黒尾ダンジョン 9
緊急無線システムは、S○NYのアクションカム開発部門の人たちが提案してくれた新機能だ。
ダンジョンのような障害物の多い場所での電波通信は、ゴーストと呼ばれる反響や回り込みによるエコーによって結構技術的難問があるらしい。
技術者達は、情報を単純化し、データをデジタル化し克服した。
緊急信号は、全機同一周波で「座標データ」のみの送信だ。
そうすることで、微弱な残響の電波信号からでも位置は特定できる。
ダンジョンみたいな場所でもっとも有用な周波数は、地上の放送に悪影響があるらしく、この機能はダンジョン内限定になる。
全機同一周波だから、誰が緊急無線のスイッチを入れたかは分からない。
だが場所は分かる。
「沙織、岩田さんと彼らを守りつつ救助に向かって! 俺は先行して露払いする」
「了解! 恭ちゃん気をつけて!」
俺たちはスマホのマッピング機能で緊急無線発生ポイントを確認しながら作戦を決めた。
現在俺たちがいるマップ中央の四つ角付近から、発生ポイントである右上の大広間地点までは約800メートルほどだろうか? 徒歩だと10分以上かかりそうだ。
俺はWR250Rというオフロードバイクを選択した。
これなら5分以上時間が短縮できる。問題は、ダンジョンの狭い通路では左右の壁が危険なことだ。
エンジンを始動し、20メートル間隔で使い捨ての<ライトボール>を打ち上げながらハイビームにして俺はバイクを走らせる。
極力敵の気配がしない道を選択するが、どうしても避けられないところでは<フレイムインフェルノ>を多重起動させて一気に屠る。
速度は稼げないが人間の全力疾走よりはよほど速く、静流さんとケイティのチームに俺は合流できた。
「何があったの?」
「モンスターハウス! 4名重傷」
ケイティが端的に叫び返す。
モンスターハウスには、3パーティほどの敵がたまってることがある。問題は、その周辺通路からも敵が補給されることがあって、倒せずにいると6-7パーティを同時に相手しないとならなくなることだ。
この階層では1パーティの敵ユニットがクマ1狼2。
クマ7狼14だと、さすがに俺たちのベストチームでもきつい。
気配探知できる俺たちならまず回避するか、マッピングのため突入せざるを得ないなら全力で殲滅してから立ち入るだろう。
なんで?
と聞いても仕方ない。今は出来ることをせざるを得ない。
俺の感には残り敵パーティ3。
俺の来た方向を指さし俺は叫ぶ。
「総員、バイクのほうに待避! 陣形を整えろ! 動けない人を守れ!」
「了解!」
俺の命令に、無事なメンバーは即座に反応する。
負傷者を抱えて俺の残した<ライトボール>目当てに退却を始める。
「ケイティ、右方向の敵に<フレイムインフェルノ>! 俺は残りを!」
「了解」
ケイティにはソロで、ハウス目がけて凄まじい速度で迫る右通路の敵に対応させる。
オアはハウス内の残敵に向けて、四重の起動で<フレイムインフェルノ>を発動させた上で、気配を感じるクマ二体に<サンダーボルト>を乱れ撃ちする。
喉がひりつく。アドレナリンが出ているんだろう、これはよくない兆候だ。
落ち着け、落ち着け。
「クリア!」
ケイティが叫ぶ。通路から迫っていた敵は掃討できたらしい。
俺も必死で気配を探る。俺自身が興奮状態になると魔法の威力は上がるんだが、敵の気配が分かりにくくなるという痛いペナルティが発生してしまう。
俺が乱れ撃ちした魔法が消えると、敵の気配は左通路からの1パーティのみになった。
俺は<フレイムインフェルノ>でそいつらを屠って、
「クリア!」
と叫んだ。
これでしばらく、この一帯は安全地帯になる。
ケイティ、ドナッティさん、ベンさんに混じって俺も<リザレクション>で負傷者の治療を行う。
「大変!」
ケイティとドナッティさんが、慌てて静流さんの装備を剥がして服を脱がせ始めた。
上着を全て脱がせ終わるとブラジャーまで外す。
「キョジサン! AED」
AEDといわれて一瞬俺は何のことかイメージできなかったが、すぐに、心房除細動器のことだと思い出し<収納>から取り出す。
ドナッティさんやベンさんは、軍学校できっちり研修しているらしく、恐ろしく手慣れた手順で電極を静流さんの右鎖骨下と左脇腹に貼って、
「離れて!」
と叫んだ。そして、装置のボタンを押す。
バチン!
