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第三話『実習×友情』

 地獄のような朝のHRを乗り切り、一限目の授業。翔たちB組は早速第一体育館でRODの授業だ。


 全員が体操服に着替えて整列する中、凛子は相変わらず白衣姿と、その場に似つかわしくない格好で生徒たちの前に立っていた。



「皆さん、ちゃんと教科書は持ってきたようですね。それでは……教科書の、自分の能力の項目を開いて、各々書かれてる通りに適当にやってください」


 生徒たちが揃って「こいつは何を言っているんだ」といった表情で呆ける。少し間を置いて、金髪で男性としては長い髪の、軽薄そうな男子生徒が手を挙げて発言した。



「あのぉ、いくら何でも雑すぎやしませんかねぇ?」


「あなたたちも早く能力を使いたいでしょう? ROD能力とは妄想力によって成り立つモノ。モチベーションが重要なのです。ですから、下らない座学よりまずは実践あるのみという事です。そもそも、皆能力が違うのですから、全員に向けた言葉での指導などナンセンス。実践中にわからない事があれば個人個人で指導しますので、その都度呼んでください」


「あ、はい。了解っす」


「しかし、そうですね……一つだけ。先日の検査の際に、漠然と能力のイメージが頭に浮かんだと思います。そのイメージを思い出しながらやってみてください。――それでは、他に質問が無ければ、必要な人は各自この練習用魔法陣パネルを一枚ずつ持って行って、練習に取り掛かってください。パネルは枚数があまり無いので、二~三人で共有して使うように」



 凛子の言葉で、生徒たちがまばらに立ち上がり、配られた魔法陣パネルを持って広い体育館に散っていく。翔と瑠那も教科書を持って立ち上がり、翔が受け取った魔法陣パネルを持って、特に示し合わせたわけでもなく一緒に体育館の隅の方へ移動した。


 練習用魔法陣パネルとは、その名の通り能力の練習に用いる、魔法陣が描かれたパネルである。五十センチメートル四方の正方形のベニヤ板にスタンダードな魔法陣の描かれた紙をラミネートした物を張り付けた物で、全ての魔術系能力の触媒として、共通して用いる事ができる。


 しかし、一般的にこれを用いる事ができるのは最初の内のみで、ROD能力が鍛えられていく内に、最も気に入ったデザインの別の魔法陣か、自身がデザインした専用の魔法陣、もしくは杖などの魔法陣以外の触媒しか使用できなくなる場合が多い。これは、妄想力が逞しくなりすぎて、自分の中の能力の設定が明確化してくる為だとされている。



「先生の言う事も尤もだけどな……それにしたって雑だろ」


「あはは……見た目からして面倒くさがり屋って感じだもんね」



 しかめっ面で教科書をぱらぱらと捲りながらぼやく翔に、同じく教科書を捲りながら、瑠那が苦笑いで応える。それぞれ目当ての項目を見つけたところで、一人の男子生徒が近付いてきた。



「よっす、最低ランク。今朝のHRは大変だったな」


「お前は……」



 先程凛子に異議を申し立てた軽薄そうな金髪だ。最低ランクというワードに反応して、翔だけでなく瑠那もムッとした表情で金髪男子を睨み付けるが、彼はさして気にする様子も無くヘラヘラとした笑顔を浮かべている。



「そう睨むなって。俺だってランクは高い方じゃないんだ。まあ、お前程じゃないけど。それに、俺はお前と友達になりに来たんだぜ?」


「友達になりに来たにしては第一印象最悪だったぞ。もう少し自分を客観的に見る努力をしてみたらどうだ?」


「自分を客観視しすぎる人間にROD能力者は務まらないと思うんだけどなぁ……。ま、それはそうとして――最低ランクって言ったのは謝る。悪かったな。友達になりに来たってのは本当だ」



 そう言った彼のヘラヘラ笑顔に、若干の申し訳なさそうな表情が混じる。態度はともかく、悪意は無いだろうと感じた翔は警戒心を緩める。



「……そうか。まあ、入学早々友達が出来るのは助かる。あの先生に散々名指しで呼ばれたから知ってると思うけど、俺は飛桐翔。よろしくな」


「おう。俺は『影之下(えのもと) 現良(うつら)』だ。仲良くしていこうぜ、翔。……それで、そっちのカノジョは?」


「か、カノジョ!? わ、私と翔くんはそういうのじゃなくて、ただの幼馴染で……」


「いや、そういう意味じゃなくて……」



 盛大な勘違いをする瑠那に、翔と現良の二人は、気まずさと哀れみが入り混じったような、微妙な視線を送る。暫く悶えてからその視線の意味に気付いた瑠那は赤面し、軽く咳払いをして、何事も無かったかのように自己紹介に入った。



