002 事情と現状とこれからを
真っ白な空間。全てが真っ白に塗りつぶされていて前後上下左右、触覚、嗅覚、聴覚、視覚、味覚、全てにおいて何も感じられない。
白。
全てが白く、世界が静止しているのかそれとも動いているのかすらわからない。ただただ果てしなく白い静寂が世界を支配していた。そんな中にポツンとあるのは、深城 阿良太だけだった。
どこだよここ、と呟いたところで、阿良太はふと違和感を感じた。
待てよ、今俺は言葉を話したか?自身の声帯に疑問を感じ、あー、と声を出してみる。が、声は出ない。それどころか身体の感覚、何かを触っている感覚、呼吸している感覚、全てが感じられない。
(なるほどね、つまりは俺の身体は無いってことか)
実際、自身の手足を動かすことも、そこから感じるはずである感覚も、全てにおいて感じることができないのだから、そう考えるほかない。
(さてさて、なんで俺はこんなところにいるのかね?)
阿良太は自問する。死んだ筈の自分自身の意識があって、こんな真っ白な空間的な場所にいるのかと考える。死んだ先に天国や地獄等はないと思っている阿良太は、ここが何らかの者によって意図的に作り出された空間ではないのかと思えて仕方ない。
「…………もし………」
そんなことを考えていると、阿良太の聴覚に琴の様な声が響いてくる。声のする方へと意識を向けると、そこには金色の光の塊が漂っていて、それは少しずつ形を成していく。それは手足を成し、翼を成し、その身体を成していった。
「……えっと…………その………いいですか………?」
(え?…ああ、すまない。見惚れていた)
それは純白の天女の様な、黄昏色の慈悲深い聖母の様な姿であった。その姿に思わず見惚れていた阿良太は、その女性の問いかけに我を取り戻した様に答えた。
「それでは……私は神でありやがるなのです」
(……………………………………はぁ?)
その女性が己自身のことを『神』と言い放ったことと、その姿からは思いもよらない様な言葉遣いであったことの二つに、思わず呆然とする阿良太は間の抜けた返事を返すことしかできなかった。
「あ、信じてないのでございますね?」
(……………まぁ、いきなり神様だって言われても、反応に困るだけだし…………っていうか、言葉に出していないのに俺の思ったこと丸わかりかよ)
「ふっふ~ん。そりゃぁ私は神様でありやがりますですし」
そう言って更に一層得意げに胸を張る神様(自称)はふふん、を得意げな顔をしてフワフワと浮かんでいる。
(で、その神様が死んだ俺なんかに何の用だ?)
「…………………………………………………………でした」
(ん?何?)
「誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
浮いた状態からの地面(らしき地点)への急降下土下座へ移行する自称神様。阿良太は再度ポカーンとしてしまう。いきなり目の前に現れたかと思ったら威張りだし、しまいには急降下からの土下座を繰り出すなど、いっぺんに事が進みすぎて思考が追いついていない。
(………………………)
「この度は、私どもの不手際で貴方を殺してしまいました!!本当に申し訳ございませんでした!!!!」
何度も何度もガンガンと地面に頭を叩きつけながら、頭を下げ続ける自称神様。ガンガンと鳴っている音の中に少しだけ湿りっぽい音がし始めたので、何とか土下座を止めさせて、阿良太は何故自分が死んでしまったのか理由を聞いた。
(…………つまり、俺とあの少女はあんた達の手違いで、その運命の書とやらが変わってしまったと)
「はい……そうでやがります」
シュンとする神様を見ながら、阿良太は大きなため息を着きたい気持ちになった。神様の話によると―――――
何処かの隔絶された空間に、大量の紙の資料を山積みにした机と、その向こうでカリカリと音を立てる存在があった。その存在は神々しく絶世の美女と呼んでもよい程の美貌をもい居ていたが、目の下の隈がその神々しさや美しさを著しく低下させていた。
「神様ー。追加の書類をお持ちいたしましたー」
目の下に隈を作った神様と呼ばれた存在は、書類を山積みにして運んできた自身の眷属を恨めしそうに睨む。
「なんで私の所にだけこんなに書類が集まるの~!!」
「仕方ありませんよ神様。貴方様は第56から86番までの世界の管理を任されているのですから。それに現在、72番世界では世界大戦、66番世界と69番世界が相互空間大戦を引き起こしている為、死者判定の書類がそれぞれの担当部署より提出されています。暫くは休む暇も無いと思いますよ」
眷属からわかりきっている事実を改めて告げられて、ぐったりとなる神。机にべったりと顔を押し付け、あーうーと訳のわからないことばかりをウダウダと言っている。
「……あれ、ちょっと待って。空間大戦って…………もしかしてその2つの世界ってお互いに観測しあってるってことなん?空間って宇宙空間じゃなくて?」