とショート音が響き、静流さんの身体が跳ねた。
即座にベンさんが心音確認、心臓マッサージを数秒行うと、ドナッティさんが再び
「離れて!」
と叫ぶ。
再度のショックで静流さんの心拍は回復したらしい。
「キョジサン! 魔法を!」
ベンさんが俺に叫んだ。俺はうなずき、全力で<リザレクション>を静流さんにかけた。
静流さんは、うっすらと目を開けた。
ほっとしたベンが彼女に抱きついた。
「モウ、大丈夫、大丈夫……」
ベンは、まるで父親が窮地の子供を救ったあとのように、優しく静流さんを抱きしめて頭を撫でていた。
沙織達が俺に追いついた。
俺たちは全員の無事を確認して、一気に地上まで引き返した。
<リザレクション>は万能ではない。
体組織は回復させるが、体液の急速な回復はしない。だから場合によっては輸液も有効になる。
それに、一度肉体を走ったショックは魔法じゃどうにも回復できない。
特に外傷性のショックは、それ自体が生命を奪うほどの危険に陥る。
魔法で肉体が回復しても、すぐには動けなくなる事だって稀では無かった。
ベンさんは静流さんをいわゆるお姫様だっこで地上まで運んだ。
女性としてはやや大柄な静流さんを抱きかかえるベンさんは、優男に見えてもさすがはウェストポイント卒の元少尉さんだった。
危なげなく彼女を抱えてしっかりと運び切った。
ほかの3人も、仲間達に助けられながら、やっと太陽の下に帰り着いた。
香苗さんが真っ青な顔で
「ヘリが来ます。4人は病院に」
といってきたので、俺はうなずいて
「お疲れ様でした」
と労った。
水無瀬のパーティでもっとも気丈で、むしろ俺の知る女性の中でも一番キツい性格とさえいえる香苗さんが俺の言葉で涙ぐんだ。
到着したヘリにベンさんも乗っていった。
リザレクションが使える人員がいた方がいいだろうという判断だった。
とりあえず、黒尾での教習アタックはこれで中止になった。
さすがに、水無瀬のパーティだって、メンタル面を立て直すのに時間がかかるだろう。
俺たちはさすがにこのあと大阪観光に戻る気にもなれず、病院にベンさんを残し、東京に戻ることにした。
東京に戻って一週間。
ベンさんもいないことなんで俺たちは、たまった雑用やら指導員達のスキルアップやら<アンチドーテ>の普及やらに取り組んで彼の帰りを待っていた。
アンチドーテに関しては、おそらくだけど「体内機能を阻害している要因を除去」というイメージで正しいと思う。
俺の場合はアルコールで実感したけど、医師の場合、専門知識があればあるほど効果があるようだった。
俺たちは<リザレクション>というある意味反則的なハイスペックでの治療が出来るんだけど、アンチドーテにも将来的には何らかの意味はあるのかも知れない、と医療部門総責任者である砂川理事長は関心を持っていた。
10日を過ぎたあたりで、ドナッティさんが俺を呼び止めて耳打ちした。
「恭二さん。ベンはもしかしたら、戻ってこないかも知れません」
理由を聞くと、どうやら命を救った静流さんとの間に、結構強烈な恋愛感情が生まれているようだという。
さすがにそうなってしまうと、俺たちとしてはどうにもしようがない。
「近頃では、私の電話には出ません」
ドナッティさんはやむなくメールで最低限の連絡を試みているけど、1行2行で質問の返事が来るばかりだと苦笑している。
そのベンさんが奥多摩に帰ってきた。
なんと静流さんを帯同してきた。
「キョジサン……お話、アリマス」
ベンさんが俺の役員室にやってきた。
俺の部屋は書類仕事と接客のためだけの質素な部屋だ。ちなみにケイティや沙織にも同等の部屋が奥多摩本社ビル内にあるが、殺風景な俺の部屋と違って、それぞれに個性のある飾り付けがされている。どちらも女の子らしい部屋だが、ケイティはさすがにアメリカきっての富豪一家の令嬢だと分かる品のいい調度品を揃えている。
その俺のよく言えば質実剛健、悪くいうと殺風景な部屋に、静流さんと2人でやってきて、ソファに並んで座った。
「お聞きしましょう」
向かいに座って俺のほうから水を向ける。
「キョジサン、私カノジョを愛してマース。ケッコンしたい、思いマしたー」
相変わらずベンジャミンの日本語は怪しい外人モード全開だ。
だがいつもと違いその表情にはうっすら張り付いたような微笑はなく、とても真剣な面持ちで俺を見つめている。
「それはおめでとうございます」
とりあえず俺はすっとぼけることにした。
「それじゃあベンさんにはファミリー向けのマンションを用意しなくちゃですね。駅前のショッピングモールの上の物件が便利ですよね」
「あの……」
静流さんが口を挟もうとするのを封じる。
「結婚式はどうしますか? いっそ銀座の協会会館使いましょうか。あそこなら交通の便もいいですしね」
「キョジサン、結婚式はキョートです。私カノジョとキョート暮らしマす」
ベンさんが静流さんに太腿を叩かれて、俺を制して宣言した。
「なにいってんの? そう言われてはいそうですかっていえると思ってんの?」
自分の声がやけに低く感じられた。
俺もかなり頭に血が上ってるようだ。
お待たせいたしまして恐縮です。熱は下がりましたが腹痛や頭痛が残っていて捗りません。次も不定期の更新とさせていただきます。
皆様もご用心ください。