「……ごほん、私は星野瑠那。能力は魔術系Bの星占術系Aだよ。よろしくね」


「オーケー、よろしくな。さて、もう少しお話しして親睦を深めたい所だけど、今は授業中だ。早速練習始めようぜ。あ、パネル借りるよ」


「ところで現良、お前の能力って何なんだ?」



パネルを用意し、教科書を開こうとする現良に、翔が何気無しに問いかける。それに対し現良は、そういえばまだ言ってなかったなと頭を掻きながら答えた。



「俺の能力は魔術系Aの投影術系Dだ。検査の時に頭に浮かんだイメージから察するに、写真やイラストの対象を映像として投影できるってとこだな」


「随分偏ったランクだね。というか、能力の種別とか系統とか、どうやって区分してるんだろうね。ランクの基準もよくわからないし」


「種別や系統の区分についちゃ、結構大雑把みたいだぜ。結局のところ、能力者本人の意識によるらしい。例えば、同じ『遠くの物を近くに呼び出す能力』でも、人によって召喚術系や転移術系になったりするらしいし」



 瑠那の疑問に対し、現良がシミュレーションゲームに登場する解説役の便利なサブキャラの如く、自然に答える。感心する瑠那と翔の様子を見て少々得意になったらしい現良はさらに説明を続けた。



「それから、ランクの基準についてだけど……これは機械が弾き出した数値によるモンだから何ともなぁ……。でも、種別のランクは妄想力だとか、ROD能力者としての素質を表すらしいぜ。ファンタジーで言う魔力。ゲームで言うMPってとこだ。で、能力系統のランクが表すのは、能力そのものの強度。要は、能力でどれだけ凄い事ができるかって事だな」


「なるほど。現良のステータスをRPG風に例えると、レベルやMPは高いのに覚えている呪文が弱小呪文のみ、って感じになるって事か。……それにしても、入学したばかりなのに随分詳しいんだな」


「おう、昨日何度も教科書を読んで予習したからな」



 弱小呪文という失礼極まりない例えを意に介す様子も無く自信満々に答える現良に、翔と瑠那が、どう見ても不真面目なチャラ男なのに意外だとでも言いたげな視線を送る。



「アンタらね……いや、実際そんな真面目に勉強するようなガラじゃねえよ。単に自分の能力について知りたくて、居ても立っても居られなかっただけだ。伊莉阿先生も言ってたけど、お前らも検査の時に自分の能力のビジョンが見えたろ? アレを見て、自分の能力をすぐにでも試したくなったね俺は」


「あー、なんとなくわかるかも」



 現良と瑠那の会話について行けない翔は、一人眉をひそめて考え込む。


 翔も検査の際に何も見えなかったというわけではない。しかし、だからといって積極的に試したいとは思わなかったし、そもそもあの時見えたビジョンが漠然としすぎていて、自身の能力に対するイメージがあまり掴めていないのだ。強いて言うなれば、妙にふわついた感覚があったというだけで、現良の話を聞くまではあれが自身の能力のビジョンだという確信も持てずにいた程だ。


 翔が考え事をしている内に、現良は教科書を読み終わったらしく、左手をポケットに入れて不敵な笑みを浮かべていた。



「手順の確認は終わりっと。……ふっふっふ、ついにこの時が来た。実習の基礎課程が終わるまでは学外での能力の行使は禁止されているからな」



 現良がポケットに仕舞っていた左手を出すと、その手には今井の紙切れのような物があった。



 グラビアアイドルのブロマイドだ。それも、かなり際どい水着姿の。



「な、ななななんてモノ出してるのかな現良くん!?」


「――ッ! 現良、まさかお前……」



 おもむろに取り出された破廉恥な物に対し、初心な反応を見せる瑠那。全てを察し、少々の驚きを見せながらも現良の行動を見守る翔。そんな二人を他所に、現良はブロマイドを魔法陣の中央に置き、教科書に書かれている基礎呪文を読み始めた。



「《一》は《二》に、《二》は《三》へ。《小》は《大》に、《少》は《多》へ。手中の万物は更なる高みへ。結び付く点と線は、高次にて形成す。我は次元を操りし者。我が理想は現実の物に……起動、《プロジェクション》!!」



