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序章――奥多摩個人迷宮誕生6

ちっちゃなアメリカ国旗がはためくバンパー。

黒塗りの最高級リムジンが『元』コンビニの駐車場に堂々と横付けされる。

トイレ休憩や買い食いのようなチャチな用では断じてない。

っていうか用件は俺も知らなかった。

CCNのキャスターであるシャーロットさんが言うには、彼女――駐日アメリカ大使の目的は、俺に会うことのようだった。

本来こうした人を迎えるには、報道陣が全員入れるようなエントランスで握手でお出迎えするものらしいんだが、由緒正しい日本家屋の我が家にあっては、玄関とは、俺と兄貴が横に並んで外に出ようとしたらドアに引っかかる程度の間口しかないものだ。

仕方がないので、山岸家は玄関の前に整列して大使を待つ。

ここにはまだマスコミが少し張り付いているが、そうした連中が盛んにフラッシュを炊く。

やがて、シャーロットさんが大使と握手しつつ何事かを彼女に告げる。

シャーロットさんの紹介で、オヤジ、兄貴と握手して、最後に俺のところにやってきた。

「オーアイデキテーコウエイデスー」

あまり流ちょうでない日本語で俺にほほえみかける大使に

「はじめまして」

などとどうにも気の利かない挨拶をしてしまったが、大使は笑顔を崩さず、オヤジの案内で室内に入った。

俺たちが入り終わると、7人居るSPの二人が玄関の外に、一人が我が家の小さな庭に、残りが屋内に散った。

SPってのは初めて見たけどやっぱでかかった。


「本日お伺いしましたのは、あの『浸食の口(ゲート)』についてお話を伺いたかったからです」

単刀直入に切り出したのは、大使の横に居る通訳秘書の女性だった。

「そして、可能でしたらミスタ・キョージに私たちの一員をそこに随行させて欲しいのです」


「いいですよ」

俺は答えた。

「ただ、出来ればお連れする方は少人数で。それと自己責任でお願いします。あと、出来れば今学校に行ってる仲間の一人を待ちたいです」

「ミズ・サオリ=シモハラですね?」

「はい」

驚いたな。沙織の事まで把握してるのか……ってCCNに一緒に出てたから知ってるのか。


「もーびっくり!」

小一時間、様々な大使からの質問に俺と兄貴が答えていると、SPにガードされながら制服姿の沙織がうちに来た。

「いきなり校内放送で校長先生に呼び出されたと思ったら、アメリカ大使が呼んでるから行ってきなさい……って……」

「あー沙織さん、こちらがその大使の方です」


沙織が落ち着いたところで、俺は大使からの依頼を伝える。

昨日、魔法の習得に成功していた沙織はすぐ了解し、俺と兄貴、沙織と、大使のSP二人が同行することになった。そしてシャーロットさん。

今回はカメラクルーなしだが、迷宮経験者で、かつ日米両方の通訳がこなせるということで、大使から同行を許可されたようだった。

「沙織はどうする? 一度着替えに戻る?」

「うーん、いいや。二層までだったら汚れないし」

「兄貴は?」

「俺もいい」

俺と沙織は制服のまま。兄貴も大学行くときのカジュアルなジーンズ姿だ。


今日は浸食の口を通った直後に、俺と沙織で<ライトボール>を浮かばせた。

全員一斉に驚いたようだが、身内の兄貴が

「おい、なんだこれ!」

と驚いたので、シャーロットさんやSPの二人は質問する間を掴めずにいるようだ。

「あー、昨日二人で魔法練習してるときに見つけたんだ。<ライトボール>。ダンジョンものでは良くある魔法でしょ?」

「……お、おう。あとで俺にも教えろ」

「そんな難しく考えることはないよ。俺たちが実際に出してるの見てるんだからさ。同じようなものが作りたいと思いながら<ライトボール>って念じたらできない?」

駄弁りながら第一層のスタート地点に到着する。

「おっ、できた」

立ち止まってチャレンジすることしばし。兄貴も<ライトボール>が使えるようだった。

「あっ!」

シャーロットさんも成功してちょっとうれしそうな感嘆の声を上げる。

だが、SPの二人はうまくいっていないようだった。

「どうしてでしょう?」

二人の言葉を通訳してシャーロットさんに尋ねられた。

「お二人はまだダンジョンに入って時間が短いから、魔法の元になる何かの吸収が少ないとかじゃないでしょうか?」

昨日の練習中に沙織が魔力切れを起こしていたしな。

シャーロットさんの通訳でそれを聞いて

「なるほど」

というような表情をSPの二人はしている。

シャーロットさんにできる事からすると、魔力の充電にはそんなに長時間必要ないのかも知れないけど。

「それにしても、<ライトボール>四つもあると無駄に明るいな」

まあ危険が減ると思えば悪くはないだろうけど、普段なら前後に一つずつで充分だろうな。

先に進む前に、俺と兄貴の金属バットを<収納>から取り出した。

俺の金属バットは+4になっている。成長するのはいいんだが、どこまで通用するんだろうなこれ。兄貴のほうも+1に育っている。

SPの二人は<収納>にも興味津々だった。間にシャーロットさんを挟んでずいぶん質問をされた。

「自分たちにも使えるか?」

と聞かれたので

「まだ沙織にも兄貴にも使えない」

と答えた。


そんな話も一通り終わったので、前回シャーロットさんを案内したときのようにゴブリンの出る第二層までをSPの二人に紹介して、今回も二層会談前から引き上げることにする。




