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001 その日俺は

───その日、俺は死んだ。


何時もと変わらない平凡な一日だった。だが、日常と非日常の境はどこにでもあるものだと、その日俺は思い知らされた。







深城 阿良太(みしろ あらた)。39歳独身。どこにでも居るような、平凡な中間職になりかけのサラリーマンである。


毎日規則正しく生活し、職場での評判は可もなく不可もなく。婚期は逃しかけているが、そこまで深刻には考えていない。高2の冬に両親が事故で他界し、就職して2年目に面倒を観てくれていた祖父母も他界した。


それ以来天涯孤独の身となった阿良太に遺されたのは、両親と祖父母の財産と代々続く道場だけ。


字源流を基にうちのご先祖様が作り上げた流派、心隔流。阿良太も習わされていたので、一応の免許皆伝は貰っている。全国大会では優勝もした。


そんな流派の道場が残ってしまったわけだ。ご先祖様が編み出した流派なもんだから無碍に扱う訳にもいかず、その道場を含む祖父母の家を手放すことができていない。


「ふああぁぁぁ……」


現在、朝6時。ベットから起き上がってパジャマ代わりのジャージを脱ぐ。ヨレヨレになったジャージを見つめ、そのまま洗濯機の中に投入する。ちょうど良い程に洗濯物が溜まったので、洗剤を投入して蓋をしスイッチを入れる。


30とデジタル表示された洗濯機から離れ、朝食を作る。冷凍庫で冷凍保存していた食パンを2枚出してトースターに突っ込む。トースターのレバーを下げて、次にフライパンを出し油を垂らしてから火に掛け、卵を割り込んで目玉焼きを作る。


目玉焼きがいい色合いになった頃にちょうど食パンが焼きあがり、両方を皿に盛ってコーヒーを注ぐ。


「いただきます」


目玉焼きをトーストの上に乗せ、一緒に食べる。いい感じに半熟の目玉焼きとトーストがマッチングしている。


「ご馳走様でした」


朝食を食べ終え、食器を洗い終えると見計らったかのように洗濯機が洗濯終了の機械音が鳴り響く。洗濯物を全て取り出し、ベランダに出て一つずつ皺を伸ばしながら干していく。今日の天気は一日中晴れ。絶好の洗濯日和である。


「行ってきます」


洗濯物を干し終え、身だしなみの最終確認を終えると、書類を詰めた鞄を持って戸締りの確認を済ませて家を出る。外に出ると、少しずつ町の喧騒が聞こえてくる。何気ない日常が、いつも道理に始まる。


―――――そう、この時はそう思っていた。











「先輩っ!!おはようございます」


「おう、おはよう、沼田。今日の会議の準備は?」


「バッチリです!配る資料も、スライドもバッチリ準備済みです!!」


出勤途中の朝の交差点。後ろから声を掛けて来たのは直轄の班の後輩、沼田 綱紀(ぬまた こうき)。物覚えも良く、気配りも出来ている。それに直轄の班なだけあって、何かと面倒を見ている。


「……資料、何枚刷った?」


「ええっと……先輩に、取引先の飯田さんに吉田さん、桑嶋課長…………それと僕の5枚です」


沼田が指を折りながら刷った枚数を数えているが、どうも不安が残っているようだ。携帯端末の画面を呼び出して確認してみる。


「………はぁー………沼田、取引先は四人だ。昨日言っただろう?飯田さんと吉田さん。それと幸田さんと木村さんも追加で来るって」


「…………ああ!?………しまったぁ…………完璧に忘れてた………」


頭を抱えて悶える様にくねらせている沼田。何とも言えない気持ちになって、思わず苦笑してしまう。


「仕方ねぇな…会社行ったら一緒に刷ってやるから、ほら速く行くぞ」


「せ、先~輩っ!!ありがとうございます~!!!」


信号が丁度青に変わり、俺達は横断歩道を渡っていく。反対側からも多くの人達が渡ってくる。毎朝見ている光景が、何気なく、いつも道理に過ぎていく。ただそれだけだと思っていた。


フアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!