 現良が詠唱を終えると同時に、魔法陣が発光する。すると、魔法陣の真上にグラビアアイドルの立体映像が映し出された。



「――――よっしゃあああああ!!!!」



 能力発動に成功し、興奮のあまり現良が狂喜乱舞する。興奮の原因はもう一つあるだろうが。


 一方、瑠那は顔を真っ赤にして硬直し、翔は何か思う所があるのか、呆然と立ち尽くしていた。



「いやー、最後のフレーズはオリジナルの呪文を入れろだなんて無茶振りかますモンだから、上手くいくか心配だったけど……案外しっくりきたな。投影の出来栄えも……写真じゃ見えない部分の再現はちょっと荒いが、まあ及第点ってとこか」


「……現良」


「ん? 何だ?」



 満足そうに自己採点をする現良に、真剣な表情の翔が一言、声を掛ける。しばらく間を置いて、一度深呼吸し、右手を差し伸ばし、再び口を開いた。



「……兄弟って、呼んでもいいか?」


「翔くん!?」



 翔のまさかの発言に、先程まで硬直していた瑠那が我に返り、驚愕の声を上げる。



「翔……ああ、もちろんだブラザー!!」



 翔の差し出した手をしっかりと握り返す現良。二人の間に、男同士の確かな絆が生まれた瞬間であった。



「翔くんって、意外とすけべだったんだね……」



 そんな二人を見て、瑠那が引き気味に呟く。男と男の友情は深まったものの、男と女の友情の間には、若干の溝が生まれてしまった瞬間でもあった。





――――――――――――





「次は私の番だよ!」



 現良がブロマイドをポケットに仕舞うと、瑠那が挙手でもしそうな勢いで元気よく自己主張した。


 翔は別段順番を気にするような性質でもないので、快く瑠奈に譲ってやる事にした。



「えーと、今は昼間だし、そもそも屋内で空が見えないし……どれがいいかな」



 星占術とはその名の通り、星を用いた占いや呪術の類の能力である。基本的に天体の状態がわからないと出来る事が少ないので、瑠那は今の状況でもできる事が書かれている項目を探していた。



「あ、これいいかも。よし、始めるよ」



 瑠那が教科書を手に、魔法陣の上に立つ。翔と現良が見守る中、呼吸を整え、詠唱を開始した。



「光輝の導き、天恵の理。月の女神の御名下に運命(さだめ)の道を指し示さん。我は天の御使い。偉大なる宇宙よ、我に叡智を……《スター・ゲイジング》!!」



 瞬間、瑠那の全身が光に包まれる。しかしそれも数秒の事、光はすぐに止み、特に変化があるようにも見えなかった。



「これだけ……なわけないよな。瑠那、何か変わった事は?」



 目に見える変化が無いので翔は少々拍子抜けするも、流石に光るだけなんて事はないだろうと、瑠奈の様子を伺う。



「うーん……見えたっていうか、わかったって感じなのかな? 星の様子がわかるよ。射手座とか、水瓶座とかが出てて……月齢は十八くらいかな」


「おお、凄いじゃん! 今スマートフォンで調べてみたけど、本当に合ってる!」



見事天体の状態を言い当てた瑠那に、現良が驚く。翔はというと、唖然とした表情で瑠那を見つめていた。



「どうしたの、翔くん」


「……お前、月齢なんて言葉知ってたんだな」


「もう! 翔くんはすぐそうやって私をバカにするんだから!! ……まあ、その辺の知識も一緒に入ってきたんだけど。おかげでちょっと頭疲れちゃった」


「悪い、冗談だ。大丈夫か?」


「うん、これくらい平気。……それにしても、星占術って要するに星占いでしょ? ランクが高いと凄い事ができるって話なのに、Aランクの割に、何て言うか……しょぼくない? そりゃあ、今のをやれば昼間でも星占いできるけどさ」



がっかりした表情を見せる瑠那に、現良がとんでもないとでも言わんばかりにフォローを入れる。



「いやいや、十分凄いぞ? ROD能力による占いは、ランクによっては予言に匹敵する正確さと運命操作レベルの強制力を持つらしいからな。しかも、さっきは天体の状態どころかに天文に関する知識まで頭に入ってきたんだろう? ROD能力ってのは、あくまで妄想の力だ。だから普通は自分の想像できる、知り得る範疇の事で完結する。でも、自分の知らない事まで頭に入ってきたってなら、それはもうその域を超えている。種別までAランク以上だったらもっと凄い事になってたかもな」


