第二話『担任×罵倒』
初日は身体測定の後、教科書の配布と翌日の日程の説明が行われ、放課となった。
翔にとっては最悪の初日だった。
あまりのショックで教員の説明など頭に入って来なかった。ついでに下校中に瑠那が必死に話しかけてきたが、話しかけられている事にさえ気付いてはいなかった。
今まで大した努力も無しに人並み以上の結果を手に入れてきた。それ故に内心、自身の才能と運に過剰なまでの自信があったのだろう。今回の検査の結果は翔にとって大きな衝撃を与えた。
しかし、翔もただ勉強ができるだけの馬鹿ではない。世の中上手くいく事ばかりではないという事は頭では理解していた。その為、ROD能力の才能が無かった事で受けたショックからの立ち直りは早かった。問題はその先である。
ROD能力を育成する学校に入学した場合、その後の進路は就職に固定される。
現在ROD能力の育成をカリキュラムに取り込んだ大学は存在しないため、進学した場合ROD能力を使う場面が格段に減る。ROD能力は妄想力を原動力とする為、定期的に使用しないと能力が弱くなり、消えてしまう可能性すらある。だからこそ、世間としてはROD能力者は手早く社会貢献に活かしたいわけで、各国全てのROD能力を育成する学校では、卒業後就職する事が義務付けられている。
すると、翔の場合何が問題か。
そもそものROD能力者が就活で有利という理由についてだが、単に便利だからである。つまり、ただROD能力を保持しているから採用されやすいというわけでも無く、その職場において役に立たないROD能力者は普通に面接で落とされる。その上企業も、ROD能力を育成する学校の卒業生は当然それなりの能力を使えるものとみなしてくる。
つまるところ、馬鹿みたいにランクが低く、恐らく何の役にも立たない能力であろう翔は、卒業後の就職が困難になってしまったのである。
帰宅後、翔は検査結果について両親に話した。
普段からおかしなテンションの父親ですら目を逸らしながら真顔で「まあ、なんだ、その……すまんかった」と謝り、母に至っては目に涙を浮かべながら、慈愛に満ちた表情で頭を撫でてきた。常識人である事の証明だというのに、この対応は一体何なんだ。その日、翔は早めに床に就き、枕を濡らした。
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「……はぁ」
次の日の朝、翔は瑠那の家の前で溜息を吐いていた。溜息の理由はもちろん、自身の将来についてだ。
普通の学校に進学していれば、進路の選択肢も増え、比較的楽にそこそこの企業に就職できただろうにとか、これから一体どうすればいいんだとか、今までにない程の後悔と焦りを感じていた。実際、翔が自身の今後についてこれ程までの焦りを覚えたのはこれが初めてだろう。あまりの未知の感覚に、最早瑠那がいつまで経っても家から出て来ない事に対する怒りさえ湧いてこない。
「お待たせ翔くん! ……どしたの? 見た事無いような顔してるよ?」
ようやく家から出てきた瑠那が翔の顔を覗き込む。
「……俺、そんな変な顔してた?」
「変っていうか……いつもはぼーっとしてるんだけど、今日はちょっと気が張ってるというか……キリッとしてるっていうか……」
「そうか……ていうかお前は俺の何を知ってるんだよ。やっぱりストーカーなの?」
「違うよ! またそのネタで弄るの?!!」
「冗談だよ。ほら、お前がもたもたしてたせいでもうこんな時間だ。早く行くぞ。いきなり遅刻は御免だからな」
「え? う、うん」
翔は腕時計を確認しながら早足で学校に向かって歩き出す。瑠那も、少し遅れて駆け足でそれについて行く。
「翔くん、今日はなんかアクティブだね」
「そうか? ……ところでお前、測定の結果はどうだったんだ?」
「やっぱり昨日私の話聞いて無かったんだ……。えっとね、魔術系Bの星占術系Aだったよ。私、勉強は得意じゃないけど、こっちは才能ありそうでよかったぁ。ところで翔くんの方は――って、何でいきなり走り出すの?!! 待ってよ!!」
