場所があったからここに運ばしてもらったの」
「へぇ~、ここが……」
なるほど、あの元々は白かったであろう、くたびれた廃墟だったのか。それならこのツタだらけの部屋にも納得がいく。
続いてヤマメさんが改まった様な調子で続ける。
「本題に入るね。まず始めに、今回の依頼は最上級の危険が伴います」
少しではあるが予想していた事だが、決して簡単な仕事では無いらしい。しかし、どの辺りが危険なのだろうか。予想できるとすれば……。
「でも勾玉の捜索で危険なのは山からの滑落とかそういう……」
「いいえ、違うの。今回の件に滑落の危険性は考慮されていないわ」
ヤマメさんがベットに腰掛けながら言う。長い髪がふわりと舞い、いい匂いが香る。
「じゃあ、どういう……」
ヤマメさんは少し考えてから続けた。
「世間では、あくまで勾玉の捜索と開発は秘密裏に行われている物なの。これは知っているよね。でも何故秘密裏に行われるのか、までは知らないと思う」
「それは次元力の悪用を阻止する為じゃないですか?」
「うん、それも確かに合っているよ。でももっと重要な事を政府は隠してる」
一体今から何が明かされるのかという興奮が湧き上がる。今聞いておかないと損する様な気さえする。
「な、何があるんですか?」
「霊獣よ」
「霊獣?」
「そう霊獣。霊獣は勾玉の歪みが産んだ正体不明の超常現象。勾玉が埋蔵されている場所には決まってこの霊獣が住み着いているの。数は決まっていないけど、基本は数百体が一つの埋蔵スポットに集まってるの。まるで、勾玉を警備しているかのようにね」
続けて苦々しい笑みを浮かべて言った。
「この霊獣が厄介なの。人を襲うのよ。それにどんなに弱くてもゴリラ一匹並くらいの戦闘能力を持っているわ」
衝撃だった。衝撃と言っても震え上がる様な感情なのではなく、小さいころの妄想が実現した事に対する内側から滾る様な興奮に似ていた。ヤマメさんが言っているのはつまるところ、この世界に怪獣がいるということなのだ。
「芦舟君大丈夫? すごい顔になってるよ」
「えっ、ああ大丈夫です。それでその怪獣がこの山にもいるんですか?」
「頭文字が違うと思う、霊獣よ」
「イニシャルRE?」
「? まあいいわ、話を続けるね。この霊獣の処理には普通の銃では到底追いつかないの。だからかなりの高火力の武器が必要になる。でもいきなり立ち入り禁止である筈の山がある所に戦車を送り込むとなると、一般の人々に状況が露呈してしまう事になる。そこで採用されたのが現界甲冑よ」
今度は怪獣対鎧、これは絵になる。
膨張する妄想を他所にヤマメさんは続けた。
「現界甲冑が特殊な能力を持つ事は知っているよね? その能力を発揮するのに必要なのは本人の意志だけが必要なの。加えて大掛かりな爆発などは起きない。ここまで言えば分かるよね」
「えーと、つまり周囲への影響が少なくて済むので、秘密裏で行うのに最も有効な手段が現界甲冑だということですかね? 更にはやはりロマンがありますものね」
「ロマン? まあ多分そういう事なのかもね……」
ヤマメさんが少し困った様に言う。何か変な点でも有るのだろうか?
