005 森を出て
絶命した狼男のヴィシュターの死体を埋めて終わった後、阿良太はリーダー格のゴブリンに言われた通りの方向を疾走していた。その腕にはヴィシュターが持っていた『虚空庫の腕輪』が嵌められていた。阿良太自身、死んだ者から物を取るのは躊躇っていたが、リーダー格のゴブリンが押し付けてきた物だ。
―――――「………これを、俺にか………?」
―――――「アア、ソウダ。コレハオ前ニ、ヤル」
―――――「いらねぇよ。死んだ奴のモンなんて」
―――――「イイカラ、取ッテオケ。コウイウ奴ニ持ッテイラレルヨリ、オ前ガ持ッテイタ方ガイイ」
―――――「だから、なんで俺が――――」
―――――「イイカラ!!持ッテケ!!サッサト行ケ!!!」
そんなやり取りをして押し付けられた物。彼なりのお礼なのかもしれないが、やはりいただけない阿良太だった。それでも、捨てる気にもなれず付けている訳だが。
そんなことを思い出しながらリーダー格のゴブリンに教えてもらった方角へと歩みを進めていると、木々の合間から光が見え始める。
「漸くこの森ともおさらばか……ホント、こっちに来て早々、大変だったな」
明りの方へ進んでいくと、阿良太の目の前が一気に明るく開けた。眩さに目を慣らすと、そこには一面の草原が広がっていた。見渡す限りの草原にポツポツと樹木が点在しているだけで、視界を遮る物はない。
天気も気候もいいので思わず寝転んで昼寝でもしたくなる阿良太だが、ここであることをはたと気が付いた。
「…………そういや、一番近い街とか村ってどっちだ……?」
そう、ゴブリン達に森からの抜け方は教えてもらったが、その先の人里への行き方は何一つ教えてもらっていなかったことを今更になって気付く阿良太だった。
心地よい風が吹き抜ける草原。降り注ぐ温かな日差しは、風に揺れる花々をすくすくと育んでいく。
何もなければのどかな光景であるが、その花々の真横を駆け抜ける数人によってその光景は変わってしまう。
皮をなめして作った鎧とボロボロの直剣を携えたツンツンボサボサで黒髪の男性、同じく要所要所に何かの甲殻を施した鎧と大型メイスを担ぐ色黒でスキンヘッドの大男、ローブを纏いその手には水晶のついた杖を持っている金髪の女性。
彼らはこの草原を疾走していた。ただ疾走している訳ではない、ちゃんとした理由がある。それは――――
「うわあああああああああああああ!!?」
「どわあああああああああああああ!!?」
「わきゃああああああああああああ!!?」
――――迫り来るモンスターから逃げるためである。
「スターク!テメェ!!何がゴブリンかも、だよ!!!どっからどう見たってクレイジーラビットの群れじゃねぇかよ!!?」
「知るか!!もともとそれで矢の風を撃ったのはシーラだろうが!!?」
「だって撃ってみたらって言ったのはハザルでしょおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」
ハザルとスターク、それにシーラの三人は言い合いをしながらも全力で草原を駆け抜ける。その三人の後方を追いかけているのは真っ黒な体毛を持つ兎の様なものの群れだった。兎の様なものと表すのは、その兎の体長が三メートル程あり鋭い爪と無数の牙、それに尻尾の先端の毛が無数の針の様になり、それがモーニングスターのごとく振り回される尻尾。それは兎の皮を被ったれっきとした怪物である。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!」
跳び上がった一匹のクレイジーラビットが、回転しながら撓らせた尻尾を打ち付けてくる。柔らかそうな見た目に反して、打ち付けられた時の地面の抉れ形と衝撃波がその重量を物語らせる。
「兎に角、逃げろおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
「異議無しいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!??」
「ひにゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
自身の後方で起こる惨劇をも目もくれず、三人は依然疾走を続ける。いや、そちらに意識を向けることもできない、と言った方が過言でもない。少しでも意識を向ければ、その隙に殺られるかもしれない。そんな思いから三人は全力疾走を続けるしかなかった。
とわ言ったものの、このまま何もない草原をただひたすらに走り続けることは出来ないし、このまま街から離れるのも得策ではない。
「如何するよっ!…………ん!?」
何とかして打開策を見つけなければと考えるハザルの目に一人の人影が飛び込んでくる。まだその人影とは距離があり詳しいことはわからなかったが、ヒョロッとしたその人影をハザルは旅人か何かと判断した。そして、己らが引き連れているクレイジーラビットの群れが、その旅人にも影響を与えてしまうと考えハザルは大声をあげて叫んだ。