往復二時間の行程だったが、大使はオヤジと話しながら待っていた。

「なあ、アメリカ大使って暇なのかな?」

俺は小声で兄貴に聞いてみたが

「んなわけあるか」

ばかかこいつ、というような目で見られてしまった。

ほんの一週間前までしがない高校生だった俺にアメリカ大使の日常に関する常識なんてあるわけないじゃないの。どうやって知れっていうのさ。

それはさておき、俺たちと同行した二人のSPが、大使の後ろから小声でいろいろ報告している。

俺たちはオヤジの横に座る。

沙織は「あたし帰るね」といって自宅に帰って行った。もうじき昼飯だしな。

「ミスタ・シンイチ、ミスタ・キョウジ。ご協力ありがとうございました。昨日のCCNテレビは拝見しましたが、我々は、自分たちによって確信を得る必要がありました」

大使の言葉を通訳さんが次々同時通訳してくれる。

「現在、100ヶ所近い地点に『浸食の口(ゲート)』は確認されています。その正体は我々も掴んでいませんでした。ヤマギシファミリーのおかげで、我々は、あのゲートが異界への門であると確信しました」

大使は非常に早口の英語で話し続ける。

早口なのにつっかえたり言いよどんだりせずすらすら話すのはすごいなと思う。

「ゲートをくぐった人間は、まだ我々しかおりません――少なくともアメリカ合衆国においては、あのゲートの先の状況を調べたり、大気成分を調査したりで、まだ立ち入りの調査は始められる状況ではありません」

俺は相づちを打っておく。正直理解が及んでいないけど、まあその辺は兄貴が聞いてれば大丈夫だろう。

「ミズ・シャーロットにも感謝します。ニュースレポートとしてもドキュメンタリーとしても、貴女の取材はすばらしかった。まさに貴女のいうとおりの状況だったと報告を受けています」

「ありがとうございます」

シャーロットさんが得意げに会釈をして、こちらにウインクする。

「さて、ヤマギシファミリーには、合衆国として正当な調査協力費をお支払いする準備があります。政府規定がありますので十分な金額とはならないことをお詫びします。

お二人が席を離れている間、お父様からお店の状況についてお聞きしました。少しでも助けになるよう、私の権限において最も早いお支払いをお約束します」

「ありがとうございます」

俺たちは頭を下げる。

まあ、アルバイト代みたいなものだろう。たった二時間だしいくら何でもせいぜい時給1000円くらいかなと思ってた。まあ現役高校生の想像力なんて、こんなものだろう。

あとで入金されたオヤジの口座を見て驚くことになるんだが、それはひとまず今の話に関係ない。

ちなみにこの調査協力費、シャーロットさんには支払われない。

アメリカのジャーナリストは、昼飯代以上の贈り物を政府の人間から受け取ってはいけないという規定があるんだそうだ。

「ところでミスタ・キョウジ」

「はい」

「モンスターを倒すと残るという石や牙などを、我々の研究機関にご提供いただくことは可能ですか?」

「はい、かまいません。あの、今ですか?」

「できれば」

俺は、魔石を10個ほどと、ジャイアントバットの牙、ゴブリンのナイフなんかを無造作にレジ袋に入れて、SPの人に渡した。

「ありがとうございます。本来でしたらお礼もかねて、お食事にでもご招待しなければいけない時間なのですが、我々はこのあと立ち寄らねばならない公務があります。また後日改めてご招待させてください。近いうちに大使館のほうでディナーをご用意させていただきます」

保護者であるオヤジを見ながら大使がいった。

「は、はあ、あの、お構いなく?」

いきなり振られたオヤジはしどろもどろだった。


兄貴のいうとおり、俺たちの事を重要視したために大使は時間を使ったらしい。

俺からドロップ品を受け取ると、飛ぶように一行は引き返していった。

あとから聞いた話だと、大使達はその足で横田基地に向かい、受け取ったドロップ品をワシントンDCに送ったとのことだった。




結局、日本政府としても保険業界としても、今回の出来事を災害として処理することはできなかったらしく、うちの経済状態は割と危機的状況を迎えることとなった。

しかし、このあと、CCNテレビが特番を組んで、うちのピンチを伝えた上で救済募金キャンペーンを全世界でオンエアしてくれて、なんとその金額は、億単位になったりした。

オヤジはそのお金で、近隣の物件を購入して新店舗を作って営業を再開。

旧店舗の残骸は徹底した補強工事が行われて、命名:奥多摩個人迷宮のエントランス兼休憩所、兼見張り所として活用されるようになった。

工事が始まる頃には、日本政府によって武装した監視員が派遣されることとなり、晴れて立ち入り禁止指定も解除された。

また、いくつかの便宜と引き替えに、俺たち家族と政府や警察とのわだかまりも解消されることになった。

その裏には、あの駐日アメリカ大使の口添えもあったらしい。ありがたいことだった。


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