「そうですよ。一応、そこまでしっかりした技術ではない為、比較的近い空間しか観測できないようですが、これ以上広大な域を観測できないように手は打ちますが、よろしいですか?」
「待ってよ~…………それってヤバいじゃん。オッケー、そっちで対処するよう担当部署に私の名義で連絡入れといて…………ああ、それとコーヒー持ってきてきやがれでしてよ」
「コーヒー?…………ああ、83番世界の飲み物でしたよね、確か担当の者が持ってたような……少し頂いてきますね」
眷属から差し出された書類にサインをしながら、グデーとなっている神の指示で、書類の提出ついでにコーヒーを貰って来るルートを思い浮かべる眷属。では、いってきますねと言ってスッと姿を消す眷属を見送った神は、眷属の持ってきた書類にも目を通し始める。やらなければならない仕事はまだまだたくさんあるのだから、少しでもやって量を減らさないことにはやってられない。数分もしない内に眷属がコーヒーを持って帰ってくる。
「神様ー。コーヒーをお持ちヌギャッ!!?」
床に散らばっていた書類の一部に躓く眷属。宙を舞うコーヒー入りのカップ。その先に居るのは―――――
「おおー、サンキューであちゃああぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
見事神の頭の上に命中。コーヒー入りのカップが逆さまに命中しブチ撒けられるコーヒー。頭から熱いコーヒー塗れになった神は額にピクピクと怒りマークを浮かべている。
「何てことしてくれてやがんですかアンタはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひぇぇぇ!?!?!?ごめんなさーい!!?」
ドンガラガッシャーン!!と、神の怒りが具現化されて眷属に降りかかる。単なるお怒りといえども、眷属に当たれば一溜りもない。必死に逃げ惑う眷属。それを追いかける神。その追いかけっこが数分続き、漸く神の怒りは一時的に収まる。
「全く、何であんたの背中に羽を付けてやったと思ってるのよ……ったく」
「ごめんなさ~い…………」
「次やったらただじゃ……………………え?」
ゼーハーと息を荒立てながら眷属を叱りつけようとした神は、コーヒーに濡れた自身の傍に置いてあった書類の一部が濡れていることに気付く。それの一番上に記されていた名は『第83番世界在生 深城 阿良太 運命書』と書かれていた。その下の書類と共に丁度運命が記されていた所が黒ずんでしまっていた。
「なんてこったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?」
その後必死に書類の復元を試みたが、一番上にあった阿良太の書類はどうすることもできなかった。
(………………なるほど、それで俺は死ぬことになったと)
「はい………………そうなのでございますよ………………本当に申し訳ございやがりませんでした」
この神様は語尾が安定しないな、などといらないことを考えている阿良太だったが、不思議と怒りは湧いてこなかった。この神様も神の中では、所謂中間職なのだろう。上司と部下の板挟みで大変なんだろうなと軽く同情せざるをえない。
(神とやら。一つ聞いてもいいか)
「はい!!何でも!!」
(その俺の書類の下はあの少女の書類だったんだよな………………その少女の運命はちゃんとしたものに戻ったのか?)
「え……はい、完璧に戻りましたです」
(そうか……それならよかった。俺が死んでまでして助けたのに、そのまま死なれちゃ目覚めが悪いからな)
神は呆然とした表情で阿良太の魂と呼ぶべき意思の塊を見た。てっきり阿良太自身をこんな風に殺してしまったことに激怒しているものだと思っていた。だが、その魂の色は激情の荒々しい色をしている訳ではなかった。いくらその境遇が似ているからとはいえ、相手は元人間であり、例え聖人君子であっても憤りを感じずにはいられないだろう。だがその輝きは決して眩しく煌びやかに輝いている物ではなかったが、その光はとても優しくそして温かな光だった。
「…………あなたは怒らないのですか?あなたの過去や未来の全ては消えてしまったのですよ?あなたは原因の一翼である私を責める権利があるのに……………何故?」
(何故って……………別に深い理由はありませんよ?……………あなたの職務の全てを理解するなどと烏滸がましくて言えませんが、その苦労の一部は理解できるつもりですし、俺のような事例を今後出さない様にしてくれればいいですし……………まあでも、あの少女が死んでたら俺も怒ってたでしょうが……………)
恥ずかしそうな感情の色を見せる阿良太。それを見た神は言葉を失ってしまう。こんな素晴らしい魂を私の手違いで消滅させてしまう訳にはいかない。彼はこんな所で死んでいい人物ではない。
「…………あの深城 阿良太さん。いいでしょうか?」
(ん?なんすか?)