「おおーい!!早く逃げろおおぉぉぉ!!!」
走りながら叫んだ為、段々と近くなってくる人影。近づいてくるとその人影の様子がわかってくる。ヒョロッとはしていたが、明らかに男性。ボサボサとした黒髪にそこそこ整った顔つき。少年から青年へとなったその顔は苦虫を噛み潰したかのような表情をしており、それは絶対自分達とクレイジーラビットの群れに向けられてものだとわかる。
苦い表情をしている青年は腰に差してあった細い剣を抜いた。まさか、とハザルは思った。二十匹近いクレイジーラビットを一人で相手に取るのか、と。単体としての脅威ランクはDランクだが、群れとしての脅威ランクはCにまで跳ね上がる。
「おい!!一人じゃ無理だ!!アンタも逃げ――――」
「――――大丈夫だ。コイツ等は狩り慣れた」
刹那、発した言葉を言い切る前に誰かの言葉と影が通り過ぎた。先頭にいたハザルもそうだが、やり取りを見ていたスタークとシーラも何が起きたのかわからなかった。
『ガアアアアァァァァァァァ!!?』
ハザル達の後方から悲鳴にも似た鳴き声が響く。何事かと振り向くと一匹のクレイジーラビットが首から大量の血が噴き出している。時折ピクピクと痙攣を起こしているが、流れ出ている血の量から既に手遅れであることがわかる。
「疾ッ!!」
先程の青年が新たなクレイジーラビットに向かい、手にしている細い剣で斬りかかっている。標的にされたクレイジーラビットもタダではやられまいと、その爪や牙や尻尾などで応戦している。仲間も援護するように青年へと攻撃しているが、青年はその攻撃をヒラリヒラリと躱し、標的のクレイジーラビットに斬りかかっていく。
「おいおい…………あの数を一人で相手取ってるとか……何もんなんだアイツ………」
「…………見ろよ、あんなレイピアみたいな細い剣でクレイジーラビットの尻尾を切り裂いたぞ…………」
「ほぇー…………なんか、踊ってるみたいで、キレイ……」
ハザルの呟きにスタークとシーラも同じ様に返す。三人は己の武器を抜くのも忘れ、青年によるクレイジーラビットの蹂躙劇に見入ってしまう。首筋を切り裂かれる個体や両腕を飛ばされる個体、全身を切り裂かれる個体などそのやられ様は様々だ。そして、最後の一匹が倒れた時、その中心には先程の青年の姿があった。纏っていた服のあちらこちらにクレイジーラビットの返り血を浴びていたが、青年自身が怪我を負った様な痕跡はない。
「ハァ……また返り血が付いちまったよ………また洗わなくちゃなぁ………」
青年はそう言うと手にしていた剣を一振りし、付着していたクレイジーラビットの血を振り払い鞘に納める。そのまま青年は踵を返しその場を立ち去ろうと――――
『って、ちょっと待てぃ!!?』
三人は全く同じタイミングで青年を引き留めた。青年はダルそうな視線をハザル達に向ける。
「まてよ!!アンタ、このクレイジーラビットはどうするんだよ!?」
「どうするって………別に、どうもしないよ?俺は要らないから、あんた達にやるよ」
青年はあっけらかんと言った。ハザル達は絶句する。ランクDのクレイジーラビットとは言え、二十匹近いクレイジーラビットの魔石と素材を売ればそれなりの額になる。それこそハザル達が倹約すればひと月は持つ額になる。それを何ともなさげに譲ると言っているのだ。驚かない方がおかしいというものだ。
「この数のクレイジーラビットをかよ…………アンタ、一体何者だ」
「俺は………阿良太、深城 阿良太だ。アンタ等は?」
「俺はハザル、直剣使いだ。後ろのメイス担いでる大男はスターク。そんで、そこで杖持ってんのがウチのパーティーの魔術師のシーラ」
「スタークだ、さっきは助かった。俺達だけだったら危なかった」
「シーラです。さっきはありがとう!!」
「阿良太だ。パーティーと言ったな、何かそういう組内を組んでいるのか?」
阿良太と名乗った青年はハザルやスターク、シーラと握手を交わしていく。その中で阿良太はハザルの言ったパーティーと言う意味を聞いた。
「ああ、俺たちはメリアスの街に拠点を置くDランクの冒険者パーティーだ。アンタも冒険者なんだろう?」
「いいや、冒険者じゃないよ」
俺達より強いからランク的にはCかBか、はたまたAランクか。等と予想していたハザル達はポリポリと頭を搔きながら放った阿良太の言葉に耳を疑った。
「冒険者じゃ…………ない?」
「ああ。っていうかそもそも、冒険者って何?」
『は…………はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
ハザル達の絶叫が草原に響き渡った。
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