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場所は変わって教室。不貞腐れた様子の翔に、瑠那は何とも言えないような表情で謝っていた。
「ええと……なんていうか……ごめんね?」
「お前も親父と似たような反応をするんだな……」
いくら逃げたところで同じクラス。最終的に捕まって検査結果について聞かれるのは明白であった。それに、どうせその内クラス中に知られる事になるだろうし、今瑠那に隠したところで意味は無いと考えた翔は、正直に打ち明けた。しかし、惨めなものは惨めだった。
「そ、そういえば、今日から正式に担任の先生が決まるんだよね。うちのクラスは一体どんな先生なのかな? クラス担任はROD能力者の人になるらしいけど」
瑠那が強引に話題を変える。とはいえ翔も、先程に引き続いて不貞腐れた表情に反して、内心気になってはいた。――出来る限りまともな人間であってほしい。でも、教員という立場上恐らく高位のROD能力者だろうから、そんな事有り得ないんだろうな。そもそもROD能力について教える必要があるとはいえ、高卒が国立の高校の教員になっていいのか。どうやって教員免許取ったんだ。――などと考えながら。
「あ、来たみたいだよ」
瑠那が目を向けた先のドアのガラス越しに人影が映る。その人物はゆっくりと扉を開け、教室に入ってきた。どうやら若い女性のようだ。――女を捨てたような格好ではあるが。
担任と思しきその女性は、ダルそうな目に眼鏡、碌に手入れもされていない伸びきった髪に白衣――適性検査の時の職員が着ていたのとは別の物――と、いかにもなサイエンティスト感を醸し出していた。おまけに猫背で、白衣のポケットに手を突っ込んでいる。
見るからにやる気の無さそうなその女性は、のそのそとした足取りで教壇の前に立ち、しばらく教室を見渡してから口を開いた。
「……えー、私がこのクラスで担任を務める事になった、『伊莉阿 凛子』です。一般科目の専攻は理数系。2年の選択理科からは生物を担当します。……ああ、一応ROD能力の授業もやるのでご心配なく。ROD能力は超能力系Aの念写術系A。……えー、対象物の過去の状態を読み取り、写真に現像できます。――以上。質問は?」
静まった教室を凛子は再び見渡す。反応が無いのを確認すると、生徒名簿を取り出し、それに目を通し始めた。
翔は安心していた。態度はあまり良いとは言えないが、思っていたよりはまともそうな人だと。凛子が再び口を開くまでは。
「――昨日、皆さんの検査結果を見させて頂きましたが……このクラスの生徒はROD能力適性に関しては優秀なようで何よりです。教える側としては大変助かります。…………ただ一人、飛桐翔さんを除いては」
「……はい?」
突然の名指しに、翔が間の抜けた声をあげる。クラス中の生徒も一斉に、凛子の視線の先の翔に目を向ける。
「魔術系Eの飛翔術系F……すごいですね。こんなの見た事ありませんよ。当然、悪い意味で。実際にはあり得ないだろうが万が一の為にと国が定めたE以下のランクに当てはまるなんて……それも両方。どれだけ貧相な感性してるんですか。普段何考えて生きてるんですか? むしろ何も考えてないんですか?」
(な、なんだコイツ……!?)
唐突な罵倒に翔は動揺していた。(瑠那も突然の出来事にどうしていいかわからずオロオロしていた)
教師として許されざる暴言。周囲の生徒の哀れみの眼差しや嘲笑。いつもならば怒りを露わにする所だが、突然の出来事にそれすら出来ずにいた。そして、なおも続く罵詈雑言を浴びながら、翔は思い知るのである。
(ああ、これがROD能力者って奴なのか……)
やはり高位のROD能力者はどこかおかしい。少しでもまともそうな人だと思ってしまった数分前の自分をぶん殴ってやりたいと、翔は心の中で泣いた。
こうして、翔の才能の無さは、思いの外早くクラスに知れ渡る事となってしまったのだった。