「………いえ、あなたのこれからのことです。今までのあなたの運命の書は、完全に再生不可能になってしまいました」
(ええ、コーヒーの染みで完全に読めなくなったと)
「はい。ですから、新たに一から運命の書を制作致します」
(そんなことができるのか)
「普通はできません。ですが、あなたの様な人を消失させる訳にはいけません。何とかします。いいえ、してみせます」
阿良太は神を見る。阿良太自身神などというものは信じていなかったが、翼を広げ大きなことを成さんとする、その姿はいやがおうにも彼女が神であるのだということを認識せざるを得なくなってしまう。
「私の直属の上司に掛け合ってみます。私の全てを掛けても、必ずあなたに新たな人生を歩んでもらう為に」
「そんなことせんでもええわい」
突如として響く第三者の声。そちらを向くと貫禄のある大らかなご老人…………ではなく、よく焼けた小麦色の肌にアロハシャツ。ブカブカの半パンを纏い、サングラスと麦わら帽子にビーチサンダルを履いたイケイケのご老人だった。だが、その身体から発されている気は間違いなく神そのものであり、翼を広げている神の上位に当たる存在だとわかった。
「統合管理区長神様………」
「話は聞かせてもらったわい。確かに失うには惜しい魂ではあるのう」
「統合管理区長神様。どうか彼に新たな運命の書の発行をお願いしたいのです」
「フンム……ワシは構わぬが他の神共がなんと言うかの?」
アロハの爺様は腕を組んで考え込むように唸る。それを見た神はアロハの爺様の前に跪く。
「元はと言えば今回の発端は私目にあります。私の権利や立場などはどうなっても構いませぬ。どうか彼に新たな書の発行をお認めください」
アロハの爺様に懇願している神。それを見ている阿良太はちょっと待てと待ったを掛けたい。すごく待ったを掛けたい。だが、この二神のいる前では何とも声を出し辛い状況となってしまった訳である。
「フンム……なら、こうゆうのはどうじゃろう?その者はワシが管理する第45世界で新たな人生を与えるとしよう。お主はお主の成すべきことを成すのじゃ。その者もそう思っているようじゃからな」
神は驚いた様に阿良太とアロハの爺様を見る。阿良太は当然だ、と言わんばかりに同意を示す。阿良太の犠牲を招いてしまったことは事実であるが、それを招いた神が何らかの処分を受けて今の座から後退してしまえば、次の新たなる神が同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。そうならない為にも、この神様には生きてもらわねば。
「統合管理区長神様……………感謝します」
「はっはっは!!礼ならその者に言えばよい。さて、運命の書の制作に掛かるかの」
アロハの爺様はパチンッと指を鳴らすと、阿良太の目の前に1枚の紙が精製される。
「それがお主の新たな『運命の書』じゃ。今回はワシから特典をつけてやろう」
いつの間にか目の前まで迫っていたアロハの爺様は阿良太の運命の書を取ると、どこからともなく取り出した羽根ペンでサラサラと付け加えていく。
「一つ、お主が向こうの世界で始まる年齢を幾らか若返らせる。
二つ、向こうの世界で適応できる様、自動言語翻訳機能と身体能力の強化
三つ、消滅する前のお主の世界から形見の品として何か一つを送ろう
四つ、前世の記憶を引き継いで転生する。
こんなものでどうじゃろうか」
(どうもこうも悪いことなどない。そもそも、一から始めるべきところを全て手配してもらっているんだ、感謝はすれど文句など付けることはできない)
「はっはっは!!そうか、それはよかったわい。それでお主が取り寄せたい品はどれじゃ?」
前世の全ては消滅したが、阿良太はどうしても記憶の中に残っている一振りの刀を思い浮かべる。
(俺の家に代々伝わっている一振りの刀。それを取り寄せてほしい)
「ほう…………これは中々良いものじゃな……よかろう取り寄せるぞ」
アロハの爺様は何かを念じる様に唸ると、目の前に光の粒子が集束していく。そして現れる一振りの刀。家の頭首に代々受け継がれてくる刀。それが新品同然の姿で現れる。
「ふぅ…………これじゃろう?」
(ああ、間違いない。すまないここまでしてもらって)
「構わないわい。元はといえばこちらに非が有ったのじゃからの」
「阿良太さん。この度は本当に申し訳ございませんでした」
(いいって。次からは気を付けてくれよ)
二カッと笑うアロハの爺様と頭を下げてくる神様にそれぞれ言葉を返していると、阿良太の運命の書が薄く輝きだした。
「時間じゃの。お主の運命の書が、お主を新たな世界に導く準備ができた様じゃ」
(そうか。統合長神様、それに神様。色々とありがとうな)
「構わぬわ。これもまた一興というものじゃよ」
「阿良太さん。どうか貴方の新たな人生に多くの幸が有らんことを願っております」
(おう、ありがとう……………それじゃぁ……………)
阿良太はそう言い残すと、運命の書と共に光の粒子となって消えていった。恐らくは新たな世界に旅立ったのだろう。
「はっはっは、中々の逸材じゃったの」
「はい、私のせいで消してしまうには勿体ない程に」
「奴なら…………いつかは―――――」
「?………統合管理区長神様?」
「……いや、何でもないわい。それよりお主も持ち場に戻って、あの者に言われた様に、成すべきことをなすのじゃ」
「はい。わかりました」
そう言うと二神は姿を消した。残されたのは何もない真っ白な世界だけだった。
どうもです。作者、春夏秋冬でございます。二話を読んでいただきありがとうございます。誤字脱字報告やご意見ご感想など、よろしくお願いします。




