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日常の終わりと専業冒険者 3

「というわけで、プロテクターが必要です!」

兄貴は、尋ねてきたシャーロットさんにオークにやられた一件を話す。

「プロテクターですか?」

「はい。確か、米軍でもSWATでも採用していると思います。ニーシンパッド、エルボーパッド、脊椎や内臓を護るプロテクトジャケットなんかがあると思います。防弾チョッキなんかは必要ないです、重いらしいんで」

兄貴が一気にまくし立てるので、シャーロットさんは引き気味だ。

ただ、確認するようにシャーロットさんが俺や沙織に目線を送るので、俺たちはうなずいて兄貴の意見に同意した。

「……分かりました。皆さんの装備については例の司令官の大佐と直接やりとりしていいことになってるので、連絡しておきます」

それにしてもオークですか、私も見てみたいです。などといいながらシャーロットさんは帰っていった。

「真一さん、体調はどうです?」

「本当にもう大丈夫。すごいよな恭二の魔法……」

確かに兄貴の顔色は問題なさそうだった。

「それより恭二、防具はとりあえず大佐さんと相談するにしても、武器だ」

あのバットを出せ、といわれて俺は収納からバットを取り出す。

「六層からはもうバットはダメだと思う。近接武器はやっぱ日本刀が欲しい。槍も欲しいが、今の世の中じゃ、おそらく刀以上に難しいと思う」

作ってないからな、と兄貴が言う。

日本刀は愛好者もいるし、技術保護のために今でも新刀が打たれている。現代刀と言うらしい。

「現代刀は比較的安価で買えるんだ。要するにプレミアが付いていないからな」

「なるほど。でも、そうはいっても高そう……」

「沙織ちゃんも買った方がいい。前回の大使からの報酬、使えないか?」

兄貴の言葉に「大丈夫と思うけど……」と答える沙織。なんか欲しいものでもあったんだろうか?

「俺たちはオヤジと要相談だな」


「……俺も行きてえ」

またそれかよオヤジ。

「店の再建とかの話まとまってないんでしょ? たのむよ、社長」

兄貴が何とかオヤジをなだめる。

「要するに、カードで買えりゃいいんだろ?」

俺たちはオヤジからファミリーカードを渡されている。

「多分限度額が足りない。から現金で払いたい」

「おいおい、何本買う気だよ……」

実は、一人五本くらいは欲しいと思っている。俺たちは素人だし。

腕のある剣士が日本刀を使えば、それこそ兜割だってしてのけるだろう。

だが、素人が使えば、欠けたり折れたり曲がったりするらしい。

今日のオーク戦じゃないが、命がかかる状況では、問題になるのは、金じゃない。

「わかった。金はまあいい。それより、そんだけ刀を買うとなるといろいろうるさいことになる可能性もある。真一が調べたとおりならそんな義理はないんだが、一度警察に相談しておけ」

オヤジは、通帳と印鑑を俺と兄貴に渡してくれた。

驚いたことに、俺たちがアメリカからもらったときの明細金額そのままだった。

どうもオヤジは、俺たちの分で兄貴と俺に新しい口座を作り、その分を分けてくれていたらしい。

「子供の金なんて使えるかよ」

なんて照れてたけど。

まだこの頃はシャーロットさんのやった義援金キャンペーンもそれほど巨額にはなってなかったからな。


日本刀の件もシャーロットさんに相談してみる。

「シャーロットさんって警察の偉い人に顔効きますか?」

CCNの日本担当のキャスターなので、もしコネがあるなら紹介して欲しかった。

「……そうですね。ちょっと当たってみます」


翌日シャーロットさんが紹介してくれたのは、内閣官房長官だった。いろいろ段階飛ばしすぎだろ!

どうやら、シャーロットさんは大使に相談。大使は総理に相談、総理は官房長に相談。

という流れだったらしい。

「いいんですよ。あなたたちに対するいくつかの失策と、その後あなたたちが日本政府を飛ばしてアメリカ大使といろいろやってることで、日本政府にも危機感があるらしいですからね」

しれっとシャーロットさんは笑った。

また俺たちは全員学校を休んでシャーロットさんの車で出かけることになった。

ちなみに、ここんところのこういう学校の欠席は「公休」扱いになるらしい。

俺なんかなんやかやでもう20日近く休んでる。兄貴と沙織はまああそこまででもないけど。

奥多摩から首相官邸までは二時間以上かかる。ちょっとしたドライブだ。


俺たちは首相官邸に入ると、官房長官室に案内された。

まあアメリカ大使や横田基地の司令官に逢った事でだいぶ破壊されつつある俺のコモンセンスであるが、さすがに日本の政治家のトップの一角と会うのは顔が引きつる。

ちなみにほかのトップは言うまでも無く、総理大臣と幹事長だ。

「山岸恭二君、真一君。それと下原沙織さん。シャーロット・オガワさん。ようこそお越しくださいました」

幹事長氏が俺たちをそれぞれ椅子に招く。

「申し訳ないがシャーロットさん、同席なさるならここからあとは全てオフレコでお願いしたい」

「はい、オフレコで」

幹事長にうなずき返すシャーロットさん。

「まずは皆さんに、当日以来の政府の不手際をお詫びします。ただご理解いただきたいのは、あまりに突発的な事象であった上、正体不明の……アレでしたから、我々としても過敏にならざるを得なかったのです」

「事情は……まあ。ただ、現場で、弟を生体解剖しようとしたり、不当に拘束したり、暴行を加えたあげくに『公務執行妨害』で逮捕しようとしたり、事情も説明せず、私たちの家を長期間立ち入り禁止にしたり、挙げ句の果てにあれほどの状態になっているのに、ついに災害認定も金銭的な援助もしなかった事は忘れません」