「そんなに……。そうなんだ。私の能力って、そこまで凄いんだ……」



 自身の能力がいかに優れているかを知り、瑠那が戦慄する。あまり実感できていないようではあるが、自分には不釣り合いな能力なのではないかと思っている部分もあるのだろう。しかし、素直に優秀だと言われて嬉しくない訳が無く、不安と喜びの混じった、何とも言えない表情をしていた。



「そういえば聞いた事あるな。昔いたSランク級の星占術系能力者は、月とかの衛星からビームが出せたって」


「……私もその内、ビームとか出せるようになっちゃうのかな」



翔の何気ない呟きに、余計に不安を煽られる瑠那であった。





――――――――――――





「さて、俺の番か」


「頑張れよ、ブラザー」


「翔くんなら大丈夫だよ!」



 現良と瑠那からの妙に生暖かい視線と声援を浴びながら、翔は魔法陣の上に立つ。ランクが低い翔への精一杯の励ましと応援のつもりなのだろうが、そういった気遣いが、かえって翔の精神に突き刺さった。


 彼らに悪気はない、心から応援してくれているだけだと自分に言い聞かせ、心を落ち着けてから、自分の心に意識を集中させる。そして、教科書の飛翔術系基礎の項目に書かれている、練習用の基礎呪文を読み上げた。



「我が身は大気。纏うは風。内に宿すは風の精(シルフィード)。故にこの身にしがらみは無く、故に速し。この天空に於いて、我が翼は堕ちる事なく、無限也。我は空を翔る者……《ライド・ウィンド》!!」



 魔法陣が発光し、翔の足元から激しい風が吹き出す。現良と瑠那は目を見開き、期待を込めてその様子を見守っていた。


 そして、拡散していた風が収束し、翔の身体を持ち上げる。そう、翔は見事浮いて見せたのだ。





 ――――数センチだけ。



「……は!? これだけ? これだけなのか?!!」


「お、落ち着いて翔くん! 意識を集中させて。もっと浮けないか試してみて!」



 取り乱す翔を瑠那が諭す。しかし、瑠那の言う通り落ち着いて意識を集中させてみるも、翔の身体がこれ以上浮くことは無かった。



「……駄目じゃねえか!!」


「落ち着け翔。今はランクが低いから高度が低いのは仕方ない。とりあえず、そのまま歩く練習をしてみようぜ」


「お、おう」


 現良の言葉に再び落ち着きを取り戻した翔は、ゆっくりとした足取りで、少しずつ前に進もうとする。しかし、魔法陣の外側に足を出した瞬間、段差を踏み外したように転んでしまい、床に倒れてしまった。



「いっててて……」


「翔くん! 大丈夫?」



 転んでしまった翔に瑠那が肩を貸す。現良は小難しい顔で何やら考え込み、申し訳なさそうな表情で翔に言い放った。



「……今起こった事から翔の能力について整理すると、翔の能力は『魔法陣の上でのみ、数センチだけ浮ける』って事になるな」



「ウソだろ……本格的にクソの役にも立たねえじゃねえか」



 どれだけランクが低くても、どれだけ地味でも、もしかしたら多少は人の役に立てる能力かも知れない。それならばまだ就職できる可能性はある。そんな僅かばかりの希望を翔は抱いていた。しかし、その希望もたった今無残に葬られてしまった。



「自分の名前と相まって凄く惨めな気分になるぞこれ……。何が飛桐だよ。何が翔だよ。飛んだり翔けたりするどころか歩く事もできねえじゃねえか……名前負けってレベルじゃねーぞ……」



 先日の検査以来の大きなショックに、全力で落ち込む翔。そんな翔の肩を現良は優しく叩き、見た目とは裏腹に真面目な声色で語り掛けた。



「いいか、ROD能力ってのは使う人間の精神を表す。大方お前は、自分から大した行動を起こす事も無く、流れに任せるままふわふわと生きてきたんだろう。だからこんな能力になった。だけど逆に言えば、心の在り方次第で能力はもっと強くなれるんだ。そんなに能力が弱いのが嫌ならもっと努力しろ。そんなに将来が不安なら必死になれ。お前なら出来るはずだぜ、ブラザー」


「兄弟……! ああ、もう『なんとかなる』は封印だ。これからは自分から動く人間になる!」


「いいねぇ、青春だねぇ……」



 熱い抱擁を交わす翔と現良。それを見て涙ぐむ瑠那。熱い青春ドラマのような雰囲気の漂う空間が、そこには出来上がっていた。





 ――――授業開始時と比べて、周囲から他の生徒たちが遠ざかっていた事は、彼らは知る由もない。

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