「まあそういうことで今までは上手くやれてたの。世間でも開山式とか言う名目で、その式が行われていない山には入れないのが一般的なのがその証拠。霊獣を完全に討伐し、勾玉を全て掘り返して初めて誰でも登ることが出来る、『安全な山』になるということね」
確かに式が行われていない山に忍びこむのは重罪だった。実際、山への不法侵入は人殺しでもしたかのような重い処罰が下されている。不審に思った若者集団が一向に刑務所から出てこないのはそう言う理由からなのか。
「でも今回はあらゆる意味で規格外。特殊な手を打たざるを得なくなった」
ヤマメさんがまたもや苦々しい調子で言う。
「何か有ったんですか?」
「さっき一スポットにつき数百体の霊獣がうろついているって言ったよね。でもこの岩天山には一体だけなの」
「一体? それなら何時もより一層楽なんじゃないですか?」
「私もそう思ったわ。でもね、信じられない事に奴は一体で数百体分の霊獣を凌駕する性能が有す、いわばバケモノ。規格外とはそういう事なの」
「バケモノ……」
「今まで何度か上級国家術師をぶつけて見たんだけど、まさかの全滅。政府もこのまま表向きの開山式が長引けば自体が露呈してしまうのは必至。焦りに焦って実践科学兵器の導入まで考えている直前が今の状況なの」
話が大きすぎて頭が呆然としてきた。こうなるとやはり聞きたいことは一つだった。
「あの、ヤマメさん。そんな大変な状況で呼んだのが僕達なんですか?」
「ええ、それは一つに決まってるじゃないですか。江美子と言えばあの現実の鬼神・江美子舟明ですよ。この状況を打破できるのはあの人を置いて他にいません」
鬼神。文字通り鬼と神が一緒になった単語だ。筋肉隆々で角が生えている。それでいて鬼にしてはその鬼のパンツ的な要素が薄く、ともかく悪魔的で神々しいカッコ良さをふんだんに盛り込んでいる。ヤマメさんの言葉にはその単語の後に父の名前が続いた。父が鬼神? 確かに睨まれると鬼のように怖い時もある。が、唯怖いと言っている訳では無いのだろう。
「えっと、鬼神ですか……あの父が?」
「えっ、知らないんですか? 世間では表に出る事は無いですけど。業界ではトップクラスの有名人ですよ。小耳に挟んだ事も無いのですか?」
「ええ、全く。鬼神と言うと、どんな感じ何ですか?」
「文字通りです。昔は勾玉捜索の第一線で活躍していて、仕事は殆ど一人でこなしていたみたいです。その力は圧倒的で人間では無いのではないかという噂まで有ったようで。私、話には聞いていたんですが、今日初めてお会いできて感動しちゃいました」
夢の様な事を言うヤマメさんは本当に嬉しそうだった。
確かに、只の一般人である父が家の周りに高等術である結界を安々と張るのには、いささか疑問が有ったがそういうことか。となるとあのガラドウにも喋る以外に可能なことを隠しているのかもしれない。
「じゃあ、その鬼神の現界甲冑は何という通名が有るんですか?」
「ガラドウさんですか? いえ、分からないです。鬼神の現界甲冑ということで私も気になっていたんですが。芦舟君も知らないですか?」
やはり凄いのは父だけらしい。あの頭部は付録にもなれていないようだ。
「いえ、父がそんな人だとは知らなかったですから」
「そうですか……だとするとやはり……」
ヤマメさんはそう言うと立ち上がり、ツカツカと隣の部屋へ向かった。父とガラドウがいる部屋だ。
「あの……」
声を掛けようとしたが、ヤマメさんはさっさと歩いて行く。さらさらの髪が揺れ空中を流れる。髪に見とれていると距離がどんどん離れていった。また話に置いてけぼりにされる様な気がして、急いで立ち上りその背中を追う。
部屋に着くと父がガラドウを特性タオル磨いていた。どうやら麻雀は終了したらしい。その目の前でヤマメさんは仁王立ちしている。
「舟明さん、これは一体どういうことですか?」
ヤマメさんが怒った様な調子で聞くと、父はガラドウから目を離す事無く答えた。
「別段どうということは無いだろう。只依頼に応じて来ただけだ」
「今回の依頼は危険が伴います。それは報告されているはずです。しかし、何故何も知らない芦舟君を連れて来たんですか? 鬼神の異名を持つあなたの子であるから、きっと大丈夫だと思っていましたが、まさかあなたの事すら知らされていないとは。それは戦闘経験が無いことの証明になりませんか? そうだとすると私としては芦舟君が同行を許可するわけにはいけません」
「おいお嬢ちゃん、芦舟が素人? そんな訳無いだろう?」
ガラドウがムッとしたように言った。
「ではどうゆう経験をお持ちで?」
ヤマメさんが力強く聞き返す。
「ガラドウ式防衛術だ。これこそ我が流派、この流れに敵う拳法はそうはない」
やはりガラドウは防衛術の話になると機嫌が良くなる。
「ガラドウ式? 聞いたこと有りませんね」
「それはそうさ、秘伝だからな。この鬼神もこの防衛術の使い手だ。嬢ちゃんもどれほどの物かは想像がつくだろう?」
ヤマメさんは少し考える様に手を口の辺りに当てた。そして思いついた様に顔を上げると、くるりとこちらに振り返り、真剣な顔で告げた。
「分かりました。芦舟君が決して素人では無いことは認めます。戦闘経験が無いなどと言ってしまい申し訳ありませんでした」
そう言うとペコリと頭を下げた。何だが申し訳なくなる一方、自分の場違い感が胸を打つ。
「いえいえ、そんな事気にしなくて良いです。頭を上げて下さい」
必死に手でジェスチャーしたが頭を下げられては見えていない。だがヤマメさんは中々頭を上げ無かった。
「しかし、今回の霊獣は本当に危険です。互いの連携の確認も兼ねて、一度手合わせお願いします!」
見とれるような髪の下から聞こえたのは人生初の実戦を告げる号砲だった。
こんな美人と? 本当に?