兄貴がすごいいい笑顔で言い返した。

「私たちの危機は、あのゲートからではなく全て日本政府から押し寄せてきましたし、私たちを救ってくれたのはCCNテレビであり、このシャーロットさんであり、駐日大使であり、アメリカです。それは今も変わりません」

……兄貴の毒舌はまだ続いていた。

「正直、どんな困り事も日本政府ではなくアメリカに頼った方がいいんじゃないかって気さえしますが、ウチは日本にありますし、俺たちは日本人です。もし日本政府が俺たちに協力していただけるのなら、今日までのことについての謝罪は、受け入れます」

「そ、そうか……それはよか」

「忘れませんが」

「った……」

このラウンドのジャッジは10対8で兄貴の勝ちだな。


実際問題、兄貴がこれだけ先制攻撃をしたのは、まあもちろん腹が立っていたからだけではなかったようだ。

今後、似たような嫌がらせを受けないため、とか、今日の交渉を優位に進めたいため、という計算もあったらしい。

俺が「テレビでよく見る政治家だ」ってだけでビビってたのとえらい違いだ。

「では……」

と兄貴が本題に入る。

「俺たちは昨日、ダンジョンの第五階層まで進みました。実はそこまで使っていた武器は金属バットです。ですが、昨日現れた敵は、さすがにバットでは太刀打ちできませんでした……恭二、バット出して?」

俺は兄貴の使っていたバットを取り出す。くの字に曲がったバットを見て、幹事長は言葉を失う。

「こ、これは……」

「たった一撃でこうされました。もちろん俺は脇腹を殴られて気絶しました。ここから先に行くために、俺たちは武器を必要としています。今回は、日本刀が欲しいと思っています」

「……なるほど」

ごくり、と幹事長はつばを飲み込む。

「本当は、戦国時代に使われていたような長槍なども欲しいところです。ですが、長槍はもう生産さえされてません。特注すれば作ってもらえるかも知れませんけど、まだそこまで国内の世論では理解されていないでしょう?」

兄貴の話をかみ砕くように小声で反芻し、幹事長はうなずく。

「世界中に100ヶ所、国内にも11ヶ所。今後はダンジョンを探索する専門家がきっと現れるでしょう。武器や防具が必要になります。何らかの方法で所持を許可してもらえないと困るわけです」

「それは、確かにそうかもしれない。分かりました。ひとまず専門家に諮って、どのような対策が取れるのか研究しましょう」

「よろしくお願いします。ところで、今俺たちが使っている装備は米軍から供与されています。ご存じでしたか?」

「いえ……それが?」

「このままですと、アメリカ軍主導で迷宮用の装備技術が発展します。日本企業は下請けになりますよ」

兄貴の一言は、幹事長にすぐに理解できたようだった。


とりあえず、今日の来訪の用件は全て終わったので、兄貴は俺たちを立たせて、幹事長に礼を言う。さて帰ろうかと思ったところで、ドアがノックされ、中にSP連れの一人の男が入ってきた。

さすがの兄貴も不意を突かれて固まった。

そこには、総理が立っていた。


「申し訳ない、時間がないのでこのままで失礼します」

そういって総理は挨拶する。

「皆さんの話はアメリカ大使からお聞きしました。現時点で世界屈指の『冒険者』だと伺っています。政府の対応に多々問題があったことも承知しております。我々としては今後、皆さんのお力、お知恵をお借りして、なんとか『迷宮』問題をよりよい方向に進めたいと思っています。どうかお力をお貸しください」

そう言って、兄貴、俺、沙織、シャーロットさんと握手をして、

「本当に申し訳ない。このあと閣議がありまして……必ずいずれ時間を取って、皆様のお話をお聞かせいただきたいと思います。……須田君」

総理は官房長官を呼び、そのまま二人で退室していった。

終始兄貴が押し気味だった今日の訪問は、こうして最後、一矢報いられる結果に終わったのだった。




帰り道、俺たちは銀座に寄ってもらうことにした。

東京には国内随一の刀剣商密集地帯がある。銀座だ。

なぜ銀座にそれほどまで刀剣商が集合しているのか分からないが、とにかくこの際、買いそろえて帰りたかった。

奥多摩から都心まではとにかく遠い。往復で四時間はかかるのだ。


スマホで一件ずつ住所を調べては店内に入る。

扱っている品物と価格を考えると、俺たち四人が入ると胡乱げに見られるのは分かる。

とても刀など買える財力があるように見えない上に、全員若すぎる。

シャーロットさんは外国の富豪のお嬢様に見えるだろうが、俺と沙織は制服姿だし、兄貴はちゃんとした背広姿だけど、絶望的に似合っていない、というかまだ背広に着られているような印象だ。

だが、兄貴は全く店員の視線を意にも介さず、陳列された商品には一顧たりとも視線を動かさず、店主らしき初老の男性の前までまっすぐ歩いて行って、こういった。

「日本刀の真剣を探しています。予算は一本(・・)50万円程度。現代刀で、無銘でもかまいませんが、白鞘でなくちゃんとした拵えが必要です」

兄貴はネットでいろいろ調べて、ものすごく合理的なオーダーをしたつもりでいるようだが、明らかに店主は呆気にとられている。

「……50万だと、脇差しか懐刀になるね」

「いえ、太刀か刀が欲しいんです。なければ結構です」

「……」

「失礼しました」

兄貴はきびすを返す。俺たちも続いて出ようとする。

「お待ちなさい。用途は?」

店主に呼びかけられて、兄貴は振り返っていった。

「実用です」

こんな馬鹿な回答はないだろういくらなんでも。

どこの出入りだよ。


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