「ッ!?!?」


突然、鳴り響く重低音とクラクション。赤に変わっている信号機の向こう側、大型トラックが速度を緩めずに突っ込んで来る。


「んなっ!!?」


突っ込んで来るトラックは真っ直ぐこちらに向かって来る。運転席に居る運転手はハンドルに突っ伏している。鳴りっぱなしのクラクションから、居眠り運転ではないことがうかがえる。恐らく最近よく聞く運転中の心筋梗塞なのだろう。


「ッ!!逃げろぉ!!!!!」


阿良太の叫びに反応した人々が数瞬の呆然を越え、一斉にトラックの進路上から退避しようと動き出す。


「沼田!!逃げるぞ!!!!」


「ッ!!はい!!!」


阿良太の言葉で動き出した沼田。他の奴と同じ様に呆けていたのだろう。だが、自身の置かれている状況を理解して動き出した。


「キャアアアァァァァァァァァァァ!?!!?」


突如響く女性の悲鳴。それに反応した多くの人がその視線の方向を向く。その先には小学校低学年位の少女が座り込んでいる。トラックは速度を落とさず相変わらず突っ込んで来る。


「――――――ッ」


一瞬の迷い、選択、後悔。全てを捨てて、身体が動き出す。


頭の中で()()()が弾け飛び、周囲の時間が止まった様に遅く感じ始める。一秒が何分にも感じる感覚の中、身体は、意思は全力で動く。


「沼田ぁぁぁぁぁ!!!!」


一瞬の内に少女の傍まで駆け寄った阿良太は後輩の名前を思いっきり叫ぶ。トラックはもう目の前まで迫ってきている。今更の後悔は遅い。


「受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


少女の背負っているランドセルの上から抱えるように抱き上げ、安全圏まで抜けた後輩(沼田)へと投げ飛ばす。


「ッ!!どわああぁぁぁぁぁ!!?」


沼田は咄嗟に受け身の体制を取り、投げ飛ばされてきた少女を抱きとめて尻餅を着く。


トラックはもう目の前。逃げる間も避ける間も全くない。沼田がこちらに手を伸ばして必死に何かを叫んでいるが、何を言ってるか全くわからない。


「あーあ、やっちまったな」



ヒュゴッ!!!!

ガヅッッッッン!!!!

ドガッッ!!!!



衝撃。それを認識する前に全身に襲い掛かる激痛。真っ白に潰れる五感、肺から息が押し出され、息が詰まる。少しずつ五感が戻ってくると共に、更なる痛みが襲って来る。形容しがたい程の痛みが身体を駆け回る。


「………輩!…先……!!先輩!!!しっかりしてください!!!!」


少しずつ鮮明になる視覚と聴覚が沼田を捉える。仰向けになった俺に近付いて必死に声を掛けてくる。戻ってくる感覚が鈍く、身体を動かそうにも動かすこともままならない。


「沼…田……か?」


「ッ!?先輩!!しっかりしてください!!おい!誰か救急車を!!速く!!!」


擦れた声で沼田に返すと、沼田は血相を変えて必死に呼び掛けてくるが、遠くなっていく感覚が阿良太のそう遠くない未来の死を予言していた。


「沼…田……ゴフッ………女の……子………は……?」


「無事です!!先輩のお蔭で傷一つありません!!」


「そう……か…………それを………聞いて…安心した………」


段々と沈んでいく感覚の中、沼田の言葉に安心する。これで女の子も死んでいたら、後悔したし後腐れも悪い。


「先輩ッ!!眠っちゃ―――す!!お―――か!救―――を!!―輩――――してく――――!!!」


「(悪い沼田…何言ってるか、全然わかんねぇや……)すまん……コピー…頑張……って…………く――――」


「―――――!?―――――――!!」


闇に包まれ沈んでいく感覚の中。阿良太は眠るように死んでいった。享年39歳。死に顔は穏やかな物だったと後輩の沼田 綱紀は語っている。












「誠に申し訳ございましたでしたです!!!!!!」


「……………………………………はぁ?」


その本人の阿良太は何故か知らないが、何処かの空間で女性的なナニカに必死に謝り倒されていた。










はじめまして、春夏秋冬と申す者です。この度は『異世界はやっぱり大変だった』をご覧いただき、誠にありがとうございました。ご意見ご感想、または誤字脱字報告など頂けると幸